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第4話

「とにかく、舞踏会へ行くのだけは断固阻止しなくちゃ」


 私が、この童話(シンデレラ)世界に降り立ってついに3週間。


 1週間前に、まさかの『王子』フリードご本人の登場により、私は目を付けられてしまった。

 シンデレラである義妹(アーシェ)ではなく、この悪役令嬢(わたし)がだ。


 既に私の目的である『シンデレラと王子の結婚の阻止』はこれにて果たせたかのように思えるが、問題はもう一つある。


 私は、王子と結婚なんかして、アーシェと離れ離れになりたくないのだ。


 私の目的は王子の玉の輿ではない。

 義妹(いもうと)との幸せな暮らしである。


「王子本人はヤな奴じゃなかったけど、だからってあいつと私が結婚なんて冗談じゃないわ……」


 既にそれが確約されたような口振りで言うのも傲慢ではあるが、あの様子だと王子の結婚対象が私に移ったと見てほぼ間違いないだろう。

 この世界が私の想像する通り、童話ベースのフワッフワの世界観である保証は正直どこにもないが、一介の貴族令嬢に『王子』が会いに来るという現実感(リアリティ)のなさから考えて、その程度の安易なシナリオ変更は普通に考えられる。


「となると、やっぱり魔法使いをいち早く発見して、簀巻(すま)きにしないと駄目ね」


 私は物騒な計画を立てる。


 そう、『シンデレラ』における展開の立役者、そいつがいなきゃ何も始まらない、シンデレラに対して魔法をかける『魔法使い』の存在は必ずある筈だ。

 そいつを見つけ出し、シンデレラ……つまりアーシェに魔法をかけるイベントの回避。

 これが私の目的の為の、必須条件だった。


 それに、王子のターゲットが私に移った可能性も考えると、私に魔法をかけてくる恐れもある。

 そういう番狂わせが既にシナリオに起きている以上、予定通り、本命である王子が参加する数ヶ月後の舞踏会の夜に現れる、と断言する事もできない。


「私達姉妹の幸せな未来のため、死んでもらうわ。魔法使い」


 私はまだ見ぬ魔法使いの顔を想像しながら、いつ、どうやって捕まえよう……と思案を巡らせた。


 ◆◆◆


「お義姉(ねえ)さま、こんな荒縄をどうするのですか?」

「この屋敷に入り込む悪い奴を捕縛するのに必要なの」


 私はアーシェに言って、適当な荒縄を見繕って貰った。

 それはいわゆる運動会の綱引きで使うようなぶっとい荒縄で、私一人の非力な腕ではとても人間一人を縛るのは難しそうだったが、アーシェに協力して貰えれば何とかなるかも知れない。


「まあ、暴漢ですか? そんな輩が、この屋敷に入り込む可能性が?」

「そうよ。他人の運命、人生を好き勝手に弄ぶ、わるーい奴なの」


 恐怖におののいたような顔でアーシェは私の言葉を鵜呑みにする。

 本来なら彼女を苦境から救い出す魔法使いだが、私にとっては邪魔者でしかない。


 私の説明に納得したアーシェは、わたくしもお手伝い致しますわ! と思惑通りに乗ってくれた。

 よしよし。


「さて、問題はそいつがいつ来るか分からない事なのよね」

「ええっ、分からないのに捕まえようと仰るのですか?」


 流石に不審な顔をするアーシェ。


「あ、えーっと、そうそう。メイド達の噂で聞いただけなの」

「はぁ、そうなのですか……?」


 私は適当な嘘で誤魔化す。

 純真無垢なアーシェも、流石にこの言い訳には首を傾げた。

 うう、罪悪感。


「ともかくそういう事だから、連日連夜注意しておきたいのよね。アーシェ、夜更かしは得意かしら?」

「いいえ、わたくし夜の八時になるともう、眠たくなってしまいますの……地下室でお仕事をしていた頃から考えると、贅沢ですわね……」


 子供か。

 私はその就寝時間の早さに少し微笑ましい気持ちになってしまった。


「えぇ、じゃあ良いわ。アーシェはすやすやとお眠りなさいな。その頃には、私がどうにか捕まえておくから、合図をしたら来て頂戴」

「合図ですか?」


「これよ」


 チリン。

 私はアーシェに、普段はメイドを呼びつけるために使っている呼び鈴を見せた。力いっぱい振り回せば、アーシェの耳にもなんとか届くだろう。

 魔法使いがこの屋敷のどこに現れるか次第では、通じない可能性もあるが……。


「分かりましたわ。お義姉(ねえ)さま、無茶はなさらないで下さいね」

「もちろんよ」


 私はアーシェの心底心配そうな顔を受け、魔法使い捕縛作戦を開始するのだった。


 ◆◆◆


「と言っても、毎夜毎夜こうして警備するのもラクじゃないわね……」


 開始から3日で私はうんざりしてしまった。


 魔法使いが現れる時間の推定時刻は、童話から考えて逆算すると、19時~21時くらいじゃなかろうか。

 先日の舞踏会の参加は結構早い時刻から始まっていたが、通例通りなら恐らくは夕食が過ぎてからダンス・パーティが始まるだろうから、夕食も食べずに飛び入りで踊り狂い始めるシンデレラの筋書きから考えて、その時間は確実に逃しているのだろう。という事は、20時は過ぎるはず……だと思うのだが。


