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20/21

月曜日 5

「……っ?」

 私が声にならない声で、荻原さんに聞く。

 今荻原さんは……なんて……言ったの?

 私の間違いが、一つだけじゃない?

「ウチに顔向けるんじゃないっての」

 私が荻原さんの顔を見ようと頭を傾けたら、いきなり荻原さんはサバイバルナイフで私の左耳を横に切り裂いてきた。

「うぁあ! ああああぁぁっ!」

「うるさいっての。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい」

「あああ! ああああ! ぎゃああああああああ! あぎぐっ! ああ!」

 うるさい、うるさい、うるさいと言う度に私の耳に切り傷を付ける荻原さん……痛い! 痛い! 痛い! 痛い痛い! 痛い痛い痛いやめてやめてやめてやめて! やめてよぉ! お願い、荻原さん!

「やめ……て……」

「うるさい」

「あぎゃぁ!」

 駄目……もう……駄目だって……何も……もう……考えられ、ないのに、こんなの、駄目……。

 助けてよ……誰か……。

「メグ!」

「黙っててよ雄二君。動けないなら私だけを見てて。今こいつなぶるから。そうね、何から話そうかな。まずは、あんたの本当の『間違い』の数を言ってあげる」

 言いながら私の頬に血のついたサバイバルナイフを横につけてくる荻原さん。ひんやりしたってことしかもう、耳の痛み以外に感じなかった。

「あんたの『間違い』は四つよ。『同性を好きになる間違い』と」

 言って、頬を深く切る荻原さん。「いぁあっ!」と悶える私。

「『電話をかける相手を間違える』間違いと」

 言って、頬を深く切る荻原さん。「うぎゃあ!」と悶える私。

「『電話での応対を間違える』間違いと」

 言って、頬を深く切る荻原さん。「あぎゃあ!」と悶える私。

「『自分の間違いに対して記憶した筈の記憶を間違える』間違い」

 言って、頬を深く切る荻原さん。「んぎゃあ!」と悶える私。

「あんたは毎日毎日雄二君に向けて、電話をかけていたつもりだろうけど……それが全部、毎日毎日ウチにかかってきてたのよ。去年の三月くらいからだったわね。最初は訳がわからなかったの。周りに良い印象与えるためにウチがやってる猫かぶりをあんたがしてきて、ウチをあーちゃんって軽々しく呼んで。お呼びじゃないって言いたかったのに、あんたは毎日毎日嫌って程電話をかけてきた。翌日にウチが「なんで電話かけてくるの?」って聞いたのに、あんたの返事は「なんのこと?」一点張りだったわ」

「やめろ荻原! お前……それ以上言うなって!」

「あ、なーに雄二君! ウチへの告白以外だったら今すぐこいつのほっぺたに五本目の切り傷増やすけど」

「なっ……」

 切られた傷から鋭い痛みを感じる私。耳からも頬からも流れる血の存在を認めながら、私は荻原さんが今言った言葉を痛みで狂う私の頭で必死にまとめる。

 ――思い至ったのは、私が尊敬する先輩の『覚えた筈の記憶を全て間違って覚える』間違い。

 ああいう間違いが、もし私にあった場合。

 それが、自分自身の『間違い』に関する間違いだった場合。

 私は、卒業式で「俺、最悪!」って言い切った先輩を知っている。

 先輩は、自分の間違いに全身全霊で立ち向かっていた。

 それでも、ぎりぎりなんとか対処しきれたくらいだった。

 ――そんな感じの『間違い』がもし私にあったなら。

「私は……荻原さんと……あーちゃん、と……」

 そして、その『間違い』の真実を――私が何も考えられない空っぽの状態で、ドスン、と突き付けられた時――

 私は一体、何に行き着くんだろう。

「あーちゃんと、逃走中の話しを、した」

「うるさい喋るな」

 頬をまた切られたけど、痛みを感じたけど、真実を――私の真実を、丁寧に、確かめる。

「あーちゃんと、好きな人の話しを、した。あーちゃんは、雄二が彼氏だって、言った」

「うるさいっての喋るな黙れ」

 今度は縦に――唇の真ん中に傷を入れられた。痛い。痛いけど。口の中に唇から出る血が流れるのを感じながら、私は、言う。

「あーちゃんが……じゃない。雄二から朝早くに電話がかかってきて、それで起きて。その電話にリダイアルしようとして……あーちゃんの……荻原さんのケータイに……電話した」

「あーあーあー。そうだねそうですねー雄二君のケータイを奪いましたよはいはい!」

 棒読みで言いながら、私の顔から離れると、私の右手におもいいっきりナイフを突き刺してきた荻原さん。

「ぐぎゃあああああ!」

 右手の甲から縦に異物が入ってくる感覚が、全身を伝う。鋭い痛みってレベルを完全に越えた訳のわからないのが、私に悲鳴を叫べって命令してくる。

「うざい、うざい、死ね、死ね、消えろ、消えろ、もっと、もっと、泣けよ、鳴けよ、啼けよ、唳けよ、哭けよ、ナケヨ、ナケヨ、ピーピー喚いてウチを満足させろよ! ほら! ほら! ほら! ほら! ほらぁ!」

