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エピローグ

「ふぅ……。怖いですねぇ、近頃の若者は。ナイフで何箇所も刺す女の子や、銃を撃つ男の子……。怖いですよ、先生は」

「そうですね。でももっと怖いのは、メグをこんな目に合わした荻原彩の持っていた間違いが『挨拶をするタイミングを間違える』というものだったことだと思います。そんな間違いしか持っていなかったのに、こんな酷いことをメグにするなんて……」

「確かにねぇ。この街の人間なら誰しも必ず間違える『間違い』なんかよりも一番気をつけなくてはならないのは……人間そのものなのかもしれません。いずれにせよ、荻原さんという女の子は学校にはもう戻れないでしょう。その……何でしたっけ……た、た、たな」

「田中雄二君のことですか?」

「そうそう、田中君。田中君のストーカー被害はこれでなくなるでしょうね。過程がどうあれ、終わりよければ全て良しです」

「……そうですね」

 私が意識を取り戻すと、視界には白い天井と、私が横たわっているその傍でメガネをかけた白衣のヒゲ面な先生と、全身真っ白からすっかり元通りになったアラちゃんの私服な姿があった。

「……う」

「あ。大丈夫ですか、メグ?」

「おっと、起きたようですね」

 私が一言呟くと、アラちゃんとメガネの先生は私に向けて安心した声を出す。体を起こそうとすると、痛みが私の意志を邪魔してきた。ああはいはいわかりましたよ動きませんったら。口だけ動かさせてもらいますよ、はいはい。

「ううう、痛い。ここどこ?」

 言って私は唇が切れていることに気が付いた。おーいこれ物凄く喋りにくいんですけども。まあでも今の私には喋ることと女の子の色々なところを舐めるしか出来ないから、頑張って喋らせて貰うとしましょうかね、はい。

 私がもごもご口を動かしてるのを見ると、アラちゃんが笑顔で私にこう言ってくる。

「病院ですよ。貴女、三日間ずっと寝っぱなしだったんですから」

「……そうだ、雄二は! 雄二はどうなったの!」

 私がこう叫ぶと、メガネの先生とアラちゃんが暗い顔で俯き始めた。俯いたことによって顔が一層私に近づくんだけど、両方とも目をつぶってるからわかってないんだろうなー。

 でもここでこういう反応するってことはもしかして……。

「ちょ、ちょっと待ってよ、アラちゃん! まさかあいつ、一発撃っちゃって刑務所行きとかじゃないよね!」

「すいません、メグ……私の力不足でした」

「そん……な……」

 悲しそうな顔でそう言うアラちゃん。間に合わなかった……ってことなの? じゃあ私はこれから先、雄二とは学校で……会えないの? それどころか、たまにしか会えなくなるってこと?

 もしかしたら。

 もう二度と、会えないかもしれないってこと?

 私がそんな風に呆然とした顔で無言になるのを見たアラちゃんは、口の端で笑いそうになるのを堪えている――そんな笑顔で、こう言ってきた。

「雄二君は今、刑務所で雄二君のお父様に説教を受けています」

「……え?」

 アラちゃんの言葉で意味不明になる私。

 説教って何?

 一体全体どういうこと?

 はてなハテナの集大成がうごめく私の頭だったけど、なんとかアラちゃんに「……雄二は何したの?」って言い切ることができた。

「雄二君は銃を一発撃ったんですよ、メグ」

「そう、なんだ。結局あいつ、撃っちゃったんだ……。……誰に撃ったの? 荻原さんに、撃っちゃったの?」

「いいえ、違います。空に、です」

「は?」

 私は笑顔で言い切るアラちゃんの言葉にまたもや訳がわからなくなりました。空にってどういうことなのさね。何で空なんかに銃を撃ったのさ、雄二は。

 ……うーむ。

 あー、まあでもなんやかんやいって最終的には荻原さんを撃った訳じゃないんだって少し安堵した私に、「雄二君が言うには……ですね」と笑顔のアラちゃんから――一時の勢いが生み出した――一生後悔で苦しむことになりそうな事実を聞かされました。

「雄二君は、メグからの告白で舞い上がってしまったらしいですよ。撃った後、そのまま嬉しさのあまり気を失ってしまったみたいです。第一発見者の話しによると、雄二君の顔は赤かったらしいですし」

「な……え、えぇ!」

 言われて私は思い出した。いやいや、本当のところをいうと、覚えてはいたけど思い返すのが恥ずかし過ぎたことなんだけどね、これ。

 うわ……うわあああっ!

