第18話:セーラに愛される男になるために~ワイアーム視点~
「ワイアーム、一体何をしているのだ?セーラ嬢、申し訳ない。さあ、ワイアーム、離れなさい」
護衛たちが僕の元にやって来て、引き離そうとするが、もちろん彼らでは僕をどうこうする事は出来ない。
「僕からセーラを奪うものは許さないぞ…」
ギロリと護衛たちを睨みつけると、そのまま後ずさっていった。ただ…
「でんが…ぐるじい…」
声にならない声を上げたのは、セーラだ。しまった、ちょっと強く抱きしめすぎてしまった。すぐに手を緩めた。もちろん離すつもりはない。
「ワイアーム、今から正式な手続きを行うから、セーラ嬢から一旦離れなさい。すぐにこちらに書類を持ってきてくれ」
父上の指示で書類を持って来る使用人。どうやらこの場で、婚約届を書くようだ。
「陛下、まさかこの場で婚約届を?」
「ああ、そのつもりだ。貴族たちには事後報告にはなるが、既にワイアームの婚約者の選別は始まっていたし、問題ないだろう」
「陛下がそうおっしゃるのでしたら…承知いたしました」
マレディア侯爵が少し不安そうな顔をしている。本来なら婚約者が決まった場合、正式に婚約を結ぶ前に、一度貴族会議を開き、その場で発表する。その後正式に婚約を結ぶのが、王族の習わしだ。その貴族会議を無視して婚約を結ぶのだから、侯爵も驚いているのだろう。
本来なら父上も、通常の流れを取りたいところだが、僕の事を考慮してこういうかたちをとったのだろう。
きっと明日にでもしれっと貴族会議を開き、報告するつもりなのだろう。婚約届は別に貴族が見守る中書くなんて決まりはないから、順番が前後してもさほど問題にはならない。
僕も早速サインをした。
「確かに婚約届を受け取りました。それでは私はこれで失礼いたします」
これでセーラは、正真正銘僕のものだ。海の神だろうがなんだろうが、絶対に渡さない。
早速その日から、僕は時間が許す限り、セーラの傍にいた。とはいえ、セーラは王妃教育があるため、ずっと傍にはいられないが…
セーラは非常に優秀で、教えた事をどんどん吸収していくのだ。教育係も絶賛していた。セーラと一緒に過ごすうちに、どんどん彼女への執着は強くなっていく。
ただ、それと同時に僕は、感情をコントロールする訓練を受けさせられる様になったのだ。
「いいですか、殿下。あなた様はセーラ様の事になると、感情がむき出しになってしまいます。感情が出る様になったことは素晴らしい事ですが、今のままでは、セーラ様をも傷つける事にもなりかねません。あまり感情むき出しでは、セーラ様に嫌われてしまいますよ。あなた様は人間なのですから」
そう執事に言われた。さらに
「セーラ様は普通の令嬢とは違い、海の神に寵愛されている方です。セーラ様が16歳になられたとき、海の神と戦わなくてもよい様に、彼女に愛されれる殿方にならないといけません。その為には、セーラ様にも紳士的に接するのです。分かりましたね」
そうも言われた。確かにセーラは、非常に腹が立つが、海の神に愛されている様だ。侯爵の話では、既に何度か海の神に連れ去られているらしい。
おのれ海の神め!セーラは絶対に渡さないからな!そのためにも、セーラに愛される男にならないと。
そんな思いから、僕は理性を磨く訓練を行った。本当は四六時中セーラといたい、でも、そんな事をしたらセーラに嫌われてしまうかもしれない。自分の感情を押し殺し、必死に紳士を演じたのだ。
それでも僕は、セーラがいないと生きていけない程、彼女に執着している。時間があるときは、セーラの傍にいた。
そんな日々を送る事半年、事件は起きたのだ。
「ワイアーム様、今日はこの辺で失礼いたしますわ」
いつも夕食まで一緒に食べていくセーラが、今日はお昼で帰ると言い出したのだ。
「セーラ、どうしたのだい?何か用事でもあるのかい?」
「実は今日、海に足を運ぼうと思いまして。最近海に行っていませんでしたので」
海だって?確か海には、セーラを狙う海の神がいると聞く。そんな海にいくだなんて…
「セーラ、海にはどうしても行かないといけないのかい?別に海に行かなくても、よいのではないのかい?」
「そうなのですが…なぜか無性に海に行きたくなりまして…ワイアーム様にはご迷惑をおかけいたしませんから、ご安心を」
セーラが僕の傍から離れること自体が、迷惑なのだ!そもそも、セーラを狙う男の元に向かおうだなんて、一体君は何を感がているのだ!そう思っていても、そんな事は口が裂けても言えない。落ち着け、僕。落ち着くんだ。
「それなら僕も一緒に、海に行ってもいいかな?セーラが好きな海を、僕も見たいんだ。それじゃあ、行こうか」
セーラの手を引き、歩き出した。
「ワイアーム様、あの…本当に私1人で…」
「いいや、僕も一緒に行くよ。それとも、僕が行くとマズい事でもあるのかい?」
「いえ、そんな事はありません。わかりました、それでは一緒に参りましょう」
2人で馬車に乗り込み、海を目指した。