「あぎゃ! ぎゃああ! ぐぎゃあ! あ! ああ! あああ! ああああ! あああああ! ああああああ! ああああああああああああああああああああっっっっっっっっ! っ! っっっ! ――っ! ――――っ! ――――――っ!」

「やめろよ……」

 手を。腕を。足を。ふとももを。耳を。背中を。指を。爪の間を。

 なにがなんだかわからないまま、突き刺さってくるナイフによる痛みが、何度も、襲い掛かってくる。

 何が起こってるのか、もう訳がわからない。

 そう思いながら、意識が朦朧としていくのをおぼろげに理解しながら、私は――雄二の悲痛な声を聞いた。荻原さんからの拷問が止まる。

「なーに雄二くーん。どうせその縄は外れないんだからさ。大人しくしといてよ。大人しく、雄二君の好意を無駄にするこいつがずたずたにされていくのを見てて」

「……やめろ……やめろ……やめろって」

「ううむ。じゃあ雄二君の要望通り……やめてあげようか?」

 そう言いながら。

 荻原さんは、私にのしかかっていた体を立ち上がらせ、出来る限りナイフの先端を高くあげると、こう言った。

「この距離から力いっぱい首筋に突き立てれば、喉やられてなにも喋れなくなるんじゃない?」

 その言葉が屋上を響かせた瞬間。

 ブチィッ、と。

 縄が――雄二を縛っていた縄が――雄二の力によって引き裂かれた音が聞こえてきた。

 雄二が――引き裂いた。

 『躊躇が出来ない間違い』をもって肉体の限界をぶち破った雄二が――自由になった。

「な……」

「メグから離れろよコラァ!」

 力が何倍にもなっている雄二が走り、目を点にした荻原さんの顔を思いっきり殴り飛ばし、荻原さんの体が飛んで、頭から屋上の床のコンクリートにたたき付けられた音がした。

「すまない、メグ。こんな……こんなになるまで何も出来なかった……すまん! 保健室に行くぞ!」

「う……ん……」

「喋らないでいい! ただし寝るな!」

「き……きつ……いよ……それ……」

 私はこう言いながらも、私の頭の後ろに手をまわして枕代わりにしてくれる雄二の声に安堵していた。荻原さんの声は聞こえない。多分、雄二の一撃で気絶したんだと思う。

 青空を背景にして見える雄二の顔を見ながら、私は襲い掛かる睡魔に対抗しようとしたけど、無理だった。あ、やばい。これは本気でやばいかも。力が、入ら、ない。本気の本気で保険室行かないと、やばい。

 ――だけど。


「行かせ、ないわよ。雄二、君はぁ、ウチのもの、だからぁ……」


 フラフラと。

 荻原さんが、なけなしの意識でこう言ったように、聞こえた。雄二の顔が、横に向けられる。

 雄二の口から、こんな言葉が、聞こえて、き、た。

「お前……死ぬか」

 『躊躇が出来ない』雄、二が、学ランの内、側のポ、ケットから、『銃を上手く扱、える』雄二が、銃、を、出す。

「ウチを、殺すの? 雄二君なら、出来る、もんね。じゃあウチは、万々歳、だぁ。雄二君の人生にぃ、ウチを、残せ、る、からぁ」

 雄二、は。

 雄、二、は。

 今ま、でに何、度も、見たこと、がある、あの、何も考えていないような、無、表情を、荻原、さんに、向け、る。

 何、やっ、て、ん、の、よ、あんた、は。そ、ん、なこと、し、た、ら。こ、の、おん、な、の、お、も、、う、つ、ぼ、じ、ゃ、ん。

「ゆ、、、う、じ」

「待て待て。今からこの女消すから待ってろな。その後保健室行こうぜ」

 さ、いごの、力、をふ、、、、り、しぼ、っ、て、言わ、ない、と。

 ゆうじが、止まる、な、にか、を。

「雄二!」

「何だ? どうしたよ、メグ?」

 私、は。

 わ、、、た、し、は。

 ゆ、う、じに。

 何、を、いいた、いんだ、ろう。

 な、にを、、、い、えば、ゆ、う、じはと、まる、んだ、ろう。

 なん、だかあたまのな、かが、ぐちゃ、、ぐ、ち、ゃ、になって。

 何がな、んだか、、わから、なくな、っ、て。

 だけ、ど。

 だけ――ど。

 ――だけど!

 言わなきゃ駄目、だ。言えば止まってくれるかもしれないしそれにそれにそれにそれにそれにそれにそれに、、、、、、、、、、、それにっっっっ!

 私には今一番言いたいことが――昔から言いたいことがあるんだからっ!

 私は。

 全身が軋むのを感じながら。

 横たわった状態のまま息を大きく吸い込んで。

 ――雄二に向けて、こう叫んだ。

 

「大好き!」


 全力を使い果たして血を流しすぎた私の意識が途切れる。

 私は、多分一生忘れない。

 意識が無くなる前の一瞬。

 その、刹那。

 私が雄二に向かって言った――どストレートな告白を。

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