日曜日 1
「女の子ばっかり出てる小説に吐き気を催すのは私だけでしょうか?」
電灯の明かりだけが所々円形に足元を照らす夜の暗闇の中、真姫ちゃんは笑顔のまんま、いきなりこんなことを会話のネタにふってきた。
「いきなりどうしたの真姫ちゃん」
「……メグ。だから何回も言ってますよね。私のことはアラちゃんと呼びなさい。……というより金曜日の帰りくらいまではちゃんと言えてましたよね。一体全体何事ですかこの心境の変化は」
「いやねー、昨日クミクミっていうお姫様に「俺はなんとか姫なんて残念な名前じゃねえ!」とかなんちゃら言われちゃってさー。真姫ちゃんもそんなこと言われたままじゃ嫌だろうからわざわざ名前にちゃん付けで真姫ちゃんって呼んでるんだけど……ダメ?」
「ダメだとかダメじゃないだとかそういう問題じゃないですよ、メグ。そもそも私、そのクミクミとかいう残念な名前の人知りませんし」
「……なんか根に持ってない?」
「持ってませんよ。ええ持ってませんとも」
そういうと、真姫ちゃんは私の前で電柱の後ろに隠れながら、静かに私達の視線の先にいる男の子の方を向いた。てか真姫ちゃんその微笑みながらのガン見は怖いよ。何考えてるかわからないっていうのもこのレベルまで達するともう尋常じゃなくなっちゃうよ真姫ちゃん。
私がそんなことを思いながらも真姫ちゃんの肩より少し伸びてる長めのサラッサラな黒髪を眺めてうっとりしていると、真姫ちゃんは「ハァ」とため息をついて――それでも笑顔のまま私の方を振り返ってきた。
「やっぱりまだ動く気配はなさそうです。なんなんでしょうホントにあの琢磨君は……こんな深夜に十字交差点でずっと立ち止まって動かないなんて」
「こんな深夜でしかも翌日に学校な段階で電話をかけてきたのはどこのスマイルガール?」
「ちょっと……やめてください。メグからスマイルガールとか言われるといつ襲われるのか不安になります」
「平気で私の言葉の前半無視しちゃったよ真姫ちゃん……。じゃあ、あれだね、今すぐ襲ってもいいかな! 深夜に電話してきた迷惑料の代金で!」
「襲ってきたら真っ先に叫んで琢磨君に救援を呼びますからそのつもりでね、メグ」
「……ふぁい」
そういいながら、真姫ちゃんはまた琢磨君もとい鈴木に熱い視線を浴びせていた。私はその姿を見つつそそられつつ、真姫ちゃんのサラサラヘアーを意味もなく撫でてあげる。すると真姫ちゃんは「何しやがりますか」っていいながら私を睨みつけてきた……のかな? とにかくそんな感じで私の方を向いてきてくれたから、「見て、真姫ちゃん。真姫ちゃんの美しさはこの満点の星空よりも輝いてるんだよ。だから私とこのまま一晩共に過ごそう」って提案してみたら、メグちゃんは表情を少しも変えずに「私を満足させられる実力がメグにあるのですか? あと真姫ちゃんって気安く呼ばないでください。私の名前を呼んでいいのは私を三十六時間休憩無しで満足させてくれた琢磨君だけですから」って言ってきた。私はそこまで聞いて少し……というかかなり残念に思いながらも「……ラジャーだよアラちゃん」って出来るだけ明るい声で言ってみた。この時の私の苦しみわかるかな皆さん。こんなにも真姫ちゃん……じゃなくて、アラちゃんのこと大事に思ってるのに報われないこの私の気持ち! 悔しいったらありゃしないよ全く!
うーん。
でもま、こんなにも――可愛く――笑ってるアラちゃんは昔には見られなかった姿だったし、これはこれでお得なのかも。
え? 誰の得なのかって? そりゃ勿論私の得さ! 得々サービス大バーゲンさ! それ以上だったら嬉しいけどこんな夜にこんな美人ちゃんの笑顔見れるなんてこと以上に嬉しいことはそんなにないだろうからしょうがなくそれ以下に留めてあげる……って何言ってるかわかんなくなっちゃったよ私! テヘ!
