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金曜日

 私が住む街には、必ず何かを間違える人が全人口を占めているらしいのさ。

 例えば、朝起きる時間を間違えたり――パンに塗るマーガリンをサラダ油に間違えたり――足し算を必ず間違えたり――人を人として識別するのを間違えたり――そんな風に、軽い症状もあれば、重い症状もあるのよ。

 そんな人達が、百パーセントの割合で、この街には住んでいるの。

 百パーセント。

 一カケラの例外も認めない、この割合。

 因みに、私が知る中で一番酷かったのはやっぱり『覚えた筈の記憶を全て間違えて記憶する』って人だったね。危険度も、緑色――黄色――赤色の三段階で迷うことなく赤色指定。スポーツくらい軽くしてそうなデカイ男の先輩だったんだけど、全く何もかも覚えられないの。勉強も、スポーツも、朝学校に通うことだって難しい……しかも、覚えた筈の人の名前も顔も絶対に間違えるから、お母さんとお父さんも間違える……そんな人生を歩んでた男の人を、私は知ってるの。

 でもね。その人のすごいところは、そんな間違いをするのにも関わらず、ちゃんと高校を卒業したことなんだ。勿論、国からの補助もあったよ。赤色の中でも特に危険な間違いを犯す人だったからね、補助金もたんまり貰ってたんだとか。

 それでも。

 補助金なんか貰っても。

 あの人には、全く関係ないことだったんだよね。

 だってあの人は、お金の価値すらも間違えるんだから。

 けど、ね。

 あの人は、周りが心配するくらい必死になって勉強して勉強して、なんとかギリギリだけど留年を一回もせずに卒業出来たんだよ。卒業式の時は涙物だったなー。本当に幸せそうに笑いながら、「俺、最悪!」って叫んだからね、あの人。その言葉を聞いて皆、あの人がどれだけ努力したのかわかったみたい。

「てな訳でありまして」

 かくいう私は、その姿を見て、自分に正直に生きることにしたのであります。

 昔っから私は、女の子が好きだったのよ。初恋は小学校二年生の頃。むちゃんこ可愛い女の子が居てね、えくぼが最高だったなぁ。あの子のえくぼはよだれ物だったね、うんこれマジで。でもこのことをお母さんに話したら、お母さんが直ぐに病院へ私を連れていったの。「お医者さん! 娘の『間違い』を、教えて下さい!」って受付で叫んで。その時のお母さんの顔……私は、正直怖かった……。

「お子さんの間違いは、『好きになる相手の性別を間違える』……というものです」

 眼鏡が似合う美人で若いお医者さんが、お母さんを見ながらこう言ってた。

 それからの記憶は私の頭からぶっとんでる。多分、ショックだったんだと思う。

 だって私は、この気持ちが――この初恋が――間違いだって言われたんだから。

 それからお母さんに「メグの間違いのことは、絶対に他の子に言ったら駄目よ!」って念を押されまくったの。

 私はその時思ったね。

 そ、そこまで駄目なの、私のこの気持ち?

 ええはいはい、その後私は頑張ってこの気持ちを抑えました。小学生の頃からこの衝動を抑えなきゃいけないなんて、軽く自殺物だったね。

 だから私は、一回自殺をしようとしたの。家の二階のベランダから、頭を下に向けて。幽霊になって、天国に行ったら、この私の『間違い』を認めてくれるのかなー、なんて淡い希望を胸に抱きながら。

 当時小学三年生。

 遺書には『わたしが女の子を好きなのはまちがいなんかじゃない!』って平仮名ばっかで大きくデカデカと書いた記憶があるね。もう、最後だから私の間違いを全国にバラしてやる! くらいの気持ちで書き殴ったの。

