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土曜日 1

 土曜日の昼。天気も晴天で太陽の光りが物凄いことになっているそんな真下に、私は雄二を待っていた。

 噴水公園――なんてものがあるんですよ、この街には。歩いてまわるのに一時間くらいの大きな公園の真ん中にある、デカイ噴水がシンボルになってる名前なんだけど、朝昼は子供とかその母親とかおじいさんおばあさんがやたらめったら行き交う公園なんだよ。普通にね。でもまあ皆さんお察しの通り、夜になったら欲求持て余した若者がしかも男女が入り乱れて……ああ、ごめんね。ここから先は描写出来ないことになってるみたい。おばあさんが杖をつきながら朗らかな様子で座ってるあの木製のベンチに昨日の深夜、大学生くらいの男の人と女の人が声を出しながらお互いを……なんてことをこれ正確に描写し始めたら多分私ここからしめだされるからやめとくね! イエイっ!

 という訳で、ある意味二十四時間営業のこの公園の噴水の前に一時集合って約束で雄二を待ってる私なんだけど(勿論深夜一時じゃないよ。女の子なら喜んでお受けする時間帯だけど雄二からその時間に待ち合わせなんて言われたら一目散に警察行きだからさ)いかんせん午前中、私が何もすることがなくて暇だったから約束の時間よりも三十分早く着いちゃった。お昼ご飯も先に済ませちゃったし、土曜日じゃコンビニで立ち読みする雑誌がないし、改めて動くのもめんどくさいから、バシャンって音がして立ち上がる噴水を背景にしながら私はこのまま待つことにしていたんですね、はい。

 本当だったらそのままずっとポーカーフェイスのまんま『あん! めぐちゃんそこ弄らないでよぅ! やだ……嫌なんてことない、から……い……いじって……』なんて言いながら悶える萩原さんを想像して待ってる筈だったのに、私のストロベリータイムを阻止したかったのか、いきなり私の目の前に金髪ギンギンな人がやってきた。真ん中に髑髏をあしらった服の上に赤いパーカーっていうなんとも凄まじいセンスをした人だったんですよ、これが。

「おいねーちゃん。こんな所に一人で突っ立って何してんだ? 時間あんだろ? ちょっとツラかせや。叫んだって無駄だぜ? 叫ぶ前に俺がねーちゃんの口を塞がせて貰うからよぉ」

「……はい」

 そう言われた私の選択肢は一つしかなかった。いやいやちょっとそこの奥さん。選択肢が一つしかないっていうのは私が白昼堂々話し掛けてきたカツアゲさんに怯えてるってことじゃないんですよ。そこら辺大事な所だからちゃんとわかっておくように。

 私が暗い顔で俯いたのを見て満足したのかそのカツアゲさんは「ほら、こっちだ。大丈夫だぜ。大勢で待ち伏せなんかしてないからな。遠慮せずにこっちに来い」なんていいながら私の行き先を人差し指でアシストしてきた。わざわざ自分の手際を発表するなんて物凄いカツアゲさんだなとか思った訳なんですけども、私はそれをすんなり受け入れました。

 ええ、受け入れましたとも。

 カツアゲ? 大勢で待ち伏せ?

「……望むところよ」

「うん? ねーちゃん、なんかいったか?」

「い、いえ、な、何も、言って、ません。きゃ、キャー、やめて助けてコーワーイー」

 狙い通りなのが見抜かれそうだとちからカモフラージュの要領でやった演技は我ながらヤバイと思った。いくらなんでも棒読み過ぎるでしょうが、私!

 流石にばれるかな、とか思って私の前を歩くカツアゲさんをちら見してみたら(驚くことに私より身長が少し上なんだねこれが)、カツアゲさんはご満悦な標準をしていた。うん、うんとかしきりに頷いてる。

 どんだけカツアゲ初心者なんだろうこのカツアゲさん……。

 そんなことを思いながらもやっぱり私はそのまま従順にカツアゲさんに連れていかれて、便器二つを囲んだ公園名物――白色の壁の裏に連れてかれた。正確にいうとついていったなんだけど、そこら辺はカツアゲさんの顔をたてるってことで。