 私……あの時、無我夢中で一体全体何を口走っちゃったのよ!

「きゃあああああ! 私、私……私、雄二なんか好きじゃないしー! 雄二なんかどうでもいいしー! ていうか雄二なんかよりも断然アラちゃんの方が大好きだしー! い、今でも私、アラちゃんの唇を奪いたいと思ってるしー!」

 あたふたしながらやばいことを言う私を見てどん引きするお医者さんと、はいはいわかりましたよもう慣れましたよメグとでも言いたげな笑顔を私に見せるアラちゃん。そ、そうだよ! 私はアラちゃん大好き! そして全校の女子高生の皆さん並びに全国の全女性が大好きなんだぁ! 決して絶対百パーセント間違いなく圧倒的に雄二が大好きなんて……有り得ないっ!

 私が「ううう……違うの、違うもん」って唸るのを見てため息をついたアラちゃんは、私の右耳――切り傷が片方と比べて少ししかない方の耳に口を近づけて、ボソリと魅惑の女王みたいに呟くアラちゃん。

「……雄二君の唇を奪いたいとは思わないんですか」

「ううっ! う、うう……お、思わないよ!」

「否定までの時間がメグにしては長いですね。丸っきり嘘ではないんじゃないですか?」

「そ、そんなこと、ないもんさっ! 雄二なんか……雄二なんか……」

「顔が赤いですよ、メグ。雄二君なんか……何でしょうかね。私はその続きが気になります」

「……アラちゃんの意地悪」

 私がそう呟くと、アラちゃんは一瞬呆気にとられた笑顔をしながらも、そのままニッコリ笑って、私にこう言ってきました。

「やっと、素直になれたんですね、メグ。その代償がこんなボロボロな姿というのは些かどうかと思いますが……まあ、顔に傷は残らないみたいなので、プラマイゼロと言い切ってしまってもいいかもしれません」

「え?」

 アラちゃんに言われて頬を触ろうとした私だったんだけど、残念ながら痛みで腕の動きがゆっくりになっちゃったんだよね、これがさ。でもまあゆっくりゆっくりふかふかの布団の中から右腕を出した私は、手の甲と掌にガーゼが巻かれているのを確認しながら、頬を触ってみました。そしたら普通に布の感触が私の手を伝う。どうやらドデカ盤バンドエイドが貼られてるみたいだね。……荻原さんが凄く深く切り付けていたからどうなるかわからなかったけど、アラちゃんの言う通りなら傷は残らないみたいだから、とりあえず私は安心しました、はい。

 フゥ、と安心の溜め息をつく私。色々なことがあったなー、今日は。

 ……ってちょっと待ってよ。

「今日って、何曜日?」

「木曜日です。丸三日寝てましたからね、貴女は」

「木曜日……そっかぁ……必殺闇討ち人の録画ちゃんと出来てるかな……」

「……なんですかその物騒なタイトルは」

「あ、アラちゃん知らない? 私が美人秘書カオリさんの役で友情出演してる大河ドラマなんだけどさ」

「そのタイトルと世界観で大河ドラマなんですか……。ちょっと私見たくなりました」

 何曜日にやってるドラマなんですか? って聞くアラちゃんに毎日放送してるよって返す私。アラちゃんは再度驚いていたけど、お医者さんが「あーあのドラマですか。いいですよねー毎回毎回に起こるあのどんでん返し。先週の地球消滅エンドには驚きましたよー。まさか大きな手が地球を一掃するとは」ってうっとり語るのを見たアラちゃんが「……絶対に見ます、必殺闇討ち人」って決心してた。拳を顔の前でにぎりしめてよっしゃってな感じで断言するアラちゃん……やっぱり可愛いよ! 可愛いよ、アラちゃん!

