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月曜日 4

「そうよ。ウチが、あーちゃん。ウチが、荻原彩。あんたがうざくてうざくて本当にうざくて何回死ねって思ったか数え切れなくなっちゃったのが……ウチ」

 荻原さんは、さっきまでと同じ声で……なのに、淡々とこう言い切った。

「そんな……そんな筈、ないじゃん!」

 私は言いながら、荻原さんが『あーちゃん』じゃない理由を頭の中をフル回転して調べ上げていく。

「さっきまで、自分で「あーちゃんに言われて屋上に来た」って言ってたのは何だったの!」

「そんなの嘘に決まってるじゃない。てか叫ばないで。あんたの一声一声がウチの背筋を走るなんて気持ち悪いにも程があるから」

「……っ! なんで……じゃあ、あれは! クミクミ……久美さんに渡したお金は!」

「久美……って、ああ。あの不良のこと。言ってなかったっけ、あんたには。ウチ、お金持ちなの。お父様に頼んだらあれくらいのお金、簡単に用意出来るし」

「さ、さっきまで、私って言ってたり、に、日曜日の夜! 私に向かって言った声は荻原さんの声じゃなかった!」

「だから演技だっての、演技。やっぱりあんた、あの時ウチだって気付いてなかったんだ。ほんっとに、馬鹿だわ。女なのに女が好きとか信じらんない……気安くウチに告白してんじゃねぇよ! キモいんだよ、あんたが! 存在自体が気持ち悪いんだよ! 消えろよ! 本当に死ねよ! 死んで死んで死んで死んで死んで消え去りなさいよ!」

「そん……な……」

 こんなの……私の知ってる荻原さんじゃ……ない。

 私の知ってる小さくて優しい荻原さんは、こんな風にナイフを宙に振り回しながら、鬼みたいな表情で私に罵声を浴びせる人じゃ……ない。

 ない筈、なのに。

「本当に……荻原さんなの……? クミクミにカツアゲさせたり……鈴木に襲い掛かったり……黒板いっぱいに私を気持ち悪いっと書いたり……私を、気持ち悪いなんて、叫ぶのが、荻原さんなの……?」

「気持ち悪いの、あんたが。死ねって早く」

 私は知らない間に涙を流しながら、その場に座り込んだ。そんな……力が入らない。こんなの……こんなのってないよ。告白した相手にこんなに気持ち悪いとか言われたり、こんな……こんな……。

「あれ? 泣いてんの、あんた? 見苦しいって。あんたのそんな姿見たら気分を害するから今すぐ死ね」

「ヒグッ、荻原……さん……」

「気持ち悪い声出しながらウチの名前呼ばないでよキモいんだよ死ねよホント黙れって消えろ」

「…………」

「死ね」

 私はもう。

 何も、感じなかった。

 何も……何も。

 本当に、何も。

 全てが崩れた気がした。

 私の、何もかもが、崩れた気がした。

「メグ! メグ!」

「ちょっと、雄二くーん。そんなキモい奴の名前言わないでよー。ウチだけ、見てよ。さもないと……こいつにばらすよ?」

「荻原……お前、いい加減に……っ!」

「アハハ……アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! ウチだけ見て、雄二君! 朝も昼も夜も何年間もウチは貴方だけ見てきたの! 家に入りこんだり貴方の机をなめたり貴方の椅子をなめたり貴方の使ったシャーペンを盗んだり貴方の姿を写真に千枚撮って家に飾ったり貴方に告白した奴全員地獄送りにしたり貴方を貴方を貴方貴方を貴方を貴方を貴方を貴方だけを雄雄二君を雄二君を雄二君を雄二君を雄二君を雄二君を雄二君を雄二君だけ見てたのウチは! こーんな気色悪いレズ野郎なんかどーでもいいじゃーん! 貴方には雄二君にはウチがいてウチには雄二君には貴方がいるそれだけでもういーじゃん! だからさっきウチが言った通り、とっととこいつに言ってやってよ! 「キモいんだよお前が」って言ってやりなよ! 内心ムカついてたんじゃないのー?」

「うる……せぇ……っての……」

「あー。いいのそんなこといっちゃってー。ばらしちゃうよ、こいつに」

「…………」

「そう。それでいいんだって。優しい雄二君は……何年も幼なじみでアプローチしてたのに肝心のこいつは……女、女、女、女、女ぁっ! キモいじゃんキショイじゃん死ねじゃんホント! 雄二君が好いてくれるだけで全人類の誰よりも幸せなのに言うにことかいて女、女、女って……ふざけないでよ! あんたなんかウチに比べたらカスよカス! バーカ! あ、そう言えばあんた雄二君よりウチの方が好きなのよね? じゃあ飛び降りてくれない? ここからさ、バーンって! そうだ、全裸になって! あんたが大好きな憐れな姿になったままグロいあそこやあんたの中身さらけ出して死にさらせよ!」

「…………ハハ、ハ」

 もう、私には笑うしか出来なかった。涙も流れてる。鼻水も流れてる。

 目の前には、こんなことを言いながら、私の腹を蹴ってくる、荻原さんがいる。衝撃で、体が一瞬浮かぶ。口からよだれが出る。「きったなっ」っていいながら逃げる荻原さん。何も考えられずに横たわった私な背中を踏んで、踏んで、踏んで、踏んで、何度も何度も何度も……踏んで、踏んでくる荻原さん。いつもは助けてくれる雄二も何か弱みを握られてるのかなんなのか……無言で動かない。

 私には、絶望しか、なかった。

「あああああああ、駄目だ駄目だこんなんじゃ駄目だ! もっと! こいつには! キツイお灸が!必要! なんだよ!」

 なのに。

 なのに、荻原さんは。

 私を更に、どん底へ突き落とそうとする。

「ねー雄二君。言っていいかなーもうさー?」

「や、やめろ! 頼むから、言うな!」

 荻原さんの言葉に慌てる雄二を見て「やーん、可愛い」って体をくねらせる荻原さん。

「やっとウチを見てくれたね。やっとやっとやっとやっとウチを見てくれたね。ウチは雄二君の楽しそうな姿や嬉しそうな姿や笑ってる姿や感動して涙を流す姿や……絶望してうちひしがれる姿や何もかも上手くいかなくてやつ当たりする姿や怒った姿……全部好きなの。ぜーんぶ、好きなの。雄二君の全てがみたい。だから、言う。決めた、言う」

「やめろっ! メグ! 聞くな! こいつの話しを聞くな!」

 雄二が何か言ってるけど……もう、無理だよ。無理、だよ……気持ち悪いって言われたり、好きだった女の子に、こんな……こんな……。

「ほーらこいつ雄二君の話しなんて聞かないじゃーん。じゃあ言うね。メグちゃんのお、の、ぞ、み、ど、お、りっ」

「くそっ……くそっ!」

 荻原さんが言って、雄二が言う。悔しそうに、言ってる。

 荻原さんは、横たわった私の耳元に口を近づけて――こう言った。


「あんたの間違い……『同性を好きになる間違い』だけじゃないわよ」

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