月曜日 1
翌日の朝。……あああ私が知る限り最悪の目覚めを体験しちゃったよー。途中まで最高だったの。全裸のクミクミが『だからよ……その……早く裸になれっての』って言いながら私に迫ってきてね、私の服を脱がそうとしてくるのよ……ビリビリに無理矢理引き裂いて。キャーこれヤバイヤバイ! って興奮した私の前に続いて現れたのがこれまた全裸のアラちゃんだったんだよね、これがさ。『メグ……私、貴女のあんな所を……いじめてあげます』って言うとアラちゃんが笑顔のまま私を押し倒してきてね、どさくさに紛れて私が胸を揉んであげると喘ぎ声を出してね、もうね、フィーバー寸前だったんだよ、いやこれ本当。
なのになのに、ここで何故だか起きちゃう私。目覚めの大一声は「なんじゃこりゃー!」でしたね。だってしょうがないじゃん皆さん。よく考えてみてよ、折角の夢中乱交が台なしになっちゃったんだよ? 一日に一度しかない贅沢な時間を途中で切られるってこと程残念なことはないんだって。何でよ……何で目覚ましも鳴ってないのに私起きちゃってるのさー。原因は何さ原因は。そう思いながらも重い瞼をこすってデジタル目覚まし時計を見てみると、そこには六時三十分って表示されていた訳なんですよねこれが。早っ。いつもは七時五十分に起きてる私がまさかの六時三十分起き……信じらんないよ、流石に。昨日の深夜(今日の早朝っていった方がいいのかどうかわかんないんだけど、ミッドナイトってなんかいかがわしい雰囲気するからわざと深夜って表すね)に色々あって疲れてるっていうのに。……って、あ。今日数学のテストじゃん。あーあ、ヤバイねこれは。白紙で提出も有り得るかも。真っ白になっちゃうねーホント。真っ白のドクドクしてぐちゃぐちゃした紙になっちゃうよー。……いやいや、何でもありませんよ皆さん。紳士の皆さんはスルーを決め込め、淑女の皆さんは今私が思った言葉の羅列をそのまま繰り返してくれると嬉しいなー、うん。
こんな感じの心情変化を抱くこの間わずか五秒。やっぱあれだね、好きなことを考えてると時間ってのは早く感じるものなんだよ。……ん? あれ? 今の私の場合逆かな……よくわかんないや、ホントに。ここらへんの事情は後でアラちゃんに聞くとしよー。話しを切り出す最初の言葉は「アラちゃんってエロいこと考えてる時、時間の流れが変わるって思ったことない?」だね。まーアラちゃんのことだし「うるさいですよ、メグ」とか言われて一蹴されちゃいそうだけど。うん。その時にはその時で違う話題に展開しよーっと。
「メグちゃーん! ピンポンピンポンメグちゃーーん! 居るなら返事しろー!」
私がアラちゃんにどんな話題をふろうか考えていたところに、突然、家の二階にも響くような大声が聞こえた。
直ぐさま、私は私がなんでこんなに早くに起きたのかを理解したんですよ皆さん。
私は……彼女が来るって感覚が体を襲ったから夢中乱交の快楽の中起き上がったんだ……!
この声は……麗しのお姫様、クミクミに違いないんだよ!
「わーいクミクミが家に押しかけてきたよ何これどういう展開かはわからないけどとりあえず最高の朝がやって来たっ!」
やったやったクミクミが私の家に来た! 何これ! サンタさんの季節にはまだ早いのにこんな可愛いプレゼントが私の元に届けられちゃったよ! 因みに私は昔、外国のサンタさんは夏にやってくるって話を聞いた時、無理矢理サンタさんをグラマーなそれでいて小さいパーフェクトな女性にみたてることにしたんだよ! で、サンタさんが水着姿で家に来て「ハーイガール? アナターハ、ナニガホシィーノアーハー?」って私に聞いた瞬間にサンタさんを縄で縛って羽交い締めにした後、「私、サンタさんの初めてが欲しいです!」って断言するんだよ、私! それ聞いた瞬間ピンク色に頬を染めた金髪ロングのサンタさんが俯きながらも「アーハー……ショウガナイデスーネ」って言いながら私を見て……キャアアアア! ああもう最っ高! サンタさん最高!
「メグちゃーん! ピンポンピンポンメグちゃーん! 居ねーなら居ねーで居ねーって言えよー!」
私がこうやって一人で部屋の中で悶えていると、クミクミの大声がまたまた聞こえてきた。おおっと、こりゃいけないね、私。サンタさんも可愛いけど今は目の前のお姫様に集中して可愛がってあげないと。平等社会。私はその実現を目指してるだけなんだよ、うん。水着のサンタさんでもお姫様でもナースさんでも着物姿の艶やかさんでもレースクイーンでも女子高生でも……全員を平等に寵愛するのがこの私。
勿論それは、チャイムを鳴らさずにわざわざ自分の口でピンポン言ってくるクミクミでも同じ話なのですよ。
パジャマ姿のままで部屋の扉を開けて階段を駆け降りて、「なんなのこんな時間から」って眠たそうな顔で玄関に居たママに「私の友達。大丈夫、心配しないで」って言う私。「心配とかじゃなくて……まあいいわ。とりあえず早く出なさい」っていうママに向かって頷くと、玄関にある運動靴を履いてドアを開ける。
「……キャーー!」
「……うおおお!」
そこには、パジャマの前が完全に開いた状態の私を見て驚くクミクミと――クミクミのスカート姿を見て興奮する私の姿があった。ていうか細い生足が完全に見えるミニスカだよクミクミ! ふともも……ふともも柔らかそう!
「すいませんクミクミ今すぐふとももなめていいですか!」
「いや駄目だろ! そんなことよりお前……パジャマの前閉めろ! 大体なんでブラしてねーんだよ!」
「いやいやあんな窮屈な布はめてらんないですし。あ、じゃあ今からパジャマの前閉めるんでそしたらクミクミのふとももなめてもいいですか!」
「どんな交換条件だよそれは! 成立ってねーにも程があるだろ!」
「もう、このいじわるおてんばお姫様ったらー! しょうがないですね……全身なめつくしてあげるんで許してください!」
「難易度上がっちまった!」
あーもう違うって僕! こんな朝っぱらにこんな話しわざわざしに来たんじゃないだろ僕は! ってな感じでわーわー騒ぎ立てるクミクミ。いやー可愛いなぁクミクミー。前見た時はなんだかヤンキーっ娘丸出しみたいな恰好だったのに、今日のクミクミはなんだか可愛い系の服着てるんだよねー、これがさ。黒のミニスカートは勿論、ピンクのワンピースとかもう最高だよね。最上にして最強だよね、この組み合わせは。あー、可愛いなーホント。
「平日の朝にこんな眼福なお届け物が届くなんて……」
「うっとりした顔しながら呟かねーでくれよメグちゃん……」
言いながら唖然とするクミクミがまたそそられるものがあったんだけど流石にそれは口にしなかった私。うん、偉い。ここで私の思ったこと全てさらけ出したら話し進まないの目に見えてたからね。大人しくクミクミの話しを聞くことにしましょー。てな訳で私が「それで、どうしたんですかクミクミ?こんな朝早くに家に来るなんて」って話しを催促すると、「おう。ちょっとメグちゃんに伝えたいことがあってな」って言うクミクミ。何何何何伝えたいことって。思い付くのが告白しかないんだけど私。
「なんというか……とりあえずすまねぇ。こんな朝早くに来ちゃってよ」
「あ、そんなことはどうでもいいんで、早く告白して下さいよクミクミ」
「告白ってお前……。ちげーよ。何で僕がメグちゃんに告白しなきゃならねーんだよ」
「え、違うんですか? じゃあぶぶ漬け食べてください」
「……帰れってことか! 告白しなきゃ帰れってことか! どんだけヒデー扱いなんだよ僕は!」
「……あ! もしかしてあの……セレブなフレンド略してセフ」
「おいおいおいおいそれ略し切るとヤベーことになるからやめとけメグちゃん!」
だからだからもうなんで話しがこうも進まないんだよ! おかしいだろこれ! って頭を押さえながら騒ぐクミクミを見て微笑む私。ここで冷静に考えてみてくださいよ全国のお可愛い女子な皆さん。私はパジャマの前が閉じてない状態で、そんなグラマーなナイス美人を前に悶えてるヤンキーっ娘……さっきから何人かいる通りすがりの人達はこの光景見て何を思ってるんだろ。まあ当然、考えること悩むこともなしに普通にクミクミが私を襲おうか襲わないか迷ってる光景に行き着くよね! というより何でクミクミは私を襲わないんだよっ! ほら、無防備じゃん! 悲鳴どころか喘ぎ声も出さないから早く襲ってよクミクミ!
「さもないと私がクミクミを襲いますよ! てか決めたもう襲う!」
「なっ、こら、やめ……な、ふとももを撫でる……なぁ!」
「グフフ……ほらほらねーちゃんもっと喘げや……」
……はいこれからの五分間を緒事情で省略ー。この間に一体全体何が起こったのかは各人の想像と妄想の発達具合によって変わるからそのつもりでね。
そんなかんやなんやかんやで私とクミクミがハァハァ言い合っていると、「と、とにかく僕に話しをさせろ!」っていきり立って無理矢理私の手を退けてきた。なんだよもうクミクミったらー、もう少し時間くれたら別世界に連れて行ってあげるのにー。
まあでも私にもクミクミにも今日は学校がある訳でして。とっととクミクミは話して学校に向かわなきゃいけないのもまた事実なんだよね、悲しいことにさ。もっともっと絡み合っていたかったのを我慢に我慢して、「……はい。何ですかクミクミ」って話しに応じる私。
「おう。あのな、そんなたいした用じゃないんだけどよ……迷惑かけた二人にはどうしても言わなきゃならねぇと思ってよ」
「あれ? ってことはクミクミ、雄二の所にも行ったんですか?」
「おう。でもよぉ、何だかしらねーけど雄二君の奴もう学校に行っちまってたらしくてよ。居なかったんだ」
「え?」
雄二がもう学校に行ってる? まだこんな時間なのに?
何があったんだろねこりゃと思いながらもとりあえずクミクミを優先した私は、「じゃあまた後で雄二の家に訪ねて下さい。あいつ、たいていは家で銃撃ってるんで」って伝えると、「おう、わかった。じゃあ今のところはメグちゃんだけに言わせてもらうぜ」って返してくれたクミクミ。私だけに言う……うん。なんかいい響き。
そんな風にちょっとだけうっとりしていると、クミクミがとてつもないくらい嬉しくなることを言ってくれた。
「じ、実はよ……母ちゃんの『間違い』が……一個無くなったんだ」
「ほ、本当ですかそれ!」
言いながら私はクミクミのはにかみ笑顔を見て思い出す。
クミクミのママの間違いは確か……『お金のつくり方を間違える』ことと『料理のつくり方を間違える』こと。それで、今までは散々な職業に就いていたクミクミのママだったんだけど、土曜日に宝くじを当てて億万長者になったんだったよね、うん。
その二つの内、どっちかの『間違い』が遂になくなったらしいんだ。
「ど、どっちの間違いがなくなったんですか!」
「ふっふっふ……驚くなかれメグちゃん。なんとなんと母ちゃんは昔……『お金のつくり方を間違える』間違いを無くす方に選んでたんだよ! てことはつまりだ! 母ちゃんの病気が治ったら普通の職業に就いて働けるんだよ!」
「や、やったねクミクミ! 万々歳じゃないですか!」
「そうだよな! そう……なんだよ……万々歳なんだ……。でもよ、メグちゃん。考えてもみろよ。もし、だ。もう少し早くに母ちゃんの間違いが無くなってたら、母ちゃんの病気を治すお金もなかったってことだし、なによりも……雄二君にもっと迷惑をかけてたってことにならねぇか?」
「…………」
クミクミの言葉を聞いて、思わず無言になる私。言われてみれば確かにその通りだよね。少しでもタイミングが早かったら――クミクミのママの病気を治すお金もなかった訳だし――雄二のお金を使わなきゃいけなくなってたんだ。
この奇跡みたいなタイミング……一体何を表してるんだろう。
「……思うんだけどよ。これって、神様って奴が僕達の為に譲歩してくれたんじゃねぇかな」
「神様……ですか」