「可愛いなーホントもうさーアラちゃんのうなじを指でツーってなぞって「ひゃん!」って喘ぐアラちゃんがみたいなー私」

「一人でやってなさい」

「じゃ、じゃあやるね! って痛いっ! 体全体が痛い!」

「ほらほら。動かない方がいいですよ、メグ」

「何さー! アラちゃんがやれって言ったんじゃん! 何なのさーホントさー!」

「……一時間安静にしていたらいくらでも喘いであげますよ」

「了解ですアラちゃんさん!」

「さん付けってどういう意味ですか。まあ……いいです。とりあえず、メグに聞きたいことがあるので、答えて下さい」

 私が布団の下に右腕を忍ばせたのを見て安心すると、アラちゃんは私にこんな風に尋ねてきた。ん? アラちゃんが私に聞きたいことって何なんだろ。

 というよりか……寧ろ私の方が聞きたいこと山程あるんだけど。

 そう思った私は、アラちゃんが「じゃあメグ。今から私の質問に答えて下さい」って言い切った後、「ごめんアラちゃん。今から私の質問に答えて」って言った。私の言葉に口を開けたまま呆然としたアラちゃんだったんだけど、そこは流石アラちゃんといったところ。直ぐに口を閉じたアラちゃんは、溜め息を一回つくと「……わかりました。そう言えばメグは三日間寝ていたんですよね。聞きたいことはいっぱいあるでしょう。私の質問なんて些細なことですので、遠慮しないでなんでも聞いて下さい」って私に言ってくれた。本当にありがと、アラちゃん。アラちゃんのそういう臨機応変な優しさ……可愛いと思う。単なる良いじゃないところがミソだよ皆の衆。

 私とアラちゃんがそう言うと、「じゃあ後でまた来ます。話しが一段落したら先生を呼んで下さい。外で待っている親御さんもついでに呼びますから」って椅子から立ち上がってお医者さんがその場を離れてくれた。有り難いなーこういう対応。本当だったらママパパ呼んだ上で検査とか色々しなきゃならない筈なのに。

「……じゃあ聞くね、アラちゃん」

「はい。何でもいいですよ」

「えーと……アラちゃんが取れないって言ってたあの白い粉ってどうなったの?」

「ああ、あれですか。荻原が逮捕される前に、私が修正剤を貰いました。どうやら自分の父親に頼み込んで手に入れたいわくつきの物らしいです。暗闇の空間……とかいう科学者団体の人が、翌日、私に謝りに来てくれました」

「へー。じゃああの白いの取れたんだね?」

「はい。もう大丈夫です」

 あー良かった。あんな白い粉がずっとアラちゃんの頭の上に付いてたら鈴木と一体どんなプレイをしてたんだいって疑問に行き着いちゃうじゃんさ。そりゃキツイものがありますよ。私の場合、白いのは液体のやつしか出せないからさ。そういう点では鈴木ズルイよなー。あんなドロドロしたのよく出せるよ、ホント。

「あ、だったら……あの黒板のやつ……ばれなかった? 消せたんだよね?」

「……厳密に言うと、消せませんでした」

「え……ってことは、私の間違い、ばれちゃった?」

「……第一発見者が見つけた時にはもう七時二十分を越えるか越えないかの瀬戸際だったので、放課後には消せたのですが……間に合わなかったんです」

「そっ……か……」

 これで、私の学校生活も終わりだね。私の間違いがばれちゃったら……誰も私に近づかなくなっちゃうからさ。当然、雄二にもアラちゃんにも近づけないや。迷惑かけちゃうからね、二人に。

 私が悲しい顔で無言になったのを見ると、「ち、違いますよ、メグ。大丈夫です。貴女の間違いはばれてません」って慌てながらアラちゃんが私にそう言ってきた。

「え? どういうこと?」

「三人が倒れていた場面を見た第一発見者は私です。黒板の文字を何とかした私が屋上にすぐに戻ったから、メグを助けることができたんですよ」

「……どうやって黒板の文字を消したの?」

 アラちゃんに感謝しながらも私がこう言うと、アラちゃんはまあまあな大きさの胸を張って「フフフ、驚かないで下さいよ、メグ」ってこんなことを発言してきた。

「黒板自体を引っぺがして、その後黒板を粉々にさせて頂きました」

「…………」

 アラちゃんの言葉を聞いて思わず無言になる私。というかアラちゃん怖っ! 日曜日の深夜にも感じたけど、どんだけ力あるのさアラちゃん! 黒板引っぺがすって! 引っぺがした後粉々にするって……アラちゃんどんだけ!

