プロローグ
「好きです」
屋上での告白なんてものを現実世界でやり切れるとは到底思っていなかったけど、四月二十日十二時五十分――今私はこうして好きな人に告白することが出来た。いやー、あれだね。ここまでが長かったね。朝早く起きて下駄箱にラブレターなんて一昔前の遺産と化してるみたいな方法でクラスの中じゃおとなしめの……草食系って言うんだっけ。まあとにかく私はこうして自分よりも身長が頭一つ分くらい小さくて可愛い可愛い萩原さんに告白することに成功したんですよ。……『さん』付けにツッコミを入れるのは野暮だから何も言わないでそっとしておいて。いやね……正直同級生とは思えないくらいちっちゃいのよ、私の好きな人。でもかと言って他の呼び方したら同級生としてのプライド傷付けるだろうし呼び捨ては……さ、さささ流石に……恥ずかしいからさ、とりあえずの処置として『さん』付けってことでお一つ宜しくお願いします。
「…………」
そんなことを思いながら、恥ずかしさで顔を真っ赤にしてる私が無理矢理顔を萩原さんの方向へ向けたのだけど、ここで私はおかしなことに気が付いたんだ。
口をポカンと開けて、唖然としてる萩原さんのかいがいしい姿が、そこにあったの。ちょっと萩原さん。そのポカーンってなってる口止めて。人差し指突っ込んで舐めさせたくなっちゃう……なんてことは一切合切思ってないからそのつもりでね。本当だよー。信じてよ全世界の皆ー。
「……めぐちゃん」
私が妄想という名の想像に歯止めを効かせようと頑張っていた所、萩原さんが私を『ちゃん』付けして呼び掛けてきた。うわー。「めぐちゃん」だって。皆からよく呼ばれてるあだ名だけど、萩原さんに言われたら感慨深いものがあるね、うん。
意中の人からのちゃん付けに感動した私だったけど、何とか気持ちを立て直して「……やっぱり、駄目?」と萩原さんに聞いたの。こういう場面の会話の切り返しで大事なのが否定疑問文で言うことだと私は思う。ここで「私の告白、嬉しかった?」なんて聞いたらなんか調子こいてるウザージョっぽくなっちゃうと思うからさ、私。やっぱり下手に出て会話はした方がいいんじゃないのかな、かな。
「いや……駄目とかじゃなくてね……その……」
すると萩原さんはもじもじと両の手の指を計十本交錯し始めた。あ! これは萩原さんが考えてる時の癖だ! 授業中とか昼食中とか掃除中とか下校中とかプライベートタイムとかその他諸々全部の場面で萩原さんを見続けた私の洞察力は、萩原さんの今の一瞬の動作をそう判断したの。
萩原さんは、何かを考えてる。
じゃあ、何かって何?
告白に対する返事?
……それなら、いいなぁ。
でも多分、違うんだろうなぁ。
「……返事、聞かせて」
「返事……って言っても」
「駄目なら駄目でいいの。私はそれでスッキリ出来るから」
「……そりゃ、めぐちゃんはスッキリ出来るよ」
私が覚悟を決めて放った台詞を、萩原さんは困惑したような表情で応対した。それを見て、私は半ば諦めた自分の感情変化を知ったの。
あーあ。
やっぱり、萩原さんも駄目なんだ。
「だって……めぐちゃん。私、女だよ?」
萩原さんは。
私を――存在自体が信じられないようなものを見るような目つきで見ながらこう言ってのけた。
「私は萩原さんが女でもいい。ううん。寧ろ、萩原さんは女じゃなきゃ駄目なの。私は、女の子が大好きだから」
「……めぐちゃん」
私が真剣な表情で、同性に向かって告白した事実を十二分に理解したのか、萩原さんは私に目を合わさずに屋上から校舎の四階へと行ける出入り口の扉へと手をかける。
「めぐちゃんは、そういう間違い方をする人だったんだね」
ドアがガチャンと閉まって姿を消す前に、荻原さんは風でなびく髪を抑えながら私に向かってボソリとそう呟いたように見えた。
「はぁ。何よ……私の性癖の何が間違いだっていうのよ!」
私を照り付けるサンサン太陽様様に向かって私は叫ぶ。怒りや無念、他の気持ちも感情も全部引っくるめて吐き出した。
その通りだよ、荻原さん。
私は、好きになる相手の性別を間違えてるらしいんだ。
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図らずも、ガールズラブ作品になってしまいました。えー、すいません。どうしようもありません。もういいよ……これはガールズラブ作品だよ(泣)!