第38話:私が愛しているのはワイアーム様ただ1人です
気が付くと、目の前には海が広がっていた。
「セーラ、ダメだ。行くな!」
ワイアーム様の声が聞こえるが、振り向く事が出来ない。勝手に口が動き、あの歌を歌い出したのだ。
その瞬間、体中が光に包まれる。
もうダメだわ、きっとこのまま私は、キース様の元に連れて行かれるのだわ。そう思った時だった。
「セーラは絶対に渡さない!」
ワイアーム様の叫び声と共に、誰かに腕を掴まれたのだ。きっとワイアーム様だわ。触れられただけで安心する温もり。ただ、物凄い光が私たちを襲い、そのまま意識を飛ばしたのだった。
「う~ん…ここは…」
ゆっくり目を開けると、何度となく見おぼえのある景色が。ここは間違いない、海の中だわ。とういう事は、やっぱり私は、海に連れてこられたのね。
「セーラ…目を覚ましたのだね…ゴホゴホゴホ…」
この声はまさか!
「ワイアーム様!何てことなの?こんなにたくさん血を吐いて」
“セーラ、その男には近づいてはいけない。それにしても、よくここまで付いて来たものだ。さすが龍の血を色濃く受け継ぐ者だけの事はある。1度目は私の力で君も普通に過ごしていたが、今回はそうはいかないよ。相当体が辛いのではないのかい?”
ワイアーム様の近くには、キース様がいた。2人は激しく睨み合っている。もしかしてキース様が、ワイアーム様に攻撃を?
“私は無駄な殺生はしたくない。さあ、地上に戻るのだ”
何やらワイアーム様に向かって、光を放ったのだ。ただ、ワイアーム様はその光を跳ね除けた。よく見るとワイアーム様の毛は逆立ち、瞳の色は赤に変わっている。
「ワイアーム様、いけません。龍の力を使っては、あなた様のお命が持ちませんわ」
「僕の命などどうでもいい…セーラ、帰ろう…一緒に地上に…」
血を何度も吐きながら、優しいほほ笑みを浮かべるワイアーム様。そんなワイアーム様の傍に近づこうとするが、なぜか近づけない。
“セーラ、その男に近づいてはいけないと言っているだろう。遅かれ早かれ、その男はもう持たない。人間は海の中では生きられないからね。いくら龍の血を色濃く受け継いでいようと、ダメージが大きすぎる。君がいくら必死に抵抗しても、セーラはもう、地上には戻れない。諦める事だな”
「地上には戻れないとは…どういう事だ?」
“言葉の通りだ。さあ、セーラ、こっちに来なさい。可哀そうに、醜い人間どもに深く傷つけられたのだ。海でのんびり暮らすといい”
キース様がそう言うと、にっこりとほほ笑んだ。
でも私は…
「私は確かにあの日、全てに絶望し海に身を投げました。でも、私が間違っていたのです。本当に愚かだったのです。私をずっと愛してくださっていた、ワイアーム様の気持ちも知らずに。この4ヶ月、ワイアーム様と過ごして、私にはワイアーム様しかない事に気が付きました。私にとって、ワイアーム様が全て。彼がいない人生など、考えられない程ワイアーム様を愛しております。お願いです、どうか私とワイアーム様を、地上に帰してください」
私が愛しているのは、ワイアーム様ただ1人。だからどうか、私の事は諦めて欲しい。そんな思いで必死に訴えた。
“セーラ…いいや…ネリーヌ。また私を捨てるのかい?こんなに愛しているというのに…どうして人間の様な、醜いものを愛してしまうのだい?どうして…”
美しい金色の瞳からポロポロと涙を流し、こちらにゆっくり近づいてくるキース様。その姿があまりにも恐ろしく、つい後づさりをしてしまう。
「セーラに…近づくな…」
ワイアーム様が必死にこっちに来ようとしているが、私に近づく事が出来ない。
「そんなにこの龍の子がいいのかい?龍なんて、野蛮でどうしようもない奴なのに…どうしてあんな穢れた地上がいいのだい?君はネリーヌの血を色濃く受け継ぐ貴重な娘なのに…そうか、この男が生きている限り、君は私の傍にはいてくれないのだね。この男がいる限り」
ギロリとワイアーム様を睨んだキース様。
「ワイアーム様、お逃げください!」
きっとキース様はワイアーム様を攻撃する、直感でそう感じた。必死にワイアーム様の元に駆け寄ろうとした時だった。
ものすごいエネルギーが、キース様から放たれたのだ。その瞬間
「うぁぁぁぁ」
ワイアーム様の悲鳴が響き渡る。
「ワイアーム様!」
その場に倒れ込み、動かなくなったワイアーム様。
そんな…ワイアーム様が…
「セーラ、あの男は抹殺したよ。これでもう私たちはずっと一緒に…セーラ?」
「ワイアーム様…ワイアーム様」




