第4話 中途半端なだけだから
「──私……小説、書いててっ!」
二人きりの保健室の中、私は叫んでいた。
「……、小説?」
高柳さんの疑問を浮かべた声に、こくこくと頷く。
──言ってしまった。
胸が、詰まったみたいにきゅっと締まる。こんな気持ち初めてだ。
どうしてだか、高柳さんは、受け止めてくれる気がして。
なのに、沈黙が痛くて、思わず目を瞑る。
バカにされるかな、変な子だって思われるかな……。
前にもそうやって、ちょっと趣味の話をしただけで、笑われたことがあった。
だから、今回も……そんなことを考えていたけど。
「……! すごいじゃん! 小波さん、小説書いてるんだ!」
って、すぐにまた私のいるベッドの隣に座って元気よく、声をかけてくれた。
「……は、はい……」
「そっかー! いいじゃん、今度読ませてよ!」
「えっ、あ、えと……!」
ずいっと詰め寄る高柳さんの目はキラキラしてて、私はたじたじだった。どうしよう、先走りすぎて何言うかまで考えてなかった……!
私の収まらない鼓動に気付く様子もなく、高柳さんは続けた。
「あたしさー、前文芸部いたんだよねー。まぁ、すぐ辞めちゃったけど」
あっけらかんと語る高柳さん。
「え、と……理由って、聞いてもいいんですか……?」
「……なんとなく?」
「え」
「なんか退屈しちゃったんだよね」
そ、そんな理由で……!?
「っていうか、あたしはそん時友達に誘われただけだったんだよね」
少しだけ、懐かしそうに笑って。
「本とか読むのは好きだけど、部活としてやりたいかって言われたら、なんか違ったっていうか」
「そ、そうなんですか……」
思わず間の抜けた返事をしてしまうと、高柳さんはくすっと笑った。
「小波さん、意外と表情に出るタイプ?」
「え、そ、そんな……!」
「今、すっごい、それで辞めるの!? って顔してた」
「わ、私、そんなつもりじゃ……!」
「あー、いいのいいの! 事実だから!」
わたわたと手を振って、高柳さんは弁明した。すると今度は、ため息をつく代わりなのか、天井を見上げて、こんなことを語り始めた。
「あたしさ、中学の時は、もっと真面目に部活とかしてたんだけど」
少し間を置いて、思い出すみたいにゆっくりと語っていく高柳さん。
「……まぁ、その。色々あってさ。色恋沙汰とか、本気だとかなんだとか。……なんか、そういうの、疲れちゃって」
「だから、誰かがそんだけ夢中になれるくらい、大好きって気持ち見てると、憧れちゃうんだよね」
「……あたしは結局、中途半端なだけだから」
その言葉に、胸の奥が少し痛んだ。
──私も、そう思ってたから。
だから、小説の中でだけは、本気でいたかった。
あの世界で生きる、彼女たちの〝声〟をちゃんと聞いて、導けるように。
「……なーんて! い、いやぁ、こんな風に語ったの、初めてかも。な、なんでかなー……、小波さんの、せいかな?」
高柳さんはぱたぱたと暑そうに手で仰ぐようにした後、ちらりと私を見ていた。
「え、わ、私ですか……!?」
「そう、そうだよたぶん! 小波さんが急に秘密打ち明けるから、あたしも言わなきゃって気になっちゃった訳だし!」
「ひ、秘密って……」
「そうなんでしょ? だって、小波さんがそういうことしてるって誰からも聞いたことないし、だったらそういうことなんだろうなーって」
悪戯っぽく笑うと、高柳さんは今度こそ保健室の扉の前まで行って、
「そんじゃ、この秘密は二人だけの内緒ってことで。お大事に〜!」
と立ち去っていった。ひとり、残された私はぽかんと口をあけて。
ハッとして、扉を開けて廊下を見たけど、もう彼女はいなくなっていた。
「え、ちょ、高柳さん……!? そんな、秘密って……!」
そんな急に距離詰められても困るよ……!
……だけど。
ちょっと嬉しいもあって。
クラスの人気者の高柳さんが。
打ち明けたそんな秘密を──私だけが持ってるってことが。
……なんだか、不思議とあたたかかった。