土曜日 5
「凄かったな雄二君のサーカス! 最高だったぜ!」
「そうですよねクミクミー! まさか空中に放り投げられた空き缶をああいう風に撃ってああするとは!」
「おうよ! しかもその空き缶をあれしたかと思ったらいきなり銃の先端を噴水の方にむけてああしたもんな! あんなことするとは思ってもいなかったぜ!」
「更に放たれた銃弾の残骸をああいう風にして回収するなんて! 流石雄二! 環境保護にも気にかけてる!」
「風船を膨らまして上に浮かばせた時は何してんのかわかったもんじゃなかったが、見えなくなった時に何発か撃ってずたずたになった風船が雄二君の手の中に落ちてきたのは圧巻だったぜ! 計算して撃ってたんだな、雄二君の奴!」
「それにまさかその風船の中にあんなものが入ってたなんて……子供の頭に落ちてきたからよかったものの、あれがおばあさんとかおじいさんの頭に落ちてたらヤバかったですよね!」
「バッカ何言ってんだよメグちゃん! あれも計算してやったに決まってんだろ!」
「あ、そういうことですか! いやー、雄二のパフォーマンスって毎回毎回変えてきますから私も毎回毎回驚かされてんですよねー! 前なんかあれですよ! 銃を放り投げたんですよ!」
「銃を放り投げた! え、その後雄二君は何をしたんだ!」
「…………したんです」
「スゲー! じゃ、じゃああれか? 今回のあれはその前回のパフォーマンスに磨きをかけたバージョンだってことか?」
「そうなりますね! 私も雄二があれした時には「あ、雄二バージョンアップしてる!」って心の中で一人拍手してましたもん!」
「なんだよそれズリーよめぐちゃんだけー! 僕もその前回のやつ見た上で今回のあれみたかったー!」
「もう! 何言ってんですかクミクミ! クミクミなんて私なんかよりもっといい思いしたじゃないですか! 雄二の奴……いきなり「今回はアシスタントがいます! そこの麗しきレディース! どうぞ、前へ!」とか言ったかと思えばまさかクミクミにあんなことさせるなんて……!」
「ハッハッハ! 僕も雄二君をちゃんと手伝えたかって聞かれると正直微妙な所だけどよぉ、あんな体験なかなか出来るもんじゃないぜ! 僕が放り投げたカエルの財布があんなことになるなんてな! しかもそれを一番近くで見られる! サイッッッコーな体験だったぜ!」
「雄二のアシスタントを出来るなんてそうそうないことなんですよクミクミ! いいなーズルイなー私も手伝いたかったなー!」
「いいだろー! カエルの財布投げた後に銃も触らせてくれるしよー雄二君! あんなに熱い物なんだな、銃って!」
「あ、それは撃った後だからですよ。冷たいものってイメージがある銃ですけど撃った後のリボルバー部分を触ると熱く感じるらしいです。因みにそれくらいは私もやらせてもらいました!」
「何張り合ってんだよメグちゃん! そんなこというなら僕なんてあのゴミ箱のイリュージョンまで手伝ったんだぜ! スゲーだろ!」
「ずーるーいーよークーミークーミー! 私始めて見たんですよ! 銃のパフォーマンスだけじゃなくて銃のイリュージョンまで組み合わせてくるなんて! 予想を越えすぎだよ雄二の奴! いいなークミクミー! 私も目の前で見たかったなー!」
「ゴミ箱をああしたかと思ったら銃をああしてカエルの財布をああしたもんな! それで終わりかと思ったらまさかのどんでん返し! 想像が追いつかねーぜあの怒涛の展開の連続は! よっ! 流石刀はないけど銃はある一人サーカス団の団長! 見る者全てを魅力するあのパフォーマンスは見てない人を後悔させること必然だぜ!」
「いいなークミクミいいなー羨ましいなー……あ! そうこう言ってる内に雄二の片付け終わったみたいですよ! おーい雄二ー! こっちこっちー!」
私とクミクミがベンチに座って雄二の素晴らしいパフォーマンスについての話しをしている内に、雄二がカエルの財布やらゴミ箱やらを引っ提げてこっちにやって来た。来る途中に私達の楽しそうな声が聞こえたのかなんなのかわからないけど、心なしか雄二はほんのり赤くなってる顔を俯けながら私に話しかけてくる。
「ど、どうだった、メグ。俺のサーカス……楽しかったか……?」
