第5話 敵対者は……
そんな事があった後の、お昼休み。
私は校庭のベンチで一人、スマホを眺めていた。
風が生ぬるく、夏の気配を感じさせる。
指先はまだ少し痛む。でも、小説のことは頭から離れない。
書けないくせに、過去作を読み返しては、反省点を抜き出したり、削れそうだなーってところを探したり。
気休めだった。
「……あっ」
すると、一件の通知が入った。SNSの返信だ。
この作品をみんなに読んでもらいたくて、私はSNSでの宣伝もこまめにやっていた。そうしないと、読んでもらえるどころか、私のことを知ってもくれないから。
内容はもちろん、作品の感想だった。
〈作品、読了させてもらいました! キャラクターたちが動くさまがとってもいいですね! 時折、視点が変わるところや、時系列が入れ替わるところでモヤッとするところがありましたが、とても真に迫った良作だと思います! 次回作も楽しみしてます!〉
あぁ、やっぱり嬉しいなぁ、と思ったのもつかの間。
──次回作?
その言葉を見た瞬間、胸の奥がざわついた。待って、待って、何言ってるの?
そして、気付いてしまった。
私がこの作品を、自分の手で「完結済み」にしていたことに。
「あっ、ちが……!」
指が震えた。
彼女たちは、まだそこで生きていて、続きを待っていたのに。
私は、自分の都合で、それを閉じたんだ。
──PVのために、ほんの出来心で完結マークを付けてしまっただけで。
涙が、止まらなくなった。
悔しくて、情けなくて。大好きな世界を壊してしまった苦しさに、胸が締め付けられた。
誰かのために書いてたはずだった。
でも、それはいつの間にか、自分のためになってて。
応援されることが目的になってて。
彼女たちの〝声〟より、〝反応〟が欲しくなってて──。
そんな私の浅はかな思いが、作品を台無しにしてしまった。
──私が、あの子たちの〝声〟を、殺してしまった。
「あ……うぅ……あぁぁ……!」
もう、学校の中だとか、そんなことどうでもよくて──泣きじゃくった。
──作品には、敵対者が必要。
最近になって、色々覚えたことの中に、そんなのがあった。
敵対者は、人物でも、ものでもいいけど、主人公たちにとって越えなきゃいけない壁みたいなもので。
それがあるから、作品は強くなる、彼女たちの行動に説得力が出る。
そういうやつで。
……つまり。
「敵対者は……私だ……!」
私自身が、彼女たちの〝敵対者〟だって気付いて。
胸の奥が、ガラスのコップみたいにひび割れていく音がした。
自分の未熟さ、自分の欲、自分の弱さ。
そんなものが全然見えていないのに、〝創作が好き〟だなんて言っていたんだ。
私が彼女たちの自由を奪った。私が彼女たちを壊した。
私に力が無いから。彼女たちを理想通りの結末まで導くことが出来なくて。
私に技術がなかったから。その声を十分に届かせることが出来なくて。
私が、いたから。彼女たちを、もうその時間から動かせなくなった。
──書き直す?
そんな言葉が頭をよぎった。
私はプロなんかじゃない。ただの小説好きの凡人だ。投稿したwebページにだって、編集機能があって、いつだって話は書き換えられる。
だけどそれは。
彼女たちのいた時間の全てを、〝なかったこと〟にするってことだ。
「……書かなきゃ」
スマホのメモ機能を急いで開いた。そして、痛む指で叩くように書き始めようとする。
だって、そうじゃなきゃ。
彼女たちが浮かばれない。
そうじゃなきゃ、私は……!
「書かないと……こんなんじゃダメだよ……もっと……次は上手く……」
『──これ何が面白いの?』
動画も開いてないのに、あの声が頭の中で、勝手に再生された。
「あっ……!?」
手が震えた。スワイプする指が覚束なくて、まともな文章になんてならない。
彼女たちを止めてしまった責任感が。こんなにも重くのしかかってきて。
潰れそうなほど心が張り裂けそうで、ぼろぼろと涙が零れてしまう。
──あの人は、作品を批評した人は、何も悪くない。
私が自ら踏み込んだ世界で、私が望んだ、作品を良くするためのアドバイスをくれただけだ。
なのに。
そんな評価を受け止めきれない、私の心の弱さが。
この痛みを産んでるだけなんだ。
──書かなきゃ良かった。
──産み出さなきゃ良かった。
「……! 違う! そんなことない! だって……!」
心の声が、もう、ぐちゃぐちゃだ。
大好きな世界が、あっけなく壊れる音が聞こえる気がして。
書かなきゃって、義務みたいに感じてきて。
……真綿が胸いっぱいにあるみたいで、私は息苦しくなっていた。
「──こんなとこにいたっ!」
肩が震える。誰かが私を呼んでいた。
陽の光に照らされるみたいに、そこにいたのは──。
「たか、やなぎ……さん……?」
高柳好美が、私の目の前に立っていた。