「はい暇ですね。誰かが残念な擬音を発したのは気のせいに私はします。……そうですね、暇潰しついでにさっきの話しに戻しましょうか。メグはどうなのかわからないですが、少なくともこの私は女の子ばかり出て来る小説は大っ嫌いなんです。ちょっと魔物倒したり――ちょっとラッキーパンチに出くわしたり――ちょっと行き倒れ寸前の状態から助けてあげたり――ちょっと女の子が赤面するような台詞はいただけで沢山の女の子が周りに集まってくる男の子なんて……存在しませんよね? 気持ち悪い……低俗にも程があります」
「そ、そーなんだ」
「そうなんです。昨今ではライトノベルと呼ばれる所謂ビジュアル的な挿絵が本の所々にちりばめられてる作品にその傾向が強いらしいので、怖いものみたさに読んでみたのですが……その時、私は気付いたのです。しかしながらそのライトノベルの中にもいい作品はいっぱいある――と。一くくりに出来ないのですよ。その残念な作品達は」
そういいながら、私の気のせいかもしくは夜の暗がりでアラちゃんがよく見えないせいかもしれないけれど、なんだか妙にうっとりした顔にアラちゃんはなったように見えた。そんなにお気に召す作品がラノベにあったのかな。半月? 文学少女? ゴス? キノ? 図書館シリーズ? どれもこれも最高なんだけど、アラちゃんの雰囲気に合うかって聞かれたら微妙だなー。
そうは思いつつも話しの対話上、私は何か相槌をうたなければならないのでございまして。うーんうーんと頭の中だけで唸りながらなんとかアラちゃんのイメージに合いそうなラノベを見つけ出してみた。
アラちゃんのイメージは――朗らかだけど何かいつも裏がある感じ。
じゃあこれだね! ってな流れで私が相槌として選んだ作品はこのシリーズ!
「へ、へぇー。私はあれだねー、戯言シリーズなんかが好きだなー」
さーこれはどうなんだろ? 大丈夫なのかなストライクゾーンかな違うならせめて外角高めのギリギリストライクくらいにはなってほしいなーって内心冷や冷やしながらアラちゃんを見てみると、「あら? メグって戯言シリーズ知っているのですか?」というような意外と好感触な反応が帰ってきてホッとした私。
「メグも一応読んだのですかあの作者の作品。まあ戯言シリーズも面白いですけど、私が好きなのはりすかシリーズですね。主人公が小学生にも関わらず体の半分が魔法使いの肉体で出来てるっていう発送の斬新さが素晴らしかったですね、あれは。まありすかシリーズも結局はハーレム物だったんですけど……主人公の何人目かの母親がいいキャラしてたのは記憶に新しいです」
りすかシリーズかー……聞いたことも読んだこともないなー私。こりゃ不覚。もしこの段階で私がりすかシリーズとやらを知ってた場合、今からその話しをずっとして、しからばその流れでベッドに持ち込むことも可能だったかもしれないのにー。残念きわまりないね。うん残念。
「……ふーん。私も読んでみよっかなーそれ」
「タイトルが残念ですけど内容の面白さは保証しますよ……っと。メグ。どうやら私は勘違いしてたみたいです」
「何が?」
するとアラちゃんは唐突に話しの腰を折って私にあらためて話しかけてきた。なんかアラちゃんの切り替えがいつにも増していきなりだなー。やっぱりこうやって喋りながらも心の中では私とのねっとりとした絡み合いを想像中……ではなくではなく、鈴木のことが縦横無尽に駆け巡ってるのかもね。嫉妬しちゃうなーもう。
私がなんだか場違いなことを考えているのを知らないまま、アラちゃんは私にこう言ってきました。
「このりすかシリーズの主人公みたく何人もの女の子に囲まれるハーレム物……そんな作品に私がもしいたとしたら首を切る次第なのですけど……、メグ」
「うん? なーに?」
「ある意味メグもハーレムですよね」
「……ハハハ」
アラちゃんのズバリな指摘に笑うしかできない私を見て、アラちゃんはもう一回深い溜息をつくと、「今夜くらいは自重してくださいね。さもないと貴女のその『間違い』を全校生徒にばらしますから」って軽いノリで重い口調のまま忠告された。アラちゃんがそんなことする子じゃないっていうのはわかりきってるんだけど、なんだかね、アラちゃんのこの微笑みを向けられたらそんな計算よりも先に恐怖が私のナイスボディーを包んじゃうんです。