 で、私は。

 結局、飛び降りませんでした。

 理由は今、私の部屋の中で胡座をかいてるこの男にあるのです。

「何が「てな訳でありまして」だ。いきなりどうしたよ、メグ」

「うるさい。気安く私の体に触らないで」

「俺の手は今俺の膝の上にあるんだけども!」

「あー、うっさい。黙れ狼。男は皆、狼なのよ」

「……じゃあお前は、何でその狼を無用心にも毎日毎日自分の部屋に入れてるんだ? ま……まさか……メグ、お前、とうとう俺を好きに」

「しょうがないじゃん。幼なじみなんだから」

「……しょうがないの理由が微妙過ぎるだろお前」

 私の部屋の床に、何の抵抗もなく胡座をかいているこの男こそ、私の幼なじみであり同級生であり、かつ命の恩人っていうとんでもないくらいの肩書持ってる奴。

 名前は、田中雄二。

 私を好きだと言ってくれた、男の名前。

「ねえ、雄二」

「ん? 何だ? どうした、そんな泣きそうな顔して」

「今から言う言葉に驚かないって約束してくれる?」

「お、おう。約束する」

「萩原さんに告白した」

「うん……うん?」

「で、フラれた」

「いきなり何だお前!」

 え、何だ、あ? フラれたってどういうことだ! しかも萩原? 荻原かよ! とか何とか叫びたてる雄二のリアクションが無茶苦茶滑稽でずっと見ていたい気分になったんだけども、私が無表情な上無言で俯いていると、次第に勢いが失ってきたのか荒ぐ息を頑張って抑えた雄二は、私に向かって、「おい」って話しかけてきた。

「何?」

「……今、お前の目の前にいる男はどんな男だ?」

「田中雄二。四月四日生まれの十七歳。血液型はAB型。父、母、雄二の三人家族。好きなテレビ番組はレッドシアター。好きな漫画はジャンプ漫画全般。好きな食べ物は眞鍋かをり」

「好きな食べ物の項目が明らかに間違ってる!」

「好きなスポーツは……えっと、何だっけ? ウサギ跳び?」

「ウサギ跳びはスポーツじゃなくてスポーツに臨む為の過程に過ぎないからな! てかお前、重要なこと言わずに何嘘ばっか言ってんだ!」

 真面目に答えろよ! 頑張ってテンション上げてるけど結構心傷付いてるから俺! とかなんとか喚く雄二が哀れに見えたんだけど、とりあえずそれを無視して私は雄二の言う通り、田中雄二という残念な人間を構成する上で必要なことをピックアップして言おうとする。

「えっと……私と、幼なじみ。私と、同級生。私の、命の恩人。私より、身長が低い男」

「最後がっ! 最後さえなけりゃあ俺はもう一度お前に惚れ直してた!」

「じゃあ私万々歳だ! やったね!」

「どんだけお前は俺のことが嫌いなんだよ!」

「カキピーの……演技力くらいかな……」

「アイドルの本名言えないからってあだ名言ってまで俺をけなしたいのか、メグは! 確かにカキピーの演技力微妙だよ! 青春ドラマとか東大目指すドラマとかではまあまあイキイキしてたから表情がくずれてたし、シロサギを食う黒いサギの話ではクールな表情がかっこよかった! でも医療ドラマとか美少女をプロデュースする話とかでは」

「黙って、雄二。うるさい」

「……理不尽って……こういうことを言うのかもしれねぇな」

 私が一言冷たい言葉を放つと、雄二は窓の外を眺めながらハッハッハ……って放心状態になった。やめてほしいね。床に座った状態で口開けてもらうと、ベッドに座って雄二を見下ろしてる私の目に雄二の喉チンコが見えるからさ。あ、チンコって言っちゃったよ。私、女の子なのに! 美少女なのに!

