第22話:この命に代えても~ワイアーム視点~
次に目覚めたのは、半月後だった。
僕が意識を失っている半月の間で、セーラが身投げしたと言う話は、一気に広がっていた。ただ、レイリスを虐め、自分が裁かれる事に恐怖を抱いたセーラが、自ら命を絶ったという、嘘の噂が流れていたのだ。
ふざけるな!セーラはそんな事はしていない。そんな僕の想いとは裏腹に
「陛下、セーラ嬢は身投げをし、既に半月以上行方不明です。このまま彼女を婚約者にしておくのは、いかがなものかと」
そう言いだしたのは、クレイジー公爵だ。こいつ、どこまで腐っているのだ!誰のせいで、セーラが身を投げたと思っているのだ!今まで感じた事のない怒りが、こみ上げてくる。
もちろん僕は、セーラと婚約を解消するつもり何てない。そんな僕の気持ちとは裏腹に、父に代わり新たに侯爵になったルイ殿こと、マレディア侯爵までも
「私も殿下と妹の婚約解消に賛成です。妹は未だ発見されておりません。それにセーラは、自ら身を投げたのです。たとえ生きていたとしても、今後はひっそりと暮らすことを本人も希望するでしょうし」
セーラが身投げしてから、半月が過ぎている。海の神もまだ15歳のセーラを、ずっと傍に置く事は出来ないはずだ。
とはいえ、まだ半月しか経っていないため、見つかっていない可能性は大いにある。それでも侯爵は、セーラが近々見つかる事を予想しているのだろう。
まだセーラはあの男の元にいるのか!考えただけで、怒りが爆発しそうになる。でも今はダメだ。落ち着かないと。
ゆっくり深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
「マレディア侯爵殿もこうおっしゃっていますし、一度婚約を解消するという事でよろしいでしょうか?そして新たな婚約者には、我が娘なんていかがでしょう?」
やはりこの男は、自分の娘を僕の婚約者にしたいのだな。ふざけるな!再び怒りがこみあげてくる。
「クレイジー公爵の気持ちは分かった。それでは、一旦セーラ嬢とワイアームの婚約を、白紙に戻すという事でどうかな?そもそも、婚約解消には本人の同意が必要だ。それにワイアームも、目覚めたばかりで混乱しているだろうし。とにかく、白紙と言う話でお願いしたい」
「僕も父上の意見に賛成です。セーラは全てに絶望し、身を投げたのです。そんな彼女に寄り添えなかった、僕の責任も大きいのです。彼女が見つかった時、極力彼女の意見を聞いてから、婚約は解消するべきだと思います」
あいつらを地獄に叩き落すまでは、僕の本心をあいつらに知られる訳にはいかない。本当はセーラとの婚約を、白紙になんてしたくない。でも、今は仕方がない。あいつらを地獄に叩き落したら、再びセーラと婚約を結び直せばいい。
セーラを苦しめたあいつらだけは、絶対に許せないのだ。
「分かりました、陛下と殿下がそうおっしゃるなら、仕方がありませんね。でも、いつまでも亡くなっているかもしれない令嬢を待っていても、仕方がありません。せめて期限を決めた方がよろしいのではないですか?」
「分かりました。それでしたら、3ヶ月時間をください。それまでにセーラが見つからなければ、正式に婚約を解消しましょう」
「承知いたしました。それでは3ヶ月が過ぎてセーラ嬢が見つからない場合は、ぜひ我が娘をよろしくお願いします」
「ああ、そうする事にするよ」
極力笑顔でそう伝えた。今はあいつらに良い印象を与えないといけない。あいつらにこれからも近づくために…
「殿下、あのようなお約束をされてよいのですか?万が一セーラ様が見つからなかったら…それに見つかったとしても、きっと今のマレディア侯爵なら、婚約を解消する方向で話が進むでしょう」
「そんな事は分かっている。だから…この3ヶ月、いいや…1ヶ月でケリをつける。それにセーラはきっと近々見つかるはずだ」
「殿下の気持ちは分かります。ですがセーラ様は、自ら身を投げたのですよ。本当に海の神は、セーラ様を帰してくださるのでしょうか?」
「君の言い分も分かるが、セーラは必ず近いうちに地上に戻って来る。そしてきっと、マレディア侯爵はセーラを隠すだろう。領地辺りに隠すのかな?」
セーラの事なら何でもわかるし、マレディア侯爵の口ぶりからして、もうセーラを僕には関わらせたくはないのだろう。マレディア侯爵は出来れば味方に付けておきたい。
そんな思いで、マレディア侯爵には手紙を書いた。
詳しい理由は書かずに
“僕はレイリス嬢を愛していないし、婚約する事も絶対にない。時期が来たら、全てをお話しします”
という内容だけ書いたのだ。
それから半月後、マレディア侯爵と夫人、さらにマレディア元侯爵の妹でもあるキレイズ侯爵夫人がお忍びでマレディア侯爵領に向かったという情報が入って来た。きっとセーラが見つかったのだろう。
領地に向かったという事は、領地の海で発見されたに違いない。
セーラが見つかった今、これ以上悠長な事を言ってはいられない。この日から僕は、何かに憑りつかれたかのようなスピードで龍の力を使い、証拠を集め始めた。
「はぁ…はぁ…ゴホゴホ…」
「殿下、吐血されているではありませんか?もう十分証拠はそろいました。これ以上力を使えば、殿下のお命が…」
「いいや…まだだ、あいつらを確実に地獄に突き落とすためには、まだやらなければいけないことがある。あいつらの悪事を、徹底的に洗い出してやる」
体は既に限界だ。それでも僕は、1ヶ月かけ、あいつらを断罪する材料をそろえた。そして
「以上の罪で、今すぐクレイジー公爵とレイリス嬢を捕まえろ。1週間後、裁判を行う。裁判所には既に連絡済みだ。それから、被害者の1人として、領地にいるセーラにも証言台に立ってもらう。侯爵以上の貴族には、今日の午後、父上から話しをしてもらう。ただ、マレディア侯爵には、僕から直接話をするつもりだ」
「承知いたしました。既に騎士団が待機しております。それから、マレディア侯爵にも、至急来ていただくように手配いたしましょう」