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日曜日 4

 黒尽くめの女は鈴木の横を避けるように通ると、そのままの勢いで去ろうとする。すかさず鈴木が体を静かに右へと半回転させると、もう一度構えて拳を黒尽くめの女に突き出そうとした。

「…………」

 対して黒尽くめの女がとったのは――マントのような黒い布から何かを下からふりぬく動作だった。さっきまで黒い布で隠れていた右腕が、一瞬姿を現す。

「く……」

 鈴木が呻き声をもらすのも無理はないよね。

 細い右腕の先には――一振りのサバイバルナイフが握られていた。

 薄く――白く――短く――丹念に磨かれているのか――十字交差点の中心に集まった街灯の光りが、遠目から見ても光る切っ先――そこには、鈴木の握られた拳を牽制した――流血の跡が流れていた。一度膝元までナイフを下ろす黒尽くめの女。白の先端に枝分かれする赤を付けたナイフを――躊躇せずにもう一度――今度は鈴木の腹に刺そうとする。その一連の動作に、私みたいな素人から見ても――異常って言っていいくらい迷いはなかった。

「鈴木……っ!」

 堪らず電柱の陰から飛び出そうとする私。ヤバイよ。え、嘘でしょこんなの? だってこのままだと、本気で鈴木が刺されちゃうじゃん――!

「駄目です、メグ!」

 だけどここで、私の動きを止めたのは……今の今まで私が抱いて動きを抑えていたアラちゃんだった。自分の体より大きい私の体を止める為、腹周りの少し上に頭を押さえつけて、両手をふとももの上部分に両手をまわすアラちゃん。

「何で止めるのアラちゃん! このままだと鈴木がっ!」

「抑えて下さい、メグ! 貴女が行っても何の助けにもなりません! それに、琢磨君なら大丈夫です!」

 言いながら力を加えるアラちゃんだったけど、その力が意外と強くて驚いた。痛い、痛いよアラちゃん。そんなにきつくされたら動こうにも動けないって。

 アラちゃんの説得でなんとか我を取り戻した私が次に見たのは――わざと後ろにさがって距離をとり、空振りされたナイフの横を握り拳で一閃する鈴木の姿だった。思いっ切り横から力を加えられたナイフは、黒尽くめの女の右手から離れて、私達の位置からじゃ見えない――私達から見て左に向かって――街灯が届かない暗闇へと消えていく。

「……チェッ」

 しかしここで手から離れさせられたナイフを取りに行こうとし――鈴木に背を向けようとはしなかった黒尽くめの女。そいつは周りを数秒見渡すと、大声がしたと思われる方向――

 つまり。

 私とアラちゃんが隠れる電柱へと目をやり、直ぐさま目標を私達に向けて走って来た。

「え」

「何です?」

「な……くっ! 何でメグさんがここにっ!」

 三者三様の言葉を出す私達。焦った鈴木が黒尽くめの女を止めようと走り出すけど、もう黒尽くめの女は――電柱のすぐ側まで来ていた。若干鈴木の方が速いらしく、徐々に黒尽くめの女に近付く鈴木だったけど、遅かった。

「へー。メグじゃないの。あんた、ウチの前によく顔だせたわね」

 至近距離まで近付こうとする黒尽くめの女の顔が影になって隠れるフードの下から――こんな言葉が聞こえてきたけど、なんのことだかわからない私は、恐怖でそのまま直立不動で立ち尽くす。「危ないです、メグ!」っていうアラちゃんの声が聞こえた時には私の前にアラちゃんが立っていて――それはまるで私を庇うようだったけど――一番印象に残ったのは、背中姿だけだったけど――鈴木と同じような構えをしたことだった。

 何でアラちゃんがそんな構えをするの。いや、そんなことより早く逃げないと。あ、駄目、逃げるんじゃなくてアラちゃんを助けなきゃ。でも、駄目、無理、だって、体が、怖くて動かない――あんなに簡単にナイフを振り回して、鈴木に突き刺そうとするなんて――無理、私じゃ無理、怖い、恐い、 こわいこわいこわいこわい嫌だ嫌だ嫌だ嫌だやめて私に近付かないで――

 誰か、助けて……。

 誰でもいいから……なんて、言わない。

 私を助けていいのは、いつだってあいつだけなんだ――!

