ある電話の会話にて 一
「あ、あーちゃん? 私。私よ私。私以外の何者でもない私、それが私」
「私私サギとかの対象になりそうだからその私連弾やめなさい」
「ごっめーん。まあまあそんなことはどっかのどっかに置いといて」
「……って、またウチあんたの話聞かなきゃ駄目なの? 正直今忙しいんだけど」
「え、え、何してたのー?」
「逃走中で走りまわってるハンターのサングラス取った顔想像してた」
「……でねでね。今日さ、朝下駄箱に着いたらめぐちゃんから手紙が入ってたの」
「流石ね、あんたのそのスルースキル。ウチも今からそれ身につけてあんたの話し全部スルーしていい?」
「ダーメ」
「じゃあ逃走中のDVDを全て買い揃えなさい。そうしたらウチはあんたの話し聞くことにする」
「んぐ……ねえあーちゃん、今更なんだけど逃走中って何?」
「あんた……逃走中を知らないの! 信じらんない信じらんない信じらんないっ! ……ま、まあいいわ。溢れ出るウチの怒りを抑えに抑え込んだ状態で逃走中の大体から細部まで全て余すことなく説明してあげる! まず逃走中のおおまかなルールはこの二つ! ハンターって呼ばれる黒い男の人達に指一本触れたらそこで終了ってことと、制限時間内に逃げ切れば賞金が手に入」
「でね、めぐちゃんが何で私の下駄箱に手紙入れたのかなって思ったんだけどとりあえずとして手紙開けてみたの」
「……ちょっと待って。ゴメン、ウチ、何か涙出てきた……この涙に詰まってるものは何? 怒り? 悲しみ? 絶望?」
「きっとイソフラボンだよ!」
「ん? イソフラボンって何?」
「豆乳とかに含まれる成分でね、イソフラボンいっぱい摂取するとおっぱいでかくなるって話し聞いたことあるんだー」
「……その話しの結論は、一体何処に結び付くの? 大声で泣き散らしていい? ウチ、この夜中に大声で自分のコンプレックスに対して泣いていい?」
「全力で泣いちまいなぁ! 私はそれを……あーちゃんの歎きを私のデカイ胸で全力で受け取めてやるよぉ!」
「来週の月曜日、覚えときなさいよ」
「あ……あれ? あーちゃんの声がより一層低くなったよ? 何で? どうして?」
「……いいから話し続けなさい。今のウチを放っておくと、何するかわからないよ……フフフフフ、アハハアハアハハハハ!」
「ああ……あーちゃんが小さい子供を誘拐したホラー映画の幽霊並に叫んでるよー……。いいぜ、私はそんなあーちゃんも受け入れてみせる! 私の豊満なボディーで!」
「ゴメン、元の話題に戻して。今のウチ、活動限界とっくに越してるから」
「ひゃー。無茶苦茶怖い声だけど了解だよあーちゃん。えーと、めぐちゃんから手紙にはね、『今日の昼放課、屋上に来てくれない?』って書いてあったの」
「ふーん」
「で、私コクられた」
「何があったの!」
「え、だから、屋上に行って」
「屋上に行って!」
「めぐちゃんが赤い顔で居て」
「めぐちゃんが……あ、赤い、顔で、居て!」
「コクられた」
「何があったのさあんたら二人おんどれらそれレズだろコラァ!」
「ちょ、ちょっとあーちゃん、また間違えてるよ。落ち着いて落ち着いて」
「あ、はぁ、はぁ……また、やっちゃったね……もう、何よこのウチの『間違い』……緑色ならもっと落ち着いたのが良かった……」
「うんうん、そうだよねー。一番軽い症状の筈なのに、『心に思ったことをそのまま話しちゃいけないのに勢いで話しちゃう』って間違い……」
「……微妙過ぎるわね、これ」
「うー、ま、まあさ、いいんじゃないのかな? 素直なあーちゃんを、私は嫌いじゃないよっ」
「……ありがと」
「因みに私の間違いは、『本当のことを言おうとすると嘘を言ってしまう間違い』なのです」
「さよなら。今まで楽しかったわ」
「ああ! 死なないで! 死なないでよあーちゃん! この言葉も嘘になっちゃうけど死ないで!」
「…………もういいわよ。あんたの『間違い』そんなんじゃないし。寛大なるウチの存在を崇めなさい」
「うん凄い! 流石あーちゃん太っ腹!」
「……あんたそれ、褒めてるのよね?」
「うん。事実だし」
「……で、告白されてあんたはどうしたの」
