29.
「俺さ! いつか勇者になるんだ!」
たびたびそんな夢を話していた彼フィートは私の数人目の婚約者。
彼は少々夢みがちなところがあって。それゆえたびたび大きな夢を語っていた。英雄になる、とか、勇者になる、とか。彼はいつもそんなことばかり言っていた。冒険者とか兵士とかの仕事に就いていたことは一度もないのに、である。つまりそれらの夢は完全な夢。現実的な要素は一切ない夢を、彼はいつもまるで実現可能であるかのように語るのだ。
そんな彼のことを私は内心大丈夫かなぁと思っていたのだが……。
「わり! 婚約、破棄するわ!」
ある日突然そんなことを言われて。
「えっ……どうしたの? 急過ぎない?」
さすがに困惑してしまう。
あまりにも唐突で。
「いや、だって俺、夢のために生きたいからさ。婚約とか結婚とかどうでもよくなってきたんだ。俺は夢の実現を第一にしたいと思ってるからさ」
「勇者になる、とかいうやつ?」
「そ!」
「……本気で言っているの?」
「ああ! あったりまえだろ! そんな嘘とかつかねーって」
こうして私たち二人の関係は終わった。
それから少しして、フィートの訃報が耳に飛び込んでくる。
彼はある夜古い木刀一本だけを手に防具もつけないまま洞窟へ殴り込みに行き、魔物に倒されてしまったそうだ。
で、そのまま死亡してしまったようである。
戦闘の経験もないのに一人で危険な場所へ突っ込んでいくなんて……言葉が出ないほど、凄く愚かなことだ。