 恐れで震える私の体。額から汗が流れたって感じたのは多分気のせいじゃないと思う。

 怖い。

 怖いのよ、私。

 だから、助けてよ……。

 私を前みたいに助けなさいよ……。

 魔物倒すくらいなら――こんな黒い女なんかから私を助け出すなんて簡単でしょ――!

「助けて、雄二!」

 私が叫んでも、黒尽くめの女はナイフを振りかざしながらアラちゃんへと近付く。「邪魔よ、あんた」と言いながら、その振りかざしたナイフを勢いよくアラちゃんに向けて上から突き刺そうとする。アラちゃんは何も言わずに対応しようとしたみたいだったけど、私が後ろにいるせいでその場を避けて対処することが出来なかった。鈴木も、間に合わない。走ってくる姿は見えるけど、間に合わない。

 駄目……このままじゃ私達……死んじゃうよ……!


「すまん、メグ! 助けに入るの遅れた!」


 でもこの時――後ろから声が聞こえた。私がいつでも頼れる、私の救世主みたいな奴の声。その声は深夜の交差点に響いて、黒尽くめの女も含めた私達全員の意識を独り占めした。

 声を出した後、そのまま黒尽くめの女の腕を左横から握って止める雄二。私の目の前には――両腕を構えた状態のアラちゃんと――右手で右腕の動きを止められた黒尽くめの女と――黒尽くめの女を止めた雄二の姿があった。思わず、ペタリとその場に座りこむ私。

「何でメグがここに……って、おい! お前、泣いてんのか!」

「う、うるさい! さっさとそんな奴やっつけちゃってよ! 雄二なら……っ……そ、それくらい、朝飯前でしょ!」

「俺は普通の高校生なんだが……メグにそう言われちゃ、黙ってる訳にはいかないよな……!」

 言うと右手を黒尽くめの女の腕から離し、そのまま浮いた右腕を無視して右ストレートを黒尽くめの女に加えようとする雄二。だけど、黒尽くめの女は鈴木と比べたら明らかに速度が劣る右ストレートを後ろに下がって簡単に避ける。

「だから……」

「……これが狙いです」

 その避けた場所には。

 ようやく近づき――両腕を構えた鈴木が居た。

「…………っ」

 この状況で焦りをみせたのか、黒尽くめの女はよろめきながらも――放たれた鈴木の右ストレートを膝をつくことでかわす。そして左に転がり、すぐに立ち上がると――雄二に視線を一回やって、背中を見せながら逃げ出した。

「待ちなさい!」

「いや……追い掛けなくていいよ、琢磨」

「でも……」

「……大丈夫。俺が、なんとかする。とりあえず、今はメグと荒垣を助けただけでもよしとしよう」

「……はい。わかりました」

 そう言うと、鈴木は「……すいません。役に立てませんでした」って言うアラちゃんの憔悴しきった肩に、「大丈夫です。真姫はよくやりましたよ」って励ましながら右手を置く。そして泣きながら、笑顔で鈴木へ体全体で抱き着こうとするアラちゃん。そのほほえましい光景を見て、私は鈴木に殺意を抱きつつもほのぼのとした気持ちになれた。ふぅ、と一息つくと、雄二が私に向けて「ほらよ」って言いながら右手を差し出す。「ありがと」って返事をした私は、続けてよいしょと言って自分の手で立ち上がった。「……ハハハ。うん……こういうこともあるよな」って呟いて私に差し出した右手を額に当てて夜空を見上げる。ゴメンね、雄二。今私、震えてるから。あんまりあんたに心配かけたくない……からさ……。それにしても悲しそうな顔だなー雄二。そんなに私と手を繋げなかったのが残念だったのかな。それともあれかな? アラちゃんと鈴木の絡みを羨ましく思っちゃったとか?

「……アハハッ」

「ん? どうしたメグ。いきなり笑ったりしてよ」

「ありがと、雄二。私を助けてくれて。ゴメンね、雄二。深夜に外出ちゃ駄目って言われてたのに、こんなことになっちゃって……」

「…………メグが」

「へ? 何?」

「メグが俺に御礼を言うなんて……奇跡だろこれ!」

「な、何よ! 悪い? 私があんたに感謝したら悪いの!」

 私が本音をうっかり漏らしちゃうと、いつもなら何があろうと絶対に言わない言葉の連なりを聞いた雄二は、本気で驚いたように目を見張った。な、何さ! 私があんたに感謝しないことなんて、ある訳ないじゃん!