 だけどここで私は一度、驚かされることになった。

「どうだ、誰も居ないだろ。俺の言った通りだぜ」

 私がキョロキョロ周りを見渡したのに気付いたのか、カツアゲさんがこれ見よがしにフフンと笑ってみせた。

 本当に……誰も居ない……。周りに見えるのは噴水と白い壁と時より姿を表すランニング中の人だけ。その人がこちらを見ると顔を苦い表情にして颯爽と走り去ってく姿がやけに印象に残った。いえいえ、お気遣いなく。悪いのは逃げてく皆さんじゃなくてこんな場所で隠れ切れてると思ってるこのカツアゲさんだから。

 うーん。ちょっと拍子抜けだけど、まあこれはこれで置いとくことにしよー。

 ……ああ……それにしても。

「ほら、俺しかいないから安心したんだろ? だったら安心ついでにかにっ」

「かに?」

「ち……ちげぇぞ! 噛んだんじゃないからな! こんな大事な場面で噛んだとかじゃないからな! ……金だっ! 金だせ!」

「…………」

「な……何だよその目は! 早くしろ! さもないとお前を……な……殴るぞっ!」

 金をかにって噛んで言っちゃったり。

 脅し文句が殴るぞだったり。

 な……何なのこのカツアゲさん……ああ……なんて……なんてことなんだろう……。

「ほら! 早く! 早くしろコラァ!」

「……か」

「か?」

「か……かかかかかかかかか、カワイ過ぎるっ!」

「はぁ!」

 驚くなかれみなの衆!

 なんとこのいろいろと残念なカツアゲさんは……スレンダー美人なヤンキーっ娘だったのだ!

 サラッサラな肩より長い金髪にダボダボの青いジャージ。かと思えば化粧しまくりのちゃらちゃら顔っていう私が大嫌いな不良っ娘じゃなくてスッピンに近いヤンキーっ娘! 目がとってもキリッとしてて見るもの全てを魅了するんだよ! 更に唇! 生意気にも口紅使ってるのかプックラしてて光りが無茶苦茶反射してるっ! いいかな皆さん! ヤンキーっ娘っていうのは不良っ娘みたいな真性の暴虐無尽とは違ってただ意気がってるだけなんだよ! 例えるならあれだよね! 第二次成長期に入って急に父親が欝陶しくなったのか『うっさい。黙ってて』って静かに言い放つ女の子だね! 言いながら体プルプル震えてるんだよ! 意気がってるだけなんだよ、ヤンキーっ娘は!

「はぁあああああ、カワイイ! 何この生物! 何で出来てるの、カツアゲさん!」

「は、はぁ! いきなり何を」

「ああ、そうだよね! ピンクの妖精さんが集まって出来合がってるんだよね! いいよ、ばらけなくて! そのままの姿がバッチグーだからっ!」

「どんな人間だ、それ!」

 いやいやそうじゃねぇだろ! って慌てて髪をむしりだすカツアゲさんがこれまたカーワーイーイー!

 そんな私の気持ちとは裏腹に……もしくはよんでか、いきなりカツアゲさんは私の肩を両手でガッと掴んで……キャーー!

「何何何何何ですか! 押し倒す気ですか、私を!」

「ちげーよ! いいから金出せ……さもないとどうなるかわかんねーぞ!」

「どうなるって……私……このままだとカツアゲさんにあんなことやこんなことをされるんですか……?」

「あ……ああ。殴ったり……殴け、蹴ったりしてや」

「あんなことやこんな……キャーーー! やったぁ!」

「やったぁってどういう意味!」

「なーにしらばっくれてんですか、もう! 私を憐れな姿にするまで二十四時間営業のこの公園で二十四時間耐久ベッティングするんでしょ! ほら、早くして下さいっ! 心の準備はあなたが私の目の前に現れる数秒前に完了してましたから!」

「どんな心の準備だそれ!」

 って、違う違う違うぞ落ち着け俺! とか言って深呼吸をしだしたカツアゲさんだったんだけど、ふと何か覚悟を決めたのか、ピタリと真剣な表情になってパーカーのポケットから一枚の写真を取り出して私に見せてきた。