 ……っとまあ、軽い戯言はさておき。

「とにかくさ、今私は萩原さんにフラれて放心状態なの。だから明日私と一日付き合って」

「ハッハッ……何だって! 今! メグが! 俺に! 付き合ってって言っ」

「ゴメンね、雄二。やっぱ私、明日アラちゃんと遊ぶことにする」

「すみませんでした!」

 そう言いながらいきなり土下座する雄二。どうやら本気で私がアラちゃんと遊びに行くのを阻止したいみたい。どんだけ私と休日遊びたいんだ、こいつは。ひくよ。流石の私でも、ひいちゃうよ。

 ……まあ。

 だから私は、雄二を毎日部屋に呼んでるんだと思う。――何を言っても――私が女の子を好きだと知っても――私を好きだって言ってくれる雄二とはいつも一緒に居られるから。

「……わかったよ。ゴメン、私が言い過ぎた。土下座なんかやめて、雄二。改めて頼むね。明日、一緒に服とか買いに行かない?」

「……ああ! 行こうぜ、メグ」

 私がそう言った瞬間に、「やった、メグと一日デートだ!」って本人目の前にして大声出してる雄二だったんだけど、そういう顔が本気で嬉しそうなくらい輝いてたから私は何も言わずにじっとその姿を見てることにした。男の子の笑顔なんて見たって何にも全くさっぱり感じない私だったけど、雄二の笑顔は、なんか、上手く言い表せないけど、良かった。あ、言わずもがな、女の子の笑顔は最高だよ! 特に美少女! もう一度言うね。美、少、女! 顔が良ければ何をしても許される……その上スタイルが良ければお金だってもらえる……更に髪がさらさらでクリーム色の肌がスベスベそうで明るくて……ああ、そんな完璧な女の子居たら、絶対に私、その娘を好きになるよ! 寧ろ貢ぐよ! ヒモになる精神だよ、私は!

「ところでよ……って、何だメグ。その気持ち悪いくらいの笑顔は」

 雄二に言われて、私は自分が自分の妄想で興奮してることに気付いた。いっけない、流石にこりゃ駄目だね。朝の電車の中、平気で出会い系サイト閲覧しときながら、その後平然とお母さんに向けて『いい天気だね』ってほのぼのとメールしてるおっさんかって話。

「……何でもないよ。ちょっと、妄想してた」

「妄想ってちょっとのことだったっけか! ていうか俺とかが居る前で妄想を平然とするな! お前は朝の電車の中、平気で出会い系サイト閲覧し」

「あ、ゴメン。それ先に私の一人称語りで言っちゃった」

「一人称語りってどういう……ああ、もういい! お前の言葉にいちいち突っ込んでたら話しが進まねえ!」

「いちいち突っ込む? やっぱり男は狼だ……この変態! 最低!」

「言葉にだっての! 変態も狼もお前のことだろ!」

「最低は?」

「ああん!」

「最低は、誰のこと?」

「……誰のことでもねえよ……メグは……さ、さ、さい」

「サイ? カイジでも読んだ?」

「地獄チンチロのことかよ! 違ぇよ! お前は……っ……最高なんだよ!」

「ふーん。ありがと。で、雄二は何を言おうとしたの?」

「俺の告白が!」

 言いながら泣きだしそうになる雄二を指さして爆笑っていう形で私が受け入れてあげたら、雄二がもう一度放心状態に入りかけた。こりゃヤバイねと危険信号鳴らした私は、「私も雄二好きだよ。お母さんが居なくてしかたなく食べた三食カップラーメンの後、夜食に食べるカップラーメンくらい」って言ってあげた。雄二はとうとう泣き出しちゃった。え、私、何か言った? 美味しいよね、カップラーメン?

「ヒッ……グスッ……俺が必死にアプローチかけてるのに荻原に告るってどういうことだよ……」

 私は涙ながらに何かを言ってる雄二の姿を、あえて無視した。「男なら泣かないでよ、雄二」って上から目線で雄二をあやしながら。

 だからさ、雄二。

 私は、必ず女の子しか好きになれないんだって。

 でも……なんだろう……。

 雄二が泣いてる姿を見て、目を細めてる私の姿に、私は嫌が応でも気付かされた。

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