だってアラちゃん――終始笑顔なんだもん。
ことの始まりは今日の午後。昨日が土曜日の休日だったのに結構色々なことがあって、私は午後二時にベッドから起き上がった。確か夢の中では全裸のクミクミがいて、「めぐちゃん……あのな、その……めぐちゃんなら、何されても、いいぜ」なんてことを全身ほてった状態のままのクミクミのこの台詞に私が最高に興奮して一晩中シングルベッドの一枚の布団の中で絡み合った記憶があるんだけど……そのせいかな。布団が寝汗でぐちょぐちょになってるのは。あ、ぐちょぐちょっていう効果音は何も私が興奮し過ぎたって訳じゃないよ。ただ単に汗かいてそれをシーツが吸ってくれただけだから。そこらへん勘違いしないよーに。因みに勘違いしてくれた女の子は私の自宅に電話してね! ピッチピチでネトネトな高校生女子が貴女のお家にデリバリーされるよ! その後は……大きいお友達だけお楽しみに!
とまあそんな感じで朝(まあ昼なんだけどねホントのところ)を朗らかな笑顔で起きた私は、夢の中と同じようにピンク色のパジャマの前を開けたまま立ち上がって、そのまま私の部屋を出た。ここでポイントなのが私のパジャマの前が開いているというところだね。言うまでもなく私はナイスバディー。この私のビッグな胸はか弱い女の子を包み込む為だけにあるんだけど、そのせいでいちいちボタンをしめるのが窮屈で厄介なんだよねー。だから私はたいてい家にいる時はパジャマの前を開けて生活してます。露出狂? 変態? あーこの漢字ばかりの悪口を男に言われたら即効ボディーブロー並の怒りが私を襲うのに、女の子に言われたら逆に興奮して体をくねくねさせたくなるのは何でかな? 何でもないよねこれきっと! 私が普通な印さ!
でも私はこの時、一体全体何時なのかを把握してなかった。だって仕方ないじゃん。夢の中の快感と悦びをなるべく忘れたくなかった私の気持ちを察してよって話。考えてみてちょうだいよ。夢の中なのは残念なんだけど、それにしても美少女が私の近くにやってきて耳に吐息を吹き掛けながら私の胸を揉んでくるんだよ? しかも絶妙に快感だし。
……この夢のパラダイスを小学六年生の時に知った私は、以後自分がみる夢の内容を自由自在に変化させることが可能になりました。
まあ、このおかげで私は学校で自重出来たと言っても過言じゃないね。ビバ夢中乱交。我ながらいい響きだこりゃ。ハービバビバノンノン。
とにもかくにもそういう訳で部屋の中には目覚まし時計やら壁掛け時計やらがあるにも関わらず、今が午後の二時だということを知らなかった私は、当然この家に――誰が居るのかわからなかった。
欠伸をしながらガチャリ、とドアノブを回す際に出る効果音を盛大に鳴らしてドアを開けたその先には、何故だかわからないけど――私服姿の雄二がいた。
「え……」
「あ、起きたかメグ。お前休日だからって寝過ぎ……ってふおおおお! な……何だメグこのパジャマの着こなし方はっ!」
「……ふおおおおおお! み、見るなこらぁっ!」
「グハアッ!」
このこのこのこのこのクソクソクソ雄二このヤロウ見るな見るな見るなてか何で私の家に勝手にあがりこんでああそうか幼なじみだからかって幼なじみだからって幼なじみの裸みて言い訳ねーだろゴラァ! って意気込んだ私はパジャマの前を左手で隠しつつ、右拳を力いっぱい握りしめてみぞうちを狙い打撃を着弾させた。見事に決まる私の一撃必殺。雄二は声を漏らしながら体を前に倒そうとする。
けれども。
その先には勿論のことパジャマ姿の私が居る訳でありまして。
「ぐおお……」
「……え?」
雄二がそのまま倒れて、私はあまりの展開にうろたえたまま雄二の勢いに乗っかって後ろに倒れてしまった。
さあて皆さん。第三者の目線でも今この状況状態がどんなにヤバイことになっているかを簡潔に説明させてもらいましょー。
雄二が、ハァハァ言いながらパジャマの私を押し倒して馬乗りになりました。
……うおおおおおお!