「俺をあまり舐めるんじゃねえぞ」

「な……えっ!」

 それは――どこかの暗闇に――椅子の上に座らされて――太い縄で両手足と体が縛られた――暗い顔の雄二の姿だった。

「雄二……雄二っ!」

「……どうだ。話しを聞く気になったか?わかったなら大人しく金を渡せ。そうしたらこいつを開放しちゃる」

 また大事なところでかんだカツアゲさんのあたふたした姿に悶えたかった私だったけど、今はそれどころじゃなかった。

 なんでかわからないけど、このカツアゲさんは雄二をこんな姿にしてる。

 雄二を開放したければ、私が今持ってるお金を素直に渡すしかない。

「お金を渡せば……雄二は開放されるんですよね……?」

「ああそうだ。わかったなら金を渡」

「てことは……カツアゲさんに渡しが貢げば雄二は開放されるってことですね!」

「おう……って、え!」

 やったよ皆さんこれほら昨日フラれて意気消沈だった私にも既成事実の上ヒモになれる日がとうとうやって来たんだよ!雄二なんかどーでもいいけど私がヒモになれるなら開放される手助けしてあげるよ雄二!

「さあ! いくらがおのぞみでしょうか、姫!」

「キャバクラか!」

「キャバクラ行きたいです!」

「んなこと今話されても困るんだけど俺! お、お前、百歩譲ったとしてもホストクラブだろ!」

「ホストクラブ? はん。あんな気持ち悪い所、こっちから願い下げですよ」

「キャバクラ行きたいって言った女子がホストクラブを気持ち悪いっていうな!」

「え? 何ですか? まさかカツアゲさん、ホストクラブに通い詰めなんですか?」

「い……いや……そうじゃなくて……あんな風に男の子が俺に近付いてくれたらいいなぁ、なんて」

 赤い顔でモジモジしながら言うカツアゲさんのその姿に私は目の保養半分悲しさ半分っていう微妙な感想を得た。

「駄目ですよホストクラブなんて……ホストクラブ行かせるくらいなら……私がカツアゲさんをあらゆる意味で満足させてあげます!」

「あらゆる意味でってどういう意味だ!」

「決まってるでしょう! まず、私がこの両腕を払いのけて逆にカツアゲさんを押し倒します。次にカツアゲさんのパーカーと髑髏をビリビリに破いた後はらりと見える白色のブラジャーにかじりつい」

「何妄想言ってんのお前! てかなんで俺の……今日の、ブ、ブラ……の色……し、知ってんだよ!」

「私の視線は美少女の服を透かします」

「今すぐ警察に行ってこい!」

 ああああちげーよもう違うだろ俺! と言ってまたカツアゲさん仕切り直し。その一挙一動が可愛かったんだけどとりあえずその気持ちを抑えて私はカツアゲさんの「いいから! 有り金を全て出せ!」っていう言葉を真摯に受け止めた。

「わかりました。有り金全部……ですね。はい、どうぞ。こんなこともあろうかと……通帳を持って参りました、私だけのお姫様!」

「この休日に通帳持ち歩いて待ち合わせってどういうこと!」

「あ、それとも私専用のお姫様の方がよりリアルでいいかな……この通帳渡した三十分後には『めぐちゃん……私をお姫様だと思わないでいいから……乱暴に扱って……』って言う仲になってますしね!」

「そんな仲には百パーセントなってない! もういい……もういいから通帳くれ! それでいい……って、はぁ!」

私がお姫様の要望通りに「はいどうぞ」って通帳を渡すと、その通帳を開いて示されてる金額を見たお姫様は驚愕した。まあしょうがないよね。私みたいなナイスバディーの女の子が、こんな大金持ってるなんて思いもしないだろうし。

「こ……これ、本当に本物の通帳か!」

「ええ。正真正銘、本当に本物の通帳です」

 六千万円。

 私がお姫様に渡した通帳には、そう記載されている。

「う……嘘だろこれ……こんな……」

 その金額に圧倒されたお姫様は、私に通帳の中身を見せながらおろおろし始めた。その隙をぬって私は通帳をお姫様の柔らかくて食べたくなる両手の指から引っこ抜く。ネイルアートさえしてないなぁ、このお姫様。なんなんだろ、ホント。

