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土曜日 2

 待ち合わせの噴水前で雄二が私の姿を見た時は爆笑もんだったね。まず、オロオロして右にはめた腕時計をチラチラ見ながら捜していた私をみつけて嬉しかったのかすごい笑顔を見せたかと思ったら、その後ろで私と手を繋ぎながら歩いてるクミクミの姿を見て唖然としてたんだよ。「おい……こういう状況表す時って逆ナンっていえばいいのか?」って固まった表情のまま言う雄二が無茶苦茶面白かった。まあ私がクミクミやクミクミが従える大勢の人達を口説こうとしてトイレまでついていったのには間違いないから必ずしもしてないとは言い切れないんだけども、実際はナンパはしてないしされてもいない訳でありまして。ちょっとそれが残念な所かな。女の子にナンパされたいって思う人はこの世の中にはいっぱいいるんだし。

「それは大多数の男性の声だ! 女性の話じゃねえ!」

「え! なに雄二、あんた私を好きになりすぎてとうとう私の心をよめるようになったの! キャー! 私が今クミクミをどれだけ愛してるかばれちゃう!」

「俺にそんな魅力的な特殊能力はないっての! お前、心で思ってることが全部口からだだもれ状態なんだよ!」

「てかそもそも僕を愛してるってなんだこらぁ!」

 私が言うことに対していつも通りに雄二がシックなカフェテリアの真ん中のテーブルだっていうのにもお構いなしに大きな声で指摘していると、その隣から何やらおかしな言葉が聞こえた。

 あれ?

 この場に居るのは雄二とクミクミだけの筈なんだけど?

「んー? 今……僕ってカワイイ声で言ったのはだぁれ?」

「なんだよ……僕だよ。僕が僕って言って何が悪い」

「…………ん?」

 そういうのは私の耳が幻聴におかされていなければ間違いなくクミクミだった。

 ……え?

「クミクミって……さっきまで『俺』って言ってませんでした?」

「ああ。あれはあのヤロウにそう言えって言われたからだよ。僕は普段、自分のことを示す時は僕って言うぜ。それの何がおかしい」

「……おかしいことなんて何もありませんよ」

 金髪で。

 声がなかなかに高くて。

 私よりも背が高くて。

 正真正銘に意気がっていた真性のヤンキーっ娘で。

 それだけでも……それだけでもカワイイのに……。

「クミクミ……僕っ娘だとぅ!」

「「うるせぇ!」」

 雄二の声が目障りならぬ耳障りだったから軽やかにシャットアウトしてきらびやかな唇から発せられる僕僕言うその輝かしい声だけ聞くことにするって私は今決めた!

 私のドストレートを貫くポイントが……多過ぎ……ああ……もう……アアンッ!

「駄目……もう我慢出来ない……可愛過ぎよこの生物……」

「言いながら僕に近付くんじゃねぇよ!」

「よだれが! 冗談抜きでお前よだれが凄まじいことになってる!」

「このよだれをクミクミに嘗めてもらいたい……」

「「その欲望を今すぐ抑えこめ!」」

 二人の息がちょっとピッタリ過ぎやしないかえ? とお婆さん口調でいいたいのはやまやまだったんだけど、いかんせん私の口から流れでる久美ネーサマへの愛の証明の量が尋常じゃなかったから、雄二が手渡しでくれたおてふきを存分に使ってなんとか拭き取ることに成功した私。この時、私の左斜め前で雄二の右斜め後ろの木製椅子に座ってため息をつく久美ちゃんの姿が非常に愛らしいものでした。

「そのため息が空気中に四散するなんて勿体ない……私にかけてよクミクミー」

「…………なあにーちゃん。今更でなんなんだが、こいつの間違いって『変態的な行動をする』ってことじゃねーか?」

 私を指さしながら雄二の顔を見るその仕種に雄二を嫉妬しつつも、私は「いえ、違いますよ。メグの間違いは『好きになる相手の性別を間違える』ってやつなんです」なんて言う雄二に対して「うるせーよこのど変態! クミクミに色目つかってんじゃねぇ!」って大声で言ってやった。その声で先刻からこっちを見る店員さんや常連客らしきおじさんが一層不快感をあらわにして睨みつけてくるけどもう気にしないよ、私!

「おま……お前……お前ってやつはホント……」

「何よ! 言いたいことがあったらハッキリ言いなさいよ! 私と久本まさ美、どっちが大事なのよ!」

「……いや当然お前なんだけど!」

「なんか僕が別人になってねーか! てかにーちゃんスゲーな! こんな店ん中で堂々と告白とは!」

「あ、私間違えた」

 クミクミは久本まさ美なんて名前じゃないじゃん。ちなみに私は微妙に久本まさ美が好きです。大物司会者に対しても冗談を言える独身女性は久本まさ美だけじゃないかな?