「ん? でも、ここで生活し始めて気付いたけど、通常の夕食の時間って結構早いのよね……17~18時までには食べ始める感じ」


 蝋燭を節約したいからなのか知らないが、日没までにおおよそ、夕食は始まる。現代日本人の『夕食時』の感覚からすると、随分早い。


「舞踏会の場合はまた、ちょっと事情が違ったみたいだけど……うーん」


 私はいつ現れるか分からない魔法使いの登場時刻を考え始め、うんうんと唸ってしまった。


「まぁ、考えてもしょうがないか。とにかく魔法使いが現れたらすぐにアーシェを呼んで、2人がかりで締め上げられるようにしないと……」


 私は夜を徹してでも魔法使いを捕縛する気でいたので、ここ数日ずっと寝不足気味である。『お母様(オライアさん)』からも、たるんでいますよ、と怒られっぱなしだ。


「ふぁあ……眠い」


 私は欠伸(あくび)をする。こんな所、『お母様』に見られたら大変だわね。

 そう思った瞬間だった。


 ガサリ。

 私は警備していた、自室の直下の草むらが揺れるのを見た。


 ――来た!


 自室やアーシェの部屋に直接訪れる可能性もあったが、なるほど外からか。


「つーか普通に不審者じゃない」


 私はそいつがふわりと浮かび上がってこちらに転移してくるのか、などと思っていると、何やら壁を伝って登ってくる様子。

 このまま自室のある三階から蹴落とせば普通に殺せるかしら?なんて考えが過ぎるが、あまり大事にしても他の妹やメイドに気付かれる恐れがある。

 貴族令嬢が正当防衛で民間人を殺したからといって、そこまで咎められもすまいが……。


「まあ、死んでもらうわっていうのは単なるレトリックだから、殺す気はないんだけど」


 少なくともこの茶番劇からは丁重にご退場頂こう。

 この私の、義妹(いもうと)との幸せな暮らしのために。


 私はそいつが窓に手をかけて這い上がってきた瞬間を狙い……ごすん!! と手にした壺で頭を強かに殴りつけてやった。

 蝋燭も付けず薄暗い中でやったので顔はよく見えないが、これで魔法使いを捕縛できる! と私は喜び勇み、そいつがグッタリしているのを見咎め……。


「は?」


 私は、全く予想もしなかった顔に、目をまんまるにしてしまった。


 ――そこにいるのは、魔法使いではなかった。


 老婆でも、年若い娘でも、格好いい男性でも、まあ、どんな姿を取ろうが、魔法使いならローブに杖が定番だろう。しかし、壁を伝ってきた不審者は、そのいずれも持たず……ただ、怪しげな装束に身を包んだ、純粋な()()()だった。


「……ご、強盗?」


 気絶したその髭面の男を私はおろおろと見て、ハッと気付く。


 チリンチリンチリンチリン!!


 私は全力で鈴を鳴らした。

 まだ20時過ぎてすぐだ。

 アーシェの眠りも浅かろう。


 私が暫し待つと、バタン! と強い音を立てて自室の扉が開く。

 そこには手に荒縄を持って息を切らすアーシェがいた。


「お義姉(ねえ)さま、暴漢ですか!?」

「あー……うん。そうみたい」


 いや、マジで暴漢が来るとは思わないだろう。

 私は呆れて嘆息しつつ、荒縄を使ってアーシェと二人がかりでソイツを捕縛し、文字通りお縄にしてやった。


 ◆◆◆


「まあ、何て勇敢なの、お姉さまってば」

「部屋に忍び込んできた暴漢を壺で殴り倒したんですって。凄いわね」


 この世界における『実妹(いもうと)』であるクリスとシルヴァが口々に私を褒める。

 いや、多少その言葉には『とんでもないお転婆ね』という侮蔑的なニュアンスも含まれている気がしないでもないが、純粋な驚きと尊敬が最初にあるのは、どうやら間違いなかった。

 因みに『お母様』は、何故そのような危険な事を!! と激しく叱責しつつ、無事で良かったわ……と泣いて心配してくれていたが。


「おかしいな……こんな筈じゃなかったんだけど」


 私の思惑はまたしても外れた。

 別に私はこの世界において『勇猛果敢なお嬢様』なんて肩書が欲しいわけじゃないのだが。

 単に、義妹(アーシェ)と幸せに暮らせれば、それで良いのだけれど……。


 とはいえ、まぁ、今回の件のお陰で、今までギクシャクしていた家族間の(わだかま)りが微妙に解消された事自体は、喜ばしい事……なのだろう。多分。


 私は微妙に自分の行動が(もたら)した結果に納得がいかないものの、結果オーライなのかな、と頭の奥底ではほんの少し、ほんの少しだけこの状況に安堵するのだった。


(つづく)


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