「あら? どうしましたか、メグ。顔が青いですよ」

「……ははは。何でもないから心配しないで、アラちゃん」

 私がこう返事をすると、アラちゃんは「そうですか。では、他にメグが聞きたいことはありますか」って言って私の質問を催促してくれた。うーん、後聞きたいことは……ってな感じで頭を働かせると、私を気持ち悪いって言ってきた――あの女の子の姿が思い浮かびました。

 雄二のストーカーで、私をズタボロにした女の子。

 荻原さんのことだけ、かな。

「荻原さんって……どうなるの?」

 私がそう聞くと、苦しそうな笑顔をしながら、アラちゃんが私に言ってくれた。

「メグにこんなことをした荻原は、当然逮捕されました。もう二度と、彼女とメグが会うことはないと思います」

「……そっか」

 言われて見れば当然だよね。いくら女子高生とはいえ、ナイフで私をこんなにしちゃったら……罪からは免れないんだ。

 私が苦悶の表情で荻原さんの……あーちゃんのことを考えていると、同じく苦悶の笑顔で無言になってるアラちゃんの姿に気付いた。

「どうしたのアラちゃん無言になっちゃってさ。賢者モード?」

「うるさいですよメグ。いえ……たいしたことではないと思うんですが……。メグ。私、貴女に雄二君の文字で書かれたメモ用紙を見せましたよね」

「うん。汚かったねーあれ。昔っからあんな字なんだよ、あいつ」

「雄二君は、そんなメモのことは知らないって言うんです」

「……へ?」

 何言ってんのさアラちゃんあんな文字雄二しか書けないってとか言ってアラちゃんと笑おうとした私だったんだけども、ここで私は思い出した。

 雄二……あいつ、屋上で私が「アラちゃん心配してるよ」とか言った時、「なんで真姫がいるんだ?」とか言ってなかったっけ?

 ……ということは。

 あのメモ用紙の汚いメモ書きは、雄二が書いたんじゃないってこと?

 じゃあ、誰があんなメモを残したんだろ。

 そうやって考え始めて直ぐさまわ私が出した結論は、アラちゃん以外の雄二のボディーガード――鈴木だった。

「てことは……鈴木がわざわざ雄二の文字を真似て私を屋上に向かわせたってことかな?」

「いえいえ。琢磨君はあの時、『一日に三時間しか寝れない間違い』のせいで寝ていましたから」

「……ど、どういうこと?」

「一日に三時間しか寝れないということはつまり、一日に三時間は必ず寝なければいけないという意味なんですよ、メグ。琢磨君は前日の雄二君の護衛で、寝ていませんでしたから」

「いやいやいやいや、そうじゃなくて! 鈴木の間違い云々なんかどうでもいいよ!」

 私が心底どうでもいいような口調でこう言うと、「じゃあ何が聞きたいんですか貴女は」ってちょっと怒りながらアラちゃんが私に聞いてきた。うう、ごめんねアラちゃん。アラちゃんは鈴木の話しをするのが大好きかもしれないけど、私は鈴木の話しを聞くのが大っ嫌いなんだよー。

 そんでもって、私はアラちゃんに真に聞きたいことを聞こうとした。

「アラちゅわぁん!」

「なんなんですかそのノリ」

「アラちゃんさアラちゃんさ、前さ、私に三十六時間満足させられますかとか聞いてたじゃん! 鈴木がそんな間違い持ってるなら、三十六時間ずっとアラちゃんを満足させるなんて無理じゃん!」

 すると私がこう聞くと、アラちゃんは人差し指を唇に当てながら、右目を閉じるウインクをして、こう言ってきた。

「女には、色々あるんです」

「…………」

 ハハハハハ……どうやらもしかしたら、私の敵は……鈴木だけじゃないのかもしれないねーこれ。アラちゃんの発言は所謂問題発言だったんだけど、アラちゃんのウインクが魔性の魅力過ぎて何だかどうでもよくなっちゃったよ、私。こんなに美人なアラちゃん初めて見た。うわー、忘れられそうにないや。

 ミステリアス。

 アラちゃんの魅力がまた一つ増えちゃったね、うん。ますます私の我慢がやばいや。今にも決壊しそうだったんだけどなんとか持ちこたえた私は、「じゃ、じゃあ……誰があのメモを書いたのかな」ってアラちゃんに聞いてみた。

