第25話:何を隠しているのでしょうか?
「セーラ、今日は疲れただろう?ゆっくり休むといい」
「ええ、そう致しますわ。ねえ、お兄様、殿下はどうやってあそこまで調べ上げたのでしょうか?今日提示された証拠の数々は、クレイジー公爵をずっと監視していないと、無理な様な気がいたしますが。それになんだか殿下の顔色が、あまり良くなった気がいたしますし…」
「さあ、どうやって調べたのだろうね。僕にもわからないよ。ただ、僕からいえる事は、殿下は何かを犠牲にして、父上の無念を晴らしてくれたという事だ。少なくとも僕は、殿下に感謝しているよ」
「何かを犠牲に?それは一体…」
「さあ、屋敷に着いたね。あれ?おかしいな。アマリリスと母上がまだ帰って来ていない様だけれど。僕たちは裁判所の休憩室で、30分くらい休んでから帰ってきたから、てっきりもう2人は帰って来ていると思ったのだが。もしかして、母上がショックで倒れてしまったのかな?」
お兄様が心配そうに呟いている。
「そうかもしれませんね。お母様も、まさかお父様が殺されていただなんて、受け入れがたい事実ですよね。私がもし、殿下の婚約者になんてならなかったら…」
お父様は殺されなくて済んだのに。そもそも、どうしてお父様は、私を殿下に嫁がせたいと思ったのかしら?我が家は本来、一族間で結婚する事が多いのに…
「セーラ、そんな事を言わないでくれ。殿下は命を削ってまでセーラを…いいや、何でもない。とにかくそんな悲しい事を言ったら、天国の父上もきっと悲しんでいるよ。父上はセーラと殿下が幸せになる姿を見るのを、楽しみにていたのだからね。それにきっと、今頃無念を晴らしてくれたと、喜んでいるのではないのかな」
そう言って、私の頭を撫でるお兄様。
「とにかく、もう全て終わった事だ。とはいえ、セーラにとっても、心に深い傷を負ってしまっただろう。ただ、出来ればセーラには、今後王都で生活をして欲しいと思っている。今までセーラに対するよくない噂を流していた令嬢も、近いうちに裁かれる予定だし。少しずつでいいから、社交の場にも顔を出したらどうかな?」
「社交の場ですか…」
正直あそこはいい思い出がない。でも…
「そんな顔をしないで。しばらくはゆっくり過ごしてくれていいから。あっ、母上たちも帰って来た様だよ」
門の方を見ると、我が家の馬車がやって来たのだ。さらにアマリリスお義姉様のご実家でもある、アレリス侯爵家の家紋が付いた馬車も、一緒に入って来る。きっとお義姉様のご両親が、心配して我が家に足を運んでくださったのだわ。
馬車が停まると、お義姉様とお母様が降りてきた。よかった、とりあえずは自分で歩いている様ね。
「セーラ、ルイ、帰りが遅くなってごめんなさい。アレリス侯爵と夫人と話をしていて」
「そうだったのですね。義父上、義母上、今回の件では色々とご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした。母の事も心配してくださっていた様で」
「私たちは何もしていないわ。私も今回の件、主人から1週間前に聞かされて…マレディア元侯爵夫人やセーラ嬢、それにルイ様の事を思うと、胸が張り裂けそうで…それで少しでも夫人の傍にいられたらと思って、今日お邪魔させてもらったのです」
「そうだったのですね。お気遣いありがとうございます。さあ、どうぞ中へ。大したおもてなしは出来ませんが」
「私たちはこれで失礼するよ。セーラ嬢、殿下はね、あなたを守るために自らのお命を削って、今回の罪を暴いたのです。セーラ嬢も辛い思いをたくさんして来たことは重々承知しておりますが、どうか殿下の想いも受け止めてあげて…」
「アレリス侯爵!そういえば僕、アレリス侯爵に大事な話があったのでした。どうかこちらへ」
お兄様がアレリス侯爵様の話を遮り、そのまま屋敷に連れて行ってしまったのだ。一体どうしたのかしら?
それよりも、私を守るために殿下が命を削ったとは、一体どういう事なの?
「アレリス侯爵夫人、先ほど侯爵様がおっしゃっていたのは、どういう意味ですか?殿下が私の為に、命を削ったとは…」
「それは…その…」
どう答えていいのか分からない様で、困った顔をしている夫人。
「セーラ、その件に関してはもういいでしょう?きっと寝る間も惜しんで、セーラの為に色々と調べて下さったという事よ。あの用心深いクレイジー公爵を調べ上げるのは、きっと相当大変だったと思うわ。まさかご自分のお兄様まで手にかけていただなんて、本当に恐ろしい人ね」
「本当ですわね。夫人もさぞ無念でしょう」
「ええ、確かに辛くて悲しくて胸が張り裂けそうです。ですが私が泣いていても、あの人はきっと喜びません。私が天寿を全うしてあの世であの人に会った時“よくマレディア侯爵家を支えてくれた。ありがとう”と言ってもらえる様に…頑張ろうと…」
ポロポロと涙を流すお母様の背中を、お義姉様と夫人が優しく撫でている。お母様は今、お父様の死を乗り越えようと、必死にもがいているのだろう。
私もこのまま逃げてばかりいてはいけない。お母様の涙を見ながら、そんな事を考えたのだった。