「あ……」って言ってポカーンと口を開け……やめてお姫様やめてその口私の指突っ込んで嘗めさせたくなるからやめてホント……あああ……口を開けて呆気にとられるお姫様だったけど、私はそんなことを気にせずに……まあ嘘なんだけど無茶苦茶気にはなりましたけど、とにかくお姫様の姿を真っ正面に見据えて真剣な表情を出来るだけつくり、言った。

「改めて聞きます。ここに六千万円あります。本当に欲しいですか?」

「……っ……流石に……六千万円はカツアゲ出来ねぇ。いや、カツアゲに金額の大きさは関係ねえ……か……。やっぱりカツアゲなんてしようとした俺が悪いってこと……だよな。スマネェ。すまなかった、ねーちゃん。俺が悪かった。この写真は、返すよ」

「……あれ? お姫様、やけにあっさりと身を引くんですね」

「ああ。元々したいと思ってカツアゲした訳じゃねぇし……って誰がお姫様だ、誰が!」

「そんなの貴女しかいませんよ! どうせ名前もなんとか姫って名前なんでしょ!」

「俺の名前は久美だ! なんとか姫なんて残念な名前じゃねぇ!」

「何ですと! 今から私のガールフレンドの真姫ちゃんとか亜姫ちゃんとかに謝って下さい!」

「俺そいつら知らねーから! てか何だよガールフレンドって! 生々しいんだよお前が言うと!」

「あらあら? 何だかクミクミ、私のことを全て知った気でいませんかね。ガールフレンドって恋人って意味じゃないしー。恋人候補って意味だしー」

「結局女が使う本来の意味のガールフレンドじゃねーじゃねーか! そもそも何だクミクミって可愛い名前!」

「え? クミクミが可愛い?」

「あ、いや……か、可愛くねーし! キモいし!」

「じゃあクミレンジャー一号で」

「限度ってもんを考えようぜ!」

 そんなこんななクミクミもしくはクミレンジャー一号だったんだけど、結局私はクミクミもしくはクミレンジャー一号からカツアゲされていないことに気付いた。真っ赤な顔で「クミクミとか可愛くねーし! で、でも、あれだよな! クミレンジャー一号は流石に不本意だから! ひゃ、百歩譲ってクミクミも悪くは……いやいやいやいやしっかりしろ俺!」とかなんとかブツブツ呟いてるクミクミ(決定!)が無茶苦茶カワイイのは当然で、つまりクミクミは美少女ってことになる。

 え? クミクミが美少女だからそれが何なんだよって? またまたぁ、何しらばっくれちゃってるんですか皆さーん。

 美少女がやったことなら……何でも許されるに決まってるじゃないですか!

 うん。

 まあ……それはそれとしてあるんだけど。

 多分――クミクミは悪い人じゃないし。

「まあまあクミクミ。とりあえず落ち着いてくださいな」

「誰がクミクミだ!」

「じゃあ組長って呼びますよ?」

「すいませんクミクミでお願いします!」

「はいよく出来ました。ご褒美に私からの熱い接吻をプレゼント!」

「そんなプレゼントだったらクーリング・オフさせてもらうっての!」

「じゃあ熱い抱擁で」

「同じことだ!」

「じゃあ……こんなプレゼントはいかがでしょうか、お姫様」

 そう静かに言った私を不信に思ったのか「はぁ?」と首を傾げるクミクミがまたそそられたんだけど頑張って頑張って自分を抑制し、噴水の方を人差し指でさしてみせた。

 そこには、辺りをキョロキョロ見渡したながら私を捜している雄二の姿があった。

「……あいつは」

「そうですよ。クミクミが『誰かから渡された写真』に写っていた――男です」

「な……お前、なんでそれを!」

 私の一言に驚いたクミクミだったけど、私からしてみれば至極当然のことだった。

 他の奴が縛られた写真なら簡単につくれるけど――クミクミが見せた写真は他でもない田中雄二だ。

 雄二のあんな姿なんて、普通の人が撮れる筈がないんだし。

「てな訳で。待ち合わせの十分前に到着した雄二に賛辞を送りつつ……ちょっとそこらのカフェでコーヒーを交えて話しをしませんか?」

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