「だってお前……さっきまで俺、お前の半裸姿見たんだぞ? それなのにこんなこと言ってくるなんて……何だこれ! 何があったメグ! しっかりしろっ!」

「元から私はしっかりしてるっての!」

「じゃ、じゃあこの質問に答えて見ろ! ある日、川に溺れている子供をみかけました! 片方は小学生の女の子! 片方は二十歳を越えた妙齢の女性! もしどちらかしか助けられないとすると、メグはどちらを助ける!」

「勿論妙齢の女性の方! 私が一人しか助けられないなら妙齢の女性に小学生の女の子を助けてもらえばいいんだし! で、これで二対一のハーレム完成! 人工呼吸万歳! マウストゥマウス最高っ! 既成事実の上で妙齢の女性の敏感な口の中を舐めたくったり、小学生の女の子の小さい口の中を丁寧に舐めて感覚を敏感にさせてあげたりする!」

「間違いなくお前はメグだ!」

 通り魔に襲われた私達だったけど、そんなことはとうの昔のことのようにギャーギャーと喚く私と雄二。その姿を、二人して寄り添いながら温かく見てくるアラちゃんと鈴木。「勝手にメグを連れてきてすいません琢磨君」……「いいですよそんなの。真姫の気持ちはよくわかりますから」って言い合う二人。

 そんな光景の中、私は心のどこかで安堵していた。

 確かにさっきまでは怖かった。訳のわからない黒尽くめの女に、恐怖を感じたりもした。

 でも……何でだろう。

 雄二が私の前に現れてくれた時にはもう……体の震えが弱まってたんだ。

 鈴木じゃ多分役不足だと思う。当然って言ったら当然だけど、アラちゃんの私を守ろうとする姿でもこんな気持ちは抱かなかった。

 全部が全部、雄二のおかげ――

「……ん?」

 こんなことを思っていると、ふいに私はおかしなことに気がついた。

 鈴木が何で正装を着た上で、あんなにスマートな右ストレートを突き出せるのか。

 そもそも何で鈴木があの場にいたのか。

 アラちゃんが……『役に立てなかった』っていうことはどういうことなのか。

 そして。

 ――雄二とアラちゃんと鈴木は、一体どんな関係なのか。

「雄二」

「……ど、どうしたんだメグ? そんな怖い顔して」

「しらばっくれないでよ。アラちゃんも鈴木も――私に隠してることがあるんでしょ? 早く喋ってよ」

 私がそう言うと三人はギクリと体を一時停止させたけど、その直後、三人が三人――ちらりと視線を合わせるのを私は見てしまった。

「やっぱりじゃん」

「や、やっぱりってなんのことですか、メグ?」

「アラちゃん。本当は鈴木が浮気してないってわかってたんじゃないの?」

 ギクリと。アラちゃんは笑顔のまま凍りつく。

「い、いやいや、メグさん。僕が真姫に心配をかけてしまったんです。本当にご迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」

「何言ってんのよ鈴木。あんた、アラちゃんが何でこんな深夜にこんな場所に居るかも聞かずに「大丈夫」とか言ってたじゃん。あんたもしかして……最初からアラちゃんと私がここに隠れてたのわかってたんじゃないの?」

 ギクリ。鈴木も無表情のまま凍りついた。

「メ」

「雄二。あんた、今日の夜は危ないだとかいってたよね。もしかしてあんた……私に何も言わないままあの通り魔を捕まえようとしてたんじゃないの?」

 俺は一言しか言えないのかよって叫んだ後、凍りつく雄二。

 あーあ。

 これで、はっきりした。

 この三人には……私の知らない『何か』がある。それがどんなものか――最初はわからなかったけど、この一連の反応を見る限り、大体想像がつき始めた。

 いやいや待てよメグすいません落ち着いて下さいメグお願いですから落ち着いて下さいメグさんって依然として隠そうとする三人に、私が「さあ、早く言って。もう隠しきれないよ。全部言わないと、ここから動かないから」って言い張ると、やがて諦めたように三人とも「ハァ」とため息をついて、そして目配せをし……三人の真ん中にいる、雄二が「今まで隠しててすまねぇ、メグ」って言って話しを切り出した。

「琢磨と真姫は俺のボディーガードだ。深夜。俺達は……協力して俺のストーカーを捕まえようと思ってたんだよ」

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