 そしたらアラちゃんは、意外な人物の名前を言いました。

「おそらくですが、私が思うに……荻原彩だと」

「……荻原さん? 荻原さんがあのメモを書いたの?」

 言われて私はアラちゃんが何をいいたいのかわからなかったんだけど、ゆっくり考えていく内に、徐々に理解してきた。

 そうだった。

 荻原さんは……雄二のストーカーだったんだ。

「まず、私と琢磨君が雄二君のボディーガードだと知っている人自体が少ないんです。そしてその上で、雄二君の字を真似出来るのは……雄二君を愛し過ぎてこんなことを起こしてしまった荻原彩しか……居ないと思うんです」

「…………」

 アラちゃんにこう言われて、私は思い出す。荻原さんが叫びながら私の体に何度も刺したナイフの先には……手とかほっぺたとか……そういう、致命傷を避けた場所しかなかった。

「あくまでもこれは仮説です。何か理由があったとしても、結果的にはメグをこんな目にあわせた荻原を私は許せません。ですが、もし……もしですよ。月曜日のあの騒動がなければ、メグの気持ちが雄二君に伝わるのはまた大分先になっていたでしょう」

「な、アラちゃん私、雄二のこと好きじゃな」

「ですから、私はこう思います。もしかしたら荻原彩は……雄二君が好きな相手のメグ……所謂恋敵が、女の子が好きだ女の子が好きだと言い続けるのが……許せなかったのではないでしょうか」

 私の言葉を遮ってこう言ったアラちゃんは、またもや無言で考え込み始めた。

 そうなんだよね。

 私はこの通り、無茶苦茶痛かったこど死ぬことは無かったんだよ。

 それに、荻原さん――あーちゃんは。

 去年の三月から。

 私が荻原さんを好きになった去年の三月から。

 ――『好きな子にしか電話をかけられない間違い』と『好きな子の上辺の姿を真似てしか電話で話せない間違い』と『間違いについての記憶を一日ごとに消してしまう間違い』をもった私とずっと……電話をし続けてくれたんだもん。

 あーちゃんも、何か思うことがあって雄二を監禁したのかもしれないんだ。

「…………あれ?」

 色んな感情がごちゃ混ぜになってた私なんだけど、ふと、私は重要なことに気が付きました。

 今日は、木曜日。

 月曜日に私の『間違い』を知ってから、三日経ってる。

 なのに……私は、私自身の間違いについての記憶を失っていないんじゃないかいこれ?

「私の『間違い』……一体どうなってるの……?」

「メグも気が付きましたか」

 私が呟くと、無言だったアラちゃんが私に乗じてくれた。

「貴女は『同性を好きになる間違い』を持っていた筈なんです。これは絶対間違える『間違い』なので、雄二君に良い印象を持つことはあっても、好意を持つとは考えていなかったんです。しかし、貴女は雄二君に好意を抱きました。これは異常事態なんです」

 アラちゃんがひっかかった所と私がひっかかった所は違う部分だったんだけど、言いたいことは大体似たような感じだったから私はそのまま会話を続行することにした。

「え、アラちゃん前私に雄二を押し倒せとか言ってなかったっけ?」

「そんなの冗談に決まっているでしょう。もし実際に貴女が雄二君を押し倒しでもしたら、ボディーガードとして、直ぐに私が貴女を止めにかかる予定でしたから」

「……てことはアラちゃん、逆に私を押し倒してくれるの! よっしゃ絶対雄二押し倒してやる!」

「その言葉忘れませんからね、私。やり切って下さいよ」

「んぐ……」

 アラちゃんのどこまでが嘘でどこまでが本当かよくわからない思わせぶりな発言に失言しちゃった私。い、いやいやいやしないし。雄二を押し倒すなんて……ううう、無理だよそんなの。恥ずかし過ぎる。

 私がその場を取り繕うように慌てながら大急ぎで「あ、アラちゃんあのさ、結局私の『間違い』がどうなったか知ってる?」って聞くと、アラちゃんは「ええ。先ほどのお医者様に、メグの間違いがどうなっているのかを聞きましたから」ってあっさりと言い返してきた。