「いやーですね、恋人居ない私が言える立場じゃないかもしれないけど、流石に女の子同士は駄目かなーって思ったから断っちゃった」
「うーん、まあそれでいいんじゃないの。受け入れるなら受け入れる、断るなら断るでキッパリした方がメグの奴にも良いことだと思うよ」
「…………」
「ん、どうした、無言になって。珍しい」
「いやさー、それがさー、断り方が悪かったせいかさー、めぐちゃん泣いててさー……それがさー……ちょっとさー……」
「……そう。どんな断り方したの、あんた」
「めぐちゃんの間違いはそういう間違いなんだねとかなんとか言った気がする……。めぐちゃんは、女の子を好きになるのが間違いじゃないと思ってたのかも……ううん、女の子が女の子を好きになったって悪いことなんて何もないんだよ、きっと……。それなのに、私は間違いなんか言っちゃって……」
「何言ってんの、あんた」
「へ?」
「『同性を好きになる』っていう間違いを、メグは持ってるんでしょ。じゃあ間違いなんだって――女が女を好きになるってことは」
「そ……そんなことないと思うよ、あーちゃん!」
「女と女が付き合って、子供は産めるの? 産めないわよね、所詮。人間なんて子孫のこして当然の生き物なの。だから、女と女――男と男が付き合うなんて『間違い』なんだって」
「そんな……そんな酷いこと……」
「酷くない。ウチは正論を言ってるだけよ。だからあんたがどんな言葉を言ってメグを泣かせたって、それは悪いことじゃないの。悪いのは、メグの方なんだから。だから……あんたは悲しむ必要なんて、ないのよ。ほら、堂々としなさい。あんたのテンション低いとつまんないからさ」
「……うん。ゴメンね、こんなテンションで」
「テンションの低さをわざわざ謝る必要はないから。来週の月曜日、学校では明るく振る舞いなさいよ」
「うん、うん……」
「わかったならよし。それじゃあウチ、逃走中のDVD見るから。今日はこれで」
「あれ? DVD持ってたの? じゃあ私買う必要ないじゃん」
「パソコンで逃走中のDVDのパッケージを閲覧するのよ」
「……どんだけ欲しいのあーちゃん」
「喉から手が百本出るくらいね」
「冗談に聞こえないのが怖いよあーちゃん……じゃ、じゃあね。あ、明日土曜日だよね。久しぶりにカラオケ行かない? 恋人居ない同士」
「ウチ、彼氏居るけど」
「……え? 何か言った今? それとも幻聴? ゴメンあーちゃん、何か言ったならもう一回言ってみて」
「ウチ、彼氏居るけど」
「……いつよ……いつのことなのよそれ!」
「一周間前だね」
「言うタイミング遅いよ、あーちゃん! え、あーちゃんさんって彼氏居るんですか!」
「何故にさん付けよ。うん、居るわよ。まあまあカッコイイから私的にも嬉しい限りね」
「……あーちゃん様!」
「何故に様付けよ。そして今更だけど何故にちゃんの後に様を付けてるのよ」
「彼氏、ください!」
「嫌よ!」
「畜生……何だよもう……世の中腐ってやがる……」
「完全にキャラが変わってるわね、あんた……。ゴメンゴメン。明日、カラオケ行こ。それで機嫌直して」
「……明日は叫ぶぜ! 彼氏持ちの隣で彼氏無しが叫ぶぜ!」
「わかったわかった。それじゃあ明日。またいつもの駅前に十時集合ってことで」
「わかった! んじゃね、あーちゃん! おやすみ!」
「それじゃあね」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ふう。切ったかな、あいつも。……欝陶しいな、メグの奴。女が女を好きになるなんて有り得ないでしょ。そんなの押し付けられたって不快感積もるだけだって。あああああ……ウッザ。ウザ過ぎて涙が出るわよホント……それなのにのほほんと雄二君と喋りやがって……その上幼なじみ? ざけんなよ、お前。あああああ……。彼氏? はん、居ないわよ……居たけど居ないのよ……一周間前に別れたのよ! また言うタイミング間違えた……隠してた彼氏に一周間前にフラれたって言えばそれでおしまいだったのに……雄二君……ウチにはもう雄二君だけなの……なのにあいつが……あいつが! あああああ! もういい! もういいっての! ウザイウザイメグウザイ! あああああ、よし。イジメるか。あいつ、ウザいし」