 なんてことはとりあえず置いといて、私は、赤い顔で「そんなことないですよ……」とうろたえている雄二と「いやいや。スゲーよにーちゃん」ってそんな雄二に感心してるクミクミを見て、こう発言した。

「雄二。私は今日、このクミクミという素晴らしい女性に、あんたの縛られた写真で脅迫されたの」

「な……何だよそれ! メグ! お前が久美さんをナンパしたんじゃねーのか!」

「当然の指摘よ、雄二。でもね……私は今回久美さんをナンパした訳じゃないのよ……!」

「す……スゲーじゃねーか! 中学の後半の時は生徒だけじゃ飽き足らず家庭科の四十過ぎた女の先生まで口説こうとしていたお前が……お前が!」

「ふっ。私も昔は若かったわ……。ほら雄二、褒めて褒めて」

「おう! スゲーよメグ! 流石だメグ!」

「わーい。もっともっと」

「え……す、凄まじいよメグ! それでこそメグだよメグ!」

「わーい。もっともっと。雄二が持ち合わせるボキャブラリーの限りを尽くして私を褒めて」

「…………か、可愛い! メグは可愛い!」

 雄二が頭から湯気でも出すんじゃないかってくらい赤くなりながら言うその台詞を言うのを聞いて私がなんだかよくわかんないけど満足しているのを見たのか、「あー……今から僕話そうと思うんだけど……帰れってことかこの空気」って唖然としながら久美が言っていた。慌てて私が「そんなことないよ! 私、クミクミの話し聞きたい!」って言うのを見て今度は雄二が「俺の話しを聞けー!」なんて言ってくる。なんだこりゃ。三角関係って言うのかな? てか雄二、あんたそれマクロス?

 とにもかくにも私と雄二はクミクミが醸し出す空気を察知し、潔く話しを聞く体勢に入った。

「えー、ゴホン。まず何から話して欲しいんだ?」

「クミクミのスリーサイズを上から順にお願いします」

「うるせぇよメグ。すいません、こいつの話しはある程度無視して下さい。えーと……まず、お名前を教えて下さい」

 お家柄か他人行儀が異様に上手い雄二が上手い具合に私をあしらってクミクミに話しをふってみせた。こういうところはすごいよなーって素直に感心する。

「んじゃあ、改めて言わせてもらうぜ。僕の名前は篠田久美。これは誰にでも予め言ってることなんだが、僕は『女なのに男口調で喋る』って間違いを持っている」

「そうですか。で、私は結局クミクミのことを何と呼べばいいんでしょうか?」

「僕の間違いを含めた話し聞いた感想がそれかよ!」

 ダン! と右拳を叩き付けて怒りをあらわにするクミクミ。その衝撃で机が揺れカップが揺れ、中身のコーヒーまで揺れたんだけどもそこは流石雄二といったところ。「お、落ち着いて下さい」って言ってすかさず宥めてくれた。ありがとう、雄二。私がこうやって暴走出来るのも雄二がいるからだよ。

 ……そんな本心は口が裂けても言えないのが私の『間違い』の嫌なところなんだけどね。

「と、とにかく! 僕は今、大学二年だ! 多分だが、テメーらは高校生だろ。だから、さん付けか、もしくは呼び捨てでもいい。間違ってもちゃん付けや、レンジャー一号なんてふざけた名前で僕を呼ぶな。わかったな? おい、お前に言ってんだよ、ねーちゃん!」

「は? ねーちゃんならあそこにも居ますけど? すいませーん。ウエイトレスさーん。クミクミがなんか用があるらしいんですけどー」

「ねーちゃんだよ、ねーちゃん! わかってやってんだろ、おい!」

「名前で言って下さいよ、クミクミ」

「だ、だからクミクミって呼ぶな……ああ! もう! どうだっていいだろ、名前なんて!」

「さもないと私は今からクミクミの目の前であの短い黒髪のウエイトレスさんのお尻を揉みます」

「僕が悪かった、メグちゃん!」

「よろしいですよ、クミクミ」

 慌てて駆け寄ってきたウエイトレスさんに「大丈夫です。心配しないでください」って言って机から離れてもらった。それにしてもあのウエイトレスさん可愛かったなぁ。長澤まさみと宮崎あおいを足して二で割ったような感じ。うん、清楚な美女の出来上がり。それで出来立てほやほやのその無垢な美女を私が懇切丁寧に育て上げるんだー……そうすればあら不思議! 一ヶ月前にはあんなに清楚だったのに、今では常時卑猥な言葉を言い続ける変態女に!

「グフ……グフフ……」

「……なぁにーちゃん。お前さん、本当にこんな奴が好きなのか?」

「あ、ええ。大好きです。俺は昔、メグに助けられたことがありますから。それと、俺の名前はにーちゃんではなく田中雄二です。並び替えたら『刀銃』っていう物騒な単語になるって覚えたら覚えやすいんですよ」

「逆にそれは覚えにくいぜ……えーと、雄二君」

「ハハハ。よく言われます」

 私の意識が妄想という妄想にかりとられていたせいか二人の会話が聞き取りにくかったけど、途中からはっとなって気付いた私は二人の唇の動きを読み取って二人がどんな会話をしていたか知った!