「な、何やってんのよ雄二! ちょ……どきなさいって!」
「ぐ……やめろあまり動かさないでくれ……口から何かが出る……」
「何かって何よ! あーもういいから! 出してもいいから! と、とにかく……触らないで! だ、ダメェ! 早くどいて!」
「わ……わかった……って何だこの手の中に広がる柔らかい感触は……」
「ベタベタ過ぎるラッキーパンチかまさないでよ!」
そう私が言っても一向にどこうとしない雄二。な、何でどかないのよこの狼とか思って雄二の顔色をさぐってみたら、半分意識が途切れかけているようにみえた。もしかしてこいつ……さっきの私のみぞうちが意外と効いちゃってる?
「雄二。ねえ雄二、大丈夫?」
「ぐ……すまん。多分大丈夫だ。とりあえずこの状態から抜け出すことに専念しよう」
「う……うん」
雄二の頼もしい言葉に思わず頷いてしまう私。ヤバイ……何この感覚。これが所謂吊橋効果って奴なのかい? えー、雄二と吊橋効果……うん……うーん。ま、まあとにかく今はこの状態から脱出しないと。ていうか顔が近いよ雄二。ハァハァ言いながら私の顔見ないでよ。なんか……その……。
「まず今、俺の体はメグの上に乗っかっている」
「……うん」
「退こうにもみぞうちが効き過ぎて俺の体が動かない」
「……うん」
「どうやら体全体の骨がやられちまったらしい」
「うん……って、え?」
みぞうち殴ったくらいで体全体の骨がやられた?
何言ってんのこいつ……?
「だからあと一時間は動けないな。あ、あとむやみやたらと動かしたら骨がギシギシ言うからメグもこのままじっとしてるように」
「…………」
私にそう言いながら徐々に顔を近づけてくる雄二。ハァハァの頻度が段々高くなっていくのは私の気のせいなのかな?
いやいやー。
これ絶対気のせいじゃないでしょー。
「うーむ、一時間はちょっと短いな……。あ、そういえば、メグの母さんと父さんが帰ってくるのが七時過ぎるらしいからさ。その助けが来るまでじっとしていてくるよ。おっと、トイレとかは我慢してくれ。流石の俺もメグのそんなシーンは見たくな……いや……それもいいかも……って違う違う。まあ、あれだ。とにかくメグはこのまま俺の胸にメグのその包み込むような胸を押し付けていてく」
「七時までずっとこの状態でいたいって雄二あんたどんだけ変態なのよ!」
「ゴブハアッ!」
平気で変態なことを言う狼雄二を殴り飛ばした私が急いでパジャマのボタンをちゃんと閉め、雄二を「バカ! バカ! バカ!何考えてんのよこの変態! 何で私の部屋に入ろうとしたのよこの狼! ふぇ……ふぇーん!」って泣きながら雄二の両頬を馬乗りになって連続往復ビンタしていたら、雄二の体が動かなくなりました。
「……あれ? おーい雄二ーまだ第一ラウンド終わったばっかだよー……起きないのー? じゃ、じゃあ……その無防備な唇……の中にタバスコでも入れてあげようかー」
後から聞いた話しなんだけど、ママパパはいくら起こしても起きない私一人を残して外出するのは気がひけたから、留守番として雄二の助けを借りたんだってさ。もう、ママもパパも無用心すぎるよ。雄二なんかを私と一緒に留守番させちゃダメだって。雄二がムラムラしちゃって過ちおかしたらどうすんのさ。
……まあ。
過ちおかす寸前だった雄二に――ママパパが帰ってくる前の午後六時半まで、私の制裁が続いたのはまた別のお話。