「うん! サイコーよ雄二!」
「そ……そうか! よかった、メグに楽しんでもらえて……」
「何言ってんのよ雄二! 楽しんだのは私だけじゃないよ! あのパフォーマンスを見てたみーんな、雄二のサーカス見て楽しんでたもん! スゴイよ、雄二! ね? クミクミもそう思いますよね?」
「そうだぜ! 楽しませてくれてありがとな! しかもアシスタントまでやらせてもらって……もう……思い残すことはねーぜ……」
「……いやいや死なないで下さいよ久美さん!」
涙を流しそうになる目を両手でさりげなく隠しながらクミクミがそう言ったかと思うと、雄二が焦った顔で止めようとしてた。わかるよ、クミクミ……その気持ち。私がもし死ぬってわかってたら、雄二のパフォーマンスを見ながら死にたい気分だもん。
美少女の乱交パーティーなんかより。
美少女の喘ぎ声が飛び交う空間より。
私は雄二のあの姿が……大好きだから。
「……って、どうしたメグ。なんか顔赤いぞ」
「う、うるさい! 何でもないっての! 黙ってて!」
「な、お前、心配して声かけたのに黙ってろってのはどういう意味だコラァ!」
「そのままの意味よ! あーあ、雄二のその叱咤する声がクミクミの美声だったら気分が沈むどころか寧ろ気分高揚して襲い掛かるのに! それか気分を沈めさせる雄二の舌を引っこ抜かせてもらうよ!」
「「どちらにしろやめとけや!」」
またもやツッコミが被った雄二とクミクミだったけど、私はその姿を見て少し安心した。
さっきまであんなに暗い顔してたクミクミだったけど、雄二のサーカスのおかげでこんなにも明るい顔してるんだもん。あ、あ、駄目、駄目よ私、流石にここで自分で自分を縛ってる自重という名の鎖を解き放ったら襲い掛かるどころか一瞬にしてクミクミを私のおもちゃにしちゃ……あ、あ!
「駄目だって! 駄目だって私我慢しなさいよ!」
「何お前駄目駄目言いながら僕の服を脱がそうと……う、うわ! それ破いたら駄目だって! な、ヤン! なめるなよ首を!」
「……グフフ、グフ、グフフフフ……今まで空気よんで抑えてたんだからこれくらい許せやねーちゃん……」
「口調が変わってる!」
「だから俺の前でそういうことすんなよメグ! やるなら俺にしろ俺に!」
「はぁ? ざけんなキモい」
「俺の扱いの不遇さが凄まじい!」
雄二の気持ち悪い提案ですっかり萎えちゃった私は、クミクミの耳に近づいて「また後で……グフフ」って小声で呟いてみるとクミクミの肩がリアルに震え上がった。そ、そんなに怖いのクミクミ? スキンシップじゃんスキンシップ。ま、ちょっと過激なスキンシップだけど。
まあそんなこんなで三人が三人ともハァハァ言いながらも一応落ち着いたのを頃合いに、雄二がクミクミに向けて「久美さん。俺からあなたに渡したいものがあります」とか言って本題を切り出した。
そう、本題。
私が何を思って――雄二のパフォーマンスをクミクミに見てもらったのかについての――本題。
「ん? なんだ?」
「……今日、久美さんは俺のアシスタントでサーカスを手伝ってくれましたよね」
「ああ。まあ……そうだな。僕の方が楽しませてもらったから手伝いだったかって言われると微妙なところなんだけど」
「これ。アシスタント代です」
髪をポリポリかきながら照れるクミクミを横目に、雄二はクミクミにズボンのポケットから取り出した通帳を差し出した。それを見たクミクミは一瞬動きを止めたかと思うと、すぐに意識を取り戻して、「な、何いってんだよ雄二君!」と雄二に向けて叫ぶ。
「余計なことはしなくていいんだっての! 同情なんかいらねぇ! 大体、元はといえば雄二君の写真を使ってメグちゃんをカツアゲしようとした僕が悪いんだ! そんなもの、受け取れねぇよ!」
「……違うんですよ、クミクミ。これは全部、そのフードを被ったとかいう女の人に仕組まれたことだったんです」
私が言いたい気持ちを抑えきれずにこう切り出すと、雄二が「やめろよ、メグ。俺が言う」って私を止めようとした。すかさず私が「嫌。カツアゲされた私が、クミクミに言うの」って雄二に向けて真剣な表情で言うと、雄二は「……チッ、しょうがねー」とか言いながら引き下がった。ありがと、雄二。私に言わせてくれて。
