26.
また新しい人間としての人生が始まった。
いつ終わるのか分からない無限ループのただなかで私は今日も息をする。
「ぼ、ぼくと……結婚を見据え、婚約してくださいませんか!?」
行きつけの文房具屋にて店番をしている二つ年下の男性からそんな風に想いを告げられた。
彼のことは悪くは思っていなかった。
あくまで、客と店員として、ではあるが。
彼はいつも明るくて、前向きな声色で接してくれる。だから文房具屋に来るたび晴れやかな気持ちになれる。それゆえ私は彼に関して負の印象を抱いてはいなかった。
でも、婚約する、となったら……。
「あっ……い、嫌、ですかっ……?」
「いえ、でも……」
どうしても残念な未来しか見えなくて。
だから彼との関係を進めることを前向きには考えられない。
だってそれは、今は手にできている穏やかさをまた一つ手離す、ということなのだ。
「……少し、考えさせてください」
「分かりました! ぼ、ぼく、諦めません! きっと貴女を手に入れてみせます!」
「気持ちは嬉しいです、ありがとう」
「え、もしかしてふられてます!?」
「いいえ。ただ、少し、考えてみたいのです」
「あ、そうですか! 分かりました。では! よろしくお願いします!」
それからしばらく悩んだ。しかし彼の真っ直ぐさが脳から消えなくて。もしかしたら、なんて思ってしまって。それで私は彼と婚約する道へと歩み出すことにした。
「やったあああぁぁぁぁ! きたああぁぁぁぁ!」
良い答えを告げると、彼は凄く喜んでくれた。
「ありがとうありがとうありがとう! 嬉しい! 本当に嬉しいです! ああもう感謝感謝感謝ですっ……ううっ、泣くっ……うわああぁぁぁぁ、嬉しいですううぅぅぅぅ!」
だが、そんな彼も私を裏切った。
彼には異性の幼馴染みがいたのだ。でもそれだけなら気にしなかった。でも彼らは不自然なほど親しかったのだ。二人は定期的に会って長時間喋っていたし、一ヶ月に二度以上二人きりでお泊まりをするような深い関係だったのだ。ある程度の年齢になっていて、婚約者もいて、それなのに男女でお泊まりするなんて。信じられない行動だ。平然とそんなことをするなんて、誠実さの欠片もない。
だが、私がそのことに苦言を呈すると、彼は豹変し婚約破棄を宣言してきた。
「ババアは二度とぼくの前に現れないでください」
やはり私は見る目がなