日曜日 5
「……え?」
ちょ、ちょっと待って。冷静になろう、私。頑張って今の雄二の告白を解析しなきゃ。
えっと……昔っから雄二の近くにボディーガードさん達が二人居るのは知ってた。雄二が人質にならないよう、雄二のパパが気をつかうのは無理のない話だし、ご近所さんで仲のよかった私と私のパパママもその話は聞いたことがあったのよ。だから私は――雄二の『間違い』がわかる前から、雄二のボディーガードの存在は知っていたんだね。
でも……その二人がどんな人なのかは知らなかったんだよ。わざわざそんな人達の素性を知る必要はないんだし、ボディーガードって言うから無茶苦茶体格のいい見るだけで恐れおののく人だと思ってました、私。だってだって、ボディーガードなんて洋画でしかみたことないもん。そんな人達を積極的に調べようとする幼なじみは居ないって。
私が困惑した表情をしていると、「メグがそう思うのも無理はありません」ってアラちゃんが笑顔で言ってきた。
「私が、雄二君のお父様に雇われたボディーガードだなんて……気付く方がおかしいですから」
「で、でも何でアラちゃんと鈴木が! 二人共、高校生じゃん!」
「高校生だからですよ……メグ」
私が問い詰めても――それでも、アラちゃんは笑顔を崩さなかった。
「雄二君を四六時中守る為には学校の中でも気を付けなければなりません。しかも、私と琢磨君にはボディーガードに適任な『間違い』があったんです」
「ボディーガードに適任な……って……?」
「私の間違いは言うまでもなく『笑顔しかできない』ことです。この間違いのおかげで、私はもし誰かに掴まったとしても、表情には出さずに嘘を突き通すことが出来ます」
アラちゃんがそこまで言うと、「そして、僕の『間違い』」ってアラちゃんの話しを断ち切って鈴木が口を開く。
「僕の間違いは『一日に三時間しか寝れない間違い』なんです。だから僕は雄二君を四六時中……とまではいきませんけど、少なくとも二十一時間は一日に雄二君を守れます。だから、僕と真姫は雄二君のボディーガードに雇われたんです」
それから鈴木は、昔話しをし出した。雄二と鈴木とアラちゃんが……どんないきさつで出会って、どんな物語があって、今のような関係になったのか。物凄く感動出来る話しだったんだけど、いけ好かないあん畜生の鈴木の口からこの話を聞くのはいささかしゃくだったから、自分の中で要約してまとめることにしちゃった。悪いのは話しながらもアラちゃんの手を握った鈴木だよ。恨むなら大量の怨恨を込めて鈴木に呪いをかけてね。私も手伝うから。
その昔。私が砂場で雄二へボディーブローを仕返した日。雄二の『間違い』を知った雄二のパパは、今までは定石通り屈強なボディーガードを雇って雄二を守ってたんだけど、『躊躇が出来ない間違い』と『銃を上手く扱える間違い』を持つ雄二に、私以外の友達ができるか不安になった流れで、こんなことを言い始めたんだってさ。
「今すぐ養護施設に入れられた捨て子の中で、ボディーガードになれそうな『間違い』を持った雄二と同じ歳の子供を一人……いや、二人連れてきてくれ。今から三年間で、雄二のボディーガードがつとまるよう私が世話をする」
改めて考えたらなんて過保護で優しい雄二のパパだって思うんだけど、それは今、三人の関係がちゃんと成り立っているからなんだよね。当時、雄二のママも雄二も反対したらしいんだー。「何言ってるんですかあなた! ボディーガードを雄二と同い年にするなんて!」っな感じで。まあ当たり前だよね、これも。まさか雄二のママもボディーガードを雄二につけるのはまだしも、ボディーガードを雄二の友達にしようって雄二のパパが言うなんて、信じられないと思うもん。
でも雄二のパパは本気の本気で、それから二日後にボディーガード候補となる二人の子供を目の前に召集させたらしいの。
それが――荒垣真姫ちゃんと、鈴木琢磨っていう二人の子供達。
『笑顔しか出来ない間違い』と『一日に三時間しか寝られない間違い』を持った――ボディーガード候補達。
無口なままだったけど、手を繋ぎながら、片方は笑顔で――片方は純粋な眼差しで雄二のパパを見る二人を見た雄二のパパは、「採用だ。この二人に雄二のボディーガードをしてもらおう」って言うと、その翌日から訓練を開始させたんだってさ。自意識が覚醒して間もない頃だよ。まあでも、二人は嫌々言いながらも、それでも自分達を養ってくれる雄二のパパに感謝する為、必死になって頑張ったんだってさ。
「私達は……雄二君のお父様には感謝しようにもしきれない程の恩があるんです」
「雄二君のお父様に拾われる前、僕達二人は養護施設の中で散々な待遇を受けていました。ご飯がないのは当たり前。掃除洗濯家事手伝い……何から何まで、僕と真姫がこなしていたんです。あの養護施設の子供の中から僕達を選んでくれたのも、そういう環境から僕達を助け出してくれる為だった。……そんな風に、僕と真姫は思ってます」
それから一年。すっかり丁寧語が身についちゃった二人は、ようやくボディーガードの基礎とはなんぞやっていう教養を叩きこまれたんだって。で、ここで初めての雄二ご体面。どんな感じになるかわからなかった雄二のママは雄二に、「雄二の友達になってくれるって。仲良くしてね、雄二」とか言って説得しようとしたみたい。
「荒垣真姫です。これからよろしくお願いします、雄二様」
「鈴木琢磨です。これからよろしくお願いします、雄二様」
まるで機械のようにそっくりそのままトレースした動きをしてみせた二人を見て、ぶすっとした表情をしたチビ雄二は(まあ今でもチビだけど)、二人に向けてこんな言葉を浴びせたみたい。
「何が友達だよ。僕は友達に『何々様』なんて言われたくない。それに君達……付き合ってるでしょ」
「「えっ! な、何でそれを!」」
「…………」
流石『躊躇出来ない間違い』を持った雄二というべきだよね、ホント。そう。この頃から二人は付き合ってたらしいんだよ。疲れる日々をお互い励ましながら過ごしてる内に……いつのまにか付き合うことになっちゃってたんだね。
……糞がっ。地平線の果てまで飛んで燃え尽きろ鈴木。
「何でってだって君達僕の訓練場でキスしあってたじゃん」ってしゃあしゃあといいのける雄二を、「や、やめて! それ以上言わないで下さい!」って注意するアラちゃん。笑顔のまま真っ赤だったんだってさーへーふーん。
「な、なんでもいうこと聞きますから! だから言わないで下さい雄二様!」
「僕からもお願いします! こんなの、恥ずかし過ぎます!」
二人してこう言ったのを見た雄二は、「はぁ」って生意気にもため息をつきつつ、こんなことを二人に言ったらしいんだ。
「じゃあさ、僕のことを『様』付けで呼ばないで。あと、僕を守る対象じゃなくて本当の友達として見てくれると嬉しいな」
「え……は、はい!」
「えっと……ゆ、雄二さ、雄二……君」
「うん。そんな感じ。あ、あと一つ」
「「何でしょうか、雄二君」」
「今のは命令じゃなくて、お願いだからね」
そう言うと、雄二は二人にそれぞれ右手と左手を差し出したらしいのよ。うわー、なんか言い台詞言ってるっぽいねーカッコイイヨー雄二はいはい。
きょとんとした二人だったんだけど、雄二の本心を理解した二人は――雄二の友達になるべく、握手したんだって。
「それからが大変でした。まず、当面の目標として……メグ。貴女に私と琢磨君の存在をばらさないようにするのが課題となったんです」
鈴木がここまで言い終わると、アラちゃんは待ってましたと言わんばかりに会話に参加してきた。小さい頃のアラちゃんかー。さぞ可愛かったんだろうなー。まだクールビューティーじゃなかった頃のアラちゃん……んんんんヨダレガデマス。
私が実際によだれをだそうとするのを必死に食い止めているのを無視して、アラちゃんは話しを続けた。
――でも、ここでアラちゃんが言ったのは、信じたくない一言だったんだ。
「だから私がまず貴女と友達になり、雄二君の近くに居ても怪しまれないようにしたんです」
「……へ?」
平坦な口調の言葉が、私の耳を無下に通過する。
「じゃあアラちゃんは……私と嫌々、友達になったってこと?」
雄二のボディーガードの為。
しいては私をついでに『守る』為。
仕方なく――私と友達になったってことなの?
じゃあ……今までのあの楽しい会話はなんだったの? 私の告白は? 今日だって鈴木の浮気調査に一緒になって……。
あ。
そう、か。
今日のこの時間も、仕組まれた時間なんだったんだ。
目の前が真っ暗になる私。アラちゃんの笑顔。怒ってる時も常に笑顔なアラちゃんを可愛いって思ってた私だったけど……今の私の目に、アラちゃんの笑顔は偽物にしか見えなかった。
偽物。
偽物の、友達。
それが――アラちゃん。
「う……ううぅ、ヒグッ」
気付くと私は泣いていた。目から涙が流れてる。雄二が慌てて「な、メグ!」って近寄ってくれたけど、私は差し出された手を振り払った。
「アラちゃんは……私の友達じゃないの? 私、本気でアラちゃんのこと好きだったんだよ? 私の『間違い』を知った後も、私と友達でいてくれる女の子なんて、ヒグッ、アラちゃんしかいなかったから!」
「……だから電話先で言ったでしょう、メグ。「ごめんなさい」って」
「……えっ」
――アラちゃんが笑顔で言ったその言葉は。
「泣きながら、ごめんなさいって言ったでしょう、私」
――私の疑問に対する肯定の言葉だった。
「前々から言いたくて言いたくて堪らなかったんです。だけど正体をバラス訳にはいかなかったのですが……雄二君のストーカーが大事になってしまいまして。それだったらついでに言ってもいいですよねって二人に頼み込んだんです」
――笑顔でそう言うアラちゃん。
私は、アラちゃんの笑顔が完全に信じられなくなっていた。鳴咽をもらしながら、「グスっ……そんな……アラちゃん……」と言う私。
信じたくなかった。受け入れたくなかった。
だけど、アラちゃんの口からそう言われてしまった。
再びへたりこむ私に、アラちゃんが「メグ」って呼びかけながら私のすぐ側に座ってくる。
「嫌っ! そんな気休めいらないっ! アラちゃんだけは……アラちゃんだけは私の女の子友達だって思ってたのにっ!」
「…………はい? 貴女、一体何を言っているのですか?」
私の渾身の叫びを聞くと、アラちゃんは笑顔のまま首を傾げて疑問を表現してきた。そしてそのまま、柔らかい右手で私の髪を「よしよし」って言いながら撫でてくる。輝かしい、笑顔のままで。
……あれ?
「私……何か勘違いしてる?」
「ええ、そりゃもう。重要なことを勘違いしてますよ、メグ」
アラちゃんは、私の目尻に溜まった涙を左手の指で拭き取ってくれた。くすぐったい。
「私が謝りたいのは、貴女と仕方なしに友達になったことなんていう有り得ないことではありません。私が謝りたいのは、今まで雄二君のボディーガードだということを貴女に黙っていたことです」
「…………」
「私にはこんなにも嫌な『間違い』がありました。このせいで、全く友達が出来ずに敵ばかりつくっていた私の前で、唯一笑顔で私と接してくれたのは……メグ。貴女だけなんです」
「アラ、ちゃん……」
「だから私は言いたかった。貴女に私が雄二君のボディーガードだって言うべきだった。その上で、私は貴女と友達で居たかったんです」
「アラちゃん……アラちゃんっ!」
思わず座りながら抱きしめた私だったけど、アラちゃんも私を笑顔で抱きしめ返してくれる。
「言わせて下さい、メグ。ずっと笑顔でこんなにもカタイ私でよければ……これからも友達でいてくれますか?」
「うん……うんっ! 友達というかもう親友になろうっ! で、飛び越してガールフレンドになろうよ、アラちゃん!」
「貴女が言うと生々しいのは……気のせいですね。きっと」
深夜の暗い空の下。
電柱の傍で抱き合って泣き合う私達。
その近くには、「よかったですね、真姫……メグさん……」っていやらしい顔で拍手する悪漢の鈴木と、「あれ? 俺って結局空気じゃね?」って違う意味で涙ぐむ雄二の姿があった。
ねえアラちゃん。
さっきさ、魔物倒したりラッキーパンチにでくわしたりちょっといい台詞はいただけで女の子に好かれるハーレム小説は嫌いだって言ってたよね。
私も、そんな小説大っ嫌いだよ。
だってそれが成り立つんだったら――ストーカーを撃退してくれて私を助けてくれた、良いことたまに言うエロい雄二がモテちゃうじゃん。
そんなのは……嫌だよ。
雄二が颯爽と現れてくれた時……私の命を助けてくれた、小学三年生の時と今日。
ズルイよね。
普段は馬鹿でエロくて狼でへたれで泣き虫で……良い所なんて全くないのに、こういう時はカッコイイんだもんさ。
――「ねえ、雄二」
――「ん? どうした、メグ」
――「大好き」
こんなちょっとした会話をすればいいのに……そうしたら、雄二との関係も変わるのに。
「ねえ、雄二」
「ん? どうした、メグ」
「だ……」
「だ?」
「……大好物は女の子です」
「今すぐ真姫から離れろや!」
あーもうなんなんだよもう! って荒れる雄二を見ながら、私はため息をついた。そんな私を抱いたまま、私の耳にポツリと「押し倒しなさい、メグ。私はそうして琢磨君を手に入れました」って入れ知恵してくるアラちゃん。
これから先、色々なことがあると思う。楽しいことだったり、嫌なことだったり。
あんな大声出してたら簡単に隠れてるってばれますよねっていう鈴木のズバリな指摘に笑ったり。
アラちゃんと「また明日ね!」って言って手を振りながら別れたり。その時、横に寄り添う鈴木を地獄におとす算段考えたり。
「じゃ、じゃあね、雄二」
「おう。また明日、学校でな。あ、そういえばメグ。明日数学のテストあるってわかってるか?」
「え、嘘ホント! うわー……ヤバイかも。何にもやってないや」
「そう言うと思ってな……」
「ま、まさか雄二、ポイントだけ抑えた特別ノート作ってくれたとか! やったー助かるありがとー!」
「俺もお前と同じ様に、何も手をつけてないぜ! これでもしメグが酷い点を取っても全く気にすることはないっ!」
「……馬鹿」
「おいおい二文字のみの罵倒は破壊力が半端じゃないぞ、メグ!」
「ふん。本当に……馬鹿なんだから……」
雄二とこんな風に楽しく会話して家に入って。
ママの「メグちゃん。あなた、こんな時間に何してたの。それにあなた、電話で何て言ってたの? 相手女の子だったわよね。告白ってどういうこと? さー……詳しく聞かせてもらいましょうか」っていう問い掛けにどう答えようか迷ったり。
――朝になって。
休日あけの学校に辿り着いた時。
私と雄二が……あんな目に会うなんて。
この日この時間には、思いもしない。
楽しい時は、楽しいことだけ考えていたいもんね。
でも……私は明日。
受け入れ難い一つの事実を知ってしまうことになっちゃうみたい。