「おうよ。この街じゃ皆間違えるじゃねーか。でも間違いは直さなきゃならねぇ。間違いをそのままにするなんてのは馬鹿みたいなことだしよ。だけど……この街の皆の間違いは絶対に無くならない『間違い』だらけなんだよな。だったら……その間違いに向き合わなきゃならねぇ。それでも……雄二君みたいに上手く向き合える奴もいれば……一生悩む人もいるじゃねーか。なら……少しくらいはその様子を眺めてる神様からの報酬みたいなもんがあってもいいだろ」
「報酬……」
「そう、報酬だぜ報酬。普通の間違いなら直そうと思えば直せる間違いだらけなんだからよ……直せない間違いを僕達が強制的に持たされてるなら……少しの褒美くらいあってもいいんじゃねーか?だから母ちゃんの『間違い』は上手い具合に僕達を助けたんじゃ…………って何だかがらに合わねーこと言っちまったな。すまねぇ。今の、無かったことにしてくれ」
「……はい」
私はそう言ってたけど、今の言葉を忘れられるとは到底思わなかったんだよ。
クミクミの言う通り……この街の『間違い』は正そうにも正せない。だったら、正面からぶつかってくしかないんだよね。
だってクミクミのママの間違いも……一つは消えたとしても、片方の間違いは残ったまんまなんだから。
これから先、クミクミのママは料理を絶対につくれない。
クミクミに自分の料理を食べさせてあげようと思っても、絶対に無理なんだ。
だったらさ。
そんな不幸がクミクミのママに襲いかかるならさ。
少しくらい……何かいいことあったっていいじゃん。
「じゃ、僕はこの辺で。朝早くにすまねぇな。またメールするからよ、次の土曜日くらいにカラオケにでも行こーぜ」って言うと、クミクミは私に手を振りながら、笑顔で走って去って行った。私はそのクミクミの後ろ姿に手を振って見送ると、なんだかよくわからない気持ちになった。……安心感かな、これ。それとも満足感? 本当になにがなんだかわからないんだけど、そのなにがなんだかわからないの気持ちのおかげで……私は眠気がすっかり無くなって、物凄く嬉しくなった。自然と笑顔になる私。
間違いに立ち向かう人には、何か嬉しいことが待ってるってことだよね、これ。
私にも……何か嬉しいことが待ってるのかな。
そうだと、嬉しいなぁ。
「……よし。今日は早めに学校に行こうっと」
雄二も既に学校に向かってるみたいだし、今日くらい無茶苦茶早く学校に着いたって何も悪いことはないよね、絶対。早起きは三文の得とかよく言うじゃん。実際にクミクミに朝早くに会えた訳だし。それにしても笑顔のクミクミ可愛いかったなー。カラオケかー……クミクミが歌った後のマイクをなめさせてもらおーっと。
「さてさて。ママに頼んで朝ご飯を早めに食べさせてもらうとしますかね」
私が家に入り、「今日の朝ごはん何ー?」ってママに聞くと、「ぐすっ……今日の朝ごはんはパンだけどね……昼ごはんはお赤飯にしましょうか」って何故だか涙ぐみながらキッチンで料理をつくるママ。
……間違いなく玄関で立ち聞きしてたね、こりゃ。
まあでも悪い気はしなかった私は、「早めに作ってよママ。あと……料理毎日つくってくれてありがと」って言ってママの昼ご飯の準備が出来るのを待ちました。
結局朝家を出たのは七時ジャスト。学校に着くまでにかかる時間はバスも含めて二十分だから……七時二十分になっちゃうね。
ま、いっか。
パンを頬張りながら制服に着替えるっていう偉業を達成した私は、「行ってきます!」って叫んで学校へと向かった。