「ちょっと雄二! 私のクミクミと深夜番組のエロトークの素晴らしさを語らないでよ!」

「初対面の年上女性にそんな会話を切り出せる奴はある意味勇者だ! あーもう、うるせーよメグ! なんやかんやでお前が口開くたんびに会話がぶつ切りになってる記憶しか俺にはない!」

「え? そ、そう?」

「そうだっての! ほら、久美さんもそう思うでしょう!」

「そ、そうだぜ。めぐちゃんが女を好きだってことは充分わかったが、それ以上にめぐちゃんは色々と暴走し過ぎだ。……僕が言えることじゃねーけど、とりあえず少し抑えた方がいいんじゃねーの?」

 そうやって言うクミクミの顔は真剣だった。私はここでようやく今話してるのがカフェだってことに気付き直し、萎縮する。そうだよね。いつも学校で高ぶる気持ちを抑えて、我慢して我慢して、夕方私の部屋に雄二が来たら出来る話しだもん。こんな真昼間からやっちゃいけない話しだった。

「……はい。すいません。以後気をつけます」

「お、おう。なんかすごい真摯に聞いてくれるな、めぐちゃんの奴」

「そこがメグのいいところでもあるんですよ。さてと。話を戻すか、メグ」

「うん……」

 私が力無く頷くのを見ると、納得したのか雄二が久美さんに「じゃあ久美さん。ざっとでいいんで、まずは何でメグにカツアゲをしようとしたのか教えて下さい」って言った。

「わかった。んー、どこから話せばいいのやら……まあ、悪いのは僕だからな。家庭の事情ってやつから洗いざらい話すとしよう」

 ふー、と一呼吸置いて話そうとする久美さん。その額には少し汗が流れていた。

「僕は何がなんでも金が必要だったんだ。僕が生まれる前に、僕の父親が多額の借金を母ちゃんに残して蒸発したらしくてな。僕が四歳くらいの時には大変だったんだぜ。ギシギシ言う木の家に人二人が住んでやがんの。いや、あれは家っていうのもおこがましいかもしれねぇな。所々腐ってて、臭いがはんぱじゃなかった。でもそこで、そんな生活を救ったのが……幸せか不幸か母ちゃんの『間違い』だったんだ」

「久美さんのお母さんの『間違い』が生活を救った? てことはプラスの方向の『間違い』だったってことですか?」

 自他共に一応認められてる聞き上手の雄二が久美さんの話しを催促する。

 間違いには二種類あるんだよ。

 マイナスの間違いと――プラスの間違い。

 マイナスの間違いっていうのは言うまでもなく、その間違いを持つ本人や周りの人を不幸にする間違いのこと。私の尊敬する先輩なんかが一番の例だね。私の間違いもこれに含まれるらしいけど、私は私の 『間違い』を不幸に感じたことがないから全身全霊で許否らせてもらうわ。悪いけど。

 で、その逆――本人や周りの人を幸福にする間違いがプラスの間違い。一番身近な例で言うと……真姫ちゃんの『常に笑顔でいる』っていう間違いかな。ああでもこれは表情が読み取れなくて何考えてるかわからないってなるか。うーん、じゃあなんだろ。プラスの間違いってよく言うには言うんだけど、そんな間違いなんてあってないようなもんなのよ。大体間違いな訳だしね、そのプラスってやつも。結局間違ってることには……変わらないって話なんですよ。

 あ。そうそう。

 雄二の間違いは――プラスって言っちゃあプラスかも。

「ちげーよちげー。母ちゃんの間違いはプラスじゃねー。寧ろ僕にしてみればマイナスのマイナスだったな。ホント、あの母ちゃんの間違いにどんだけ困らされたことか」

 ハァ、とため息をついてカップの中のコーヒーをスプーンでくるくる回す久美さん。何か嫌な思い出でもあったのかな。だったら正直、あまり聞きたくない。

 けど。

「そうなんですか。実際に、お母さんの『間違い』はどんなものだったんですか?」

 私と違って――雄二は止まらない。

 雄二には――あの『間違い』があるから。

 久美さんは雄二のその言葉に少し面食らったのか口を濁したけど、スー、ハー、と今度は二回深呼吸をして一回俯き、そこからガバッと顔を起き上がらせて私と雄二の顔を「じゃあ、言うぞ」と言って見渡した。私も雄二も、唾をゴクリと飲みながらお互いを見て一つ頷き、久美さんの目を一心に見る。

「僕の母ちゃんは、『料理の作り方』と『お金のつくり方』の――二つの間違いを持つ人だったんだ」

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