第23話:マレディア侯爵との話し合い~ワイアーム視点~
その日の午後、マレディア侯爵がやって来た。
「マレディア侯爵、よく来てくださいました。どうぞこちらへ」
「殿下、顔色がかなりお悪い様ですが、大丈夫でしょうか?」
心配そうにマレディア侯爵が訪ねてくる。
「ええ、大したことはありませんので。今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございます。それで、セーラの調子はどうですか?今領地にいるのでしょう?」
「どうして殿下がそれを…」
「僕はセーラの事なら何でも知っていますよ。僕は今でも、誰よりもセーラを愛している…いいや、執着していると言った方がよいのかもしれませんね」
「お言葉ですが、殿下はクレイジー公爵家のレイリス嬢を、愛しているのではないのですか?確かにお手紙では、レイリス嬢を愛していないし、婚約する旨もないとの事でしたが」
恐る恐る僕に尋ねてくる侯爵。
「僕はあの女を愛してはいませんよ。僕はただ、あの女とクレイジー公爵の悪事を暴くため、傍にいただけです。クレイジー公爵はレイリス嬢を僕の妻にするため、セーラの悪い噂を流し、さらにあなたの父親でもあるマレディア侯爵までも手に掛けたのですよ。本当に恐ろしい奴らだ…」
「ちょっと待って下さい!父上まで手にかけたとは、一体どういうことなのですか?殿下もセーラが、レイリス嬢を虐めていたと思われていたのではないのですか?」
「セーラはそんな事をするような子ではありませんよ。セーラは誰よりも、優しい子です。そんなセーラを傷つけたレイリスが、僕はどうしても許せなかった。だから…ゴホゴホゴホ…」
しまった、マレディア侯爵の前で吐血してしまった。
「殿下、大丈夫ですか?すぐに医者を…」
「いいや…問題ない。ちょっと龍の力を使いすぎただけです…」
「殿下、無理をなさるのはお止め下さい。マレディア侯爵殿、ここからは私が話をいたします。殿下はずっとクレイジー公爵とレイリス様の事を怪しんでいました。侯爵殿もご存じの通り、クレイジー公爵家は用心深くずる賢い大蛇の一族です。殿下の龍の力を持っても、中々尻尾を掴むことが出来なかったのです。そもそも、龍の力を発揮するためには、苦しみや悲しみ、怒りのパワーが必要。その為、愛するセーラ様からあえて距離を置き、龍の力を使い続けていたのです」
「止めろ…侯爵にそこまで話す必要はない…」
「いいえ、話させてください!そんな中、あなた様の父上が亡くなったのです。悲しみに暮れるセーラ様の傍にいたいと殿下は心から願いました。ですが、セーラ様をこんなにも悲しませているクレイジー公爵とレイリス様を、処罰するのが先決だとお考えになったのです。
殿下は自分がもっと早く動いていれば、セーラ様のお父様は亡くならなかった、セーラ様を悲しませることはなかったと、深く後悔されておりました」
「だから、止めろと言っているだろう…マレディア侯爵、僕は…」
「執事殿、どうか続きを聞かせてください。殿下、僕にはセーラの兄として、そしてマレディア元侯爵の息子として、真実を聞く権利があります。どうかお願いします」
「はい、殿下はこれ以上あいつらを野放しにしておけば、きっとセーラ様にまで危害を加える、そう考えられたのです。その結果、体に負担が大きな、龍の力“相手の過去を見る力”を使う事にしたのです。その力は予想以上に体への負担が大きかったようで…
そんな中、セーラ様が身投げをされたのです。その事を知った殿下は、怒り悲しみ半月もの間、眠りに着きました。そして目覚めてすぐ、愛するセーラ様との婚約が白紙に戻されました。
その悲しみを癒す時間もないまま、今まで以上に力を使い始めたのです。その結果、クレイジー公爵を断罪するまでの証拠を手に入れる事が出来たのですが、その代償が、今の殿下なのです」
「それでは殿下は、セーラを守るために、あえてセーラから距離を置いていたのですか?そしてセーラの為に、ボロボロになるまで龍の力を使ったという事なのですね…なんて事だ…殿下の気持ちも知らずに、僕は…」
頭を抱えてしまったマレディア侯爵。
「それで今、クレイジー公爵とレイリス嬢は、騎士団によってとらえられ、地下牢に入れられている頃です。そして1週間後、彼らを裁く裁判が開かれます。そこで被害者の1人として、セーラ様に出廷して頂きたいのです」
「セーラをですか?」
「はい、セーラ様は今回、一番の被害者と言っても過言ではありません。また、マレディア侯爵殿に至っても、父親を殺された被害者です。どうかお2人で法廷に出席して欲しいのです」
「承知いたしました。セーラを必ず法廷に連れて参ります。殿下、セーラの為にここまでしていただき、ありがとうございました。それで、お体の方は大丈夫なのですか?吐血するだなんて、よほどの事です」
正直体の状態はあまり良くない。でも…
「少しゆっくり休めば、すぐに回復しますよ。それから僕が龍の力を使って、あいつらの悪事を暴いた事、そして僕の体がボロボロになっているという事は、どうかセーラには黙っていて欲しいのです。もしその事を知ったら、きっとセーラは僕の為に涙を流すでしょう…」
セーラは心優しい子だ。もし自分の為に僕が、血を吐くまで龍の力を使ったと知ったら、きっと心を痛めるだろう。もうこれ以上、セーラに悲しい思いをさせたくはない。
「そんな…殿下がそこまでしてセーラを守って下さったのに。その事をセーラに話せないだなんて…それでは殿下が報われません」
「僕はセーラを脅かすあいつらを退治できれば、それだけで満足なんだ。ただ、セーラとの婚約は、結び直させてほしい」
「その件に関しても、セーラには伝えさせていただきます。まずはセーラを連れてこないといけませんので、私はこの足で領地に向かいます。殿下はどうか、王都で体をお休め下さい。私がこんな事を言うのも変ですが、とにかく安静にしてください」
「お気遣いありがとうございます。そうですね、既に裁判の準備は整っておりますので、裁判までは体を休めますよ」
そう伝えた。
「殿下、本当にありがとうございました。それでは私はこれで失礼いたします」
マレディア侯爵は僕に一礼をすると、去って行ったのだった。