「……ホント? 私、結局どんな間違いを持ってるの?」

「その前に、メグ。これだけは言わせて下さい」

 こう言うアラちゃんの気迫におされてしまった私は、気付くと「な、何かなアラちゃん」って聞き返してた。

「いいですか。例え貴女が同性を好きになるとしても――例え貴女が雄二君を好きになるとしても――それは決して『間違い』なんかじゃありません。この国がそれを間違いだと認めても、私はそれを認めませんし、メグもそれを認めないでください。そうすれば、それは間違いではなくなりますから」

「…………うん。うん。ありがとう、アラちゃん」

 私はいつの間にか、ズタズタになった顔にある目から涙を一筋流していた。なんか……アラちゃんの言葉で、荻原さんに言われた全てが消え去ったような気持ちがしたんだよ。

 気持ち悪くないんだよね?

 私、気持ち悪くないんだよね?

 一度私が告白した人にああいう風に言われたら、それを信じるしかないじゃん。それに、縋るしかないじゃん。

 ――他でもないアラちゃんが、そう言ってくれたんだから。

「ほらほら。泣いていては始まりませんよ、メグ。今から貴女にはやって欲しいことがあるんですから」

「ヒグッ……何、アラちゃん。私、アラちゃんの頼み事ならなんでも聞く。なんでも言うし、なんでもやるよ。……ありがとう。ありがとう、アラちゃん」

「……いけませんね。なんだかこっちまで泣けてきますんで、早々にメグにやってもらうことにしましょう」

 笑顔の目に流れる何かを人差し指で拭き取りながら、アラちゃんは履いていた青いジーパンのポケットから、予想外のものを取り出してきた。

「聞かせて下さい、メグ。貴女が今、一番電話をしたい相手は誰ですか?」

 それは、折りたたみ式の――携帯電話だった。

 両手で丁寧に差し出されたケータイを、私はゆっくり布団から右手を出して、受け取る。

 昔から、私が電話をしたかった相手は一人しかいない。だから、あいつの家の電話番号もあいつのケータイの電話番号も、完全に記憶してるのさ、私は。

「……へへへ」

 思わずにやける私。

 もし私が持つ『間違い』が――四つじゃなくて――五つ以上あったとして。

 その中の四つの『間違い』が、あーちゃんに切り付けられた衝撃によって綺麗さっぱりなくなっていたら。

 私の――赤色の間違いが綺麗さっぱりなくなっていたら。

 私の今話したいことを、あいつに言うことが出来るのかな?

 出来たら、いいなぁ。

 いや……絶対に、出来る筈。出来なきゃおかしい。てか出来ろよこの野郎。

「あ……」

 そして。

 私はこの時、確信したんだよ。

 自分が持つ間違いや、自分が起こしてしまった間違いには、自分自身が立ち向かおうとしないと何も変わらないってことを。

 他人からの勝手な評価も。

 こんなの無理だって思うことも。

 自分から立ち向かわないと、何も変わらないんだ。

「一、零、二……」

 私はゆっくり、一言一言呟きながらアラちゃんの黒いケータイの番号を押していった。

 そうして。

 私が押していったそれらの番号が、あいつのケータイの電話番号を表した時。

 私は通話ボタンを押して、心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら、ケータイを耳にあてた。

 ある電話の会話にて。

 私が電話の先から聞こえてきた声に泣きなくなるような喜びを貰うのは、これから数秒後のこと。


「もしもし? 私です。……メグです。私が今話せている、あなたは一体誰ですか?」

あとがきです

長編二作目『間違える人と間違えている人の違い』を完結させることができました。

今回執筆してまず気付いたのが、自分明らかに執筆速度上がってるじゃんこれということです。いや、本当に上がってるんですよ。途中から10万文字っていう数字が「はっ、こんなの楽勝じゃね?ていうかなめてんじゃね?」という数字にしか見えなくなり(因みに10万文字というのはあるレーベルの大賞応募の際の最低文字数です。いつもこの文字数を意識して書いていました)、多少スランプに陥りつつもなんとか書きまくり、ゴールデンウィークの内に書いてやるという意気込みで完結に。

一か月ちょいという道のりでしたが、書きたいことは書けたかなという感じです。

誤字脱字を修正しつつ、また次回作の執筆に移りたいと思います。今度は三人称なんか書いてみたいなー。まあでもその間にテストがあるんで結構きついかもしれません。

なにはともあれ。

変態がはびこる今作を読了していただき、ありがとうございました。

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