「まず、雄二のあの縛られた写真……間違いなく合成なんです。私はそれをわかっていたから、クミクミのカツアゲに応じなかったんですよ」
「な……なんでそう言い切れる! あの女は何も言ってなかったぜ!」
「そんなの決まってますよ、クミクミ。雄二のパパは警察のドンって言われてるって言いましたよね?」
「お、おう! だからどうした!」
「警察のドンってくらい言われる雄二のパパは……色んな方面に恨みをかってるみたいなんです。だから……『人質』にとられそうな雄二の周りには、いつもボディーガードが最低二人はいるんですよ。……雄二がこうやって縛られた画像なんて撮れる筈がないんです」
「な……何!」
私がにわかには信じられない事実を言うと、クミクミは驚いた表情で周りを見渡す。でも雄二のパフォーマンスを終えて軽く三十分は経つ今の公園には、さっきまでのざわめきはなくなっていて、噴水の音くらいしかしない空間になってる。当然、ボディーガードらしき男の人は居ない。
「い、いねーじゃねーかそんな奴ら!」
「当たり前ですよ。ボディーガードがそんな簡単に見つかっちゃ駄目ですもん」
「ま……まあそうだけども! わ、わかった! 確かに雄二君の写真云々はよーくわかった! でもだからって、仕組まれたってのはどういうことなんだ? 少なくとも僕は自分の意志でカツアゲをしようとした……母ちゃんの治療費を払う為に……! だから悪いのは僕なんだよ! そんな……通帳なんて貰えねぇよ!」
「ストーカーです、雄二の」
「はぁ?」
「雄二のストーカーの仕業です、クミクミ」
「……はぁ?」
私がそう言うと、クミクミは首を傾げながらも雄二の方を向いた。雄二もクミクミの目を見て、こう言う。
「一年前……高校生になったくらいからストーカーがいつも俺の周りをうろちょろしてるんです。危ないからメグがいない時に一回ボディーガードに取っ捕まえてもらったんですけど、どうやらその時くらいから手口が悪化してきまして。「雄二君がウチになびかないのはメグがいるせいだ!」とか言ってメグに手をかけるようになったみたいなんです。今回もそれの一端でしょう。ごめんな、メグ。また危ない目にあわして」
「別にいいよ雄二。私ももう慣れたし。ていうかストーカーさんも私の『間違い』を知ってるのかなんなのか、いっつもいっつもけしかけてくる人が美少女とか美女とか美人さんだから私にしては万々歳……グフフ」
「……早くストーカーのヤロウを取っ捕まえないと」
遠い目で上空を見上げる雄二。溜息をついて気持ちをあらためたのか、雄二は「メグちゃんも雄二君も一体どんな生活を……」とかブツブツ呟いて唖然としてるクミクミに向けて、もう一度通帳を差し出した。
「だから……そんなこんなで久美さんは何も悪くないんです。受け取って下さい」
「だ……駄目だ! 受け取れる訳ねぇ!」
「何でですか?」
「何でって……雄二君にそこまでしつもらう義理はねぇってことだっての!」
そう言うとクミクミは、雄二が手に持つ通帳をはたき落とした。
「ごたごたごたごたとそういう御託は関係ねーんだよ! 何にしたって僕がカツアゲしようとしたのは事実なんだ! 雄二君からお金を貰う! んなもんふざけんなだ! 寧ろ僕が払わなきゃいけないだろ! そうだ、払うよ、メグちゃん……迷惑料だ……って、あ! 零しちまった……ヘヘへ」
焦ってるのかクミクミが慌ててジーパンから取り出して財布の中から、小銭が零れた。
財布の中には、一枚の千円すら入ってなかった。
「…………」
「…………久美さん」
思わず無言になる雄二と私だったけど、雄二はクミクミが落とした小銭を拾う手伝いをしながら、手帳を拾いあげた。
「なんだよ!」
「受け取って下さい。俺からの気持ちです」
「気持ちも何もあるか! だから僕が悪いんだって!払うのは僕の方……」
「この通帳に入ってるのは、俺がサーカスをして稼いだお金です」
慌てふためくクミクミに向けて雄二がそう言うと、クミクミはぴたりと動きを止めて雄二を見る。
「俺の昔の話しはメグから聞きましたよね。俺は、俺の『間違い』で誰かを幸せにするのが夢だったんです。サーカスを開いてパフォーマンスをして、お客さんから貰った少しのお金は自分で使わずに……いつか、誰かを幸せにする為に……取っておいたんです」
雄二は言うと、もう一度……もう一度、しっかりとクミクミの目の前に通帳を向けた。
「少しのお金ですが、俺の五年分の気持ちです。治療費のたしにはなると思います。使ってやって下さい」
「……そんなお金、受け取れねぇよ」
「受け取ってください。これは俺の自己満足です。久美さんが気に病むことは何もありませんから」
「……ヒグッ……本当に、いいのか?」
言いながら涙を流すクミクミは、懇願するかのように雄二の通帳へ手を伸ばす。雄二が笑いながら、「ありがとうございます、久美さん」と言ったのを皮切りに、クミクミは雄二から優しく通帳を手渡された。大粒の涙が、クミクミの目から零れおちる。「ありがとよぉ……ありがとよぉ……」と言いながら、クミクミは雄二と――それから私に向けて、くちゃくちゃな顔でこう言った。
「……この金は必ずいつか返す! この恩も必ずいつか返す! ありがとなぁ……母ちゃんを助けられる……ありがとう……本当に、ありがとう!」
「いいってことですよ、クミクミ」
「早く病院に行ってあげて下さい。暗証番号は『四六四九』です。返してくれなくてもいいんで、そのお金。使ってやって下さい」
「…………ありがとう! ありがとう!」
クミクミは私と雄二に手を振りながら、女の子みたいな口調でありがとうって叫んで去って行った。
そんなこんなで土曜日の夜。
雄二が昔から貯めてた通帳のお金も使い道が見つかって。私も久しぶりに雄二のパフォーマンスが見れて。クミクミのお母さんの病気も治って。
雄二のストーカー問題以外は全て問題無し! っていう状態になると思ってた私なんだけど、現実はそうはいかなかった。
ここは、何かを必ず『間違える』人達が住む街。
そんなに簡単に、ことが済む訳がないんだよ。
「わりぃな、メグちゃん。こんな夜中に家に押しかけちまって」
「いえいえ、全然いいですよ。どうしたんですかクミクミ? 雄二じゃなくて私に電話をかけてくるなんて」
「いや、初めは雄二君に電話しようと思ったんだけどよ、公園で赤外線通信した時そういや雄二君サーカスの準備してたなって思い出して……とりあえずめぐちゃんに電話させてもらった」
「あ……雄二の電話番号知らなかったんですね。うんうん。わかりました。で、どういったご用件ですかねクミクミ?」
「……いや、その。悪いんだけど、これ、雄二君に返しておいて貰えねぇか」
残念そうな顔で私の前に差し出したそれは、今日の午後――雄二がクミクミにあげた通帳だった。私は驚いて、クミクミの顔を見る。
「な、何でですか! やっぱり受け取れないとかやめてくださいよクミクミ! あの後雄二の奴、「いやー、俺、いいことしたのかな。いいこと出来てたら……いいなぁ……」って私を見ながら笑ってましたもん! あんなこと言ったのに結局返された日にはあいつ、恥ずかしさで泣きますよ!」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……てか雄二君の奴……うん、やっぱり後で雄二君の家にも御礼言いに行こう。……お、男の子の家を訪問なんて初めてなんだけど……」
「モジモジしないでくださいよクミクミ! とにかくどういうことなんですか!」
私が雄二の話しで赤くなってるクミクミを止める為にわざと大きく叫んで言うと、クミクミは「お、おう。実はよ……」ってしどろもどろになりながら訳を話してくれた。
必ず何かを間違える人生なんて、ちゃんと生きるのすら難しい。
私でも。雄二でも。
クミクミでも。
クミクミのママでも。
間違いだらけの人生なんて、積極的に歩みたいなんて思わない。
だけど考え方を変えてみたら?
間違いから逃げずにちゃんと向かい合ってみたら?
――身を蝕む間違いも、視点を変えればあら不思議。
一言で間違いって言い表したって――悪い方向にしか傾かない間違いだって――それがいい方向に傾く時だってあるんです。
「母ちゃんが『金のつくり方を間違えた』のか……宝くじで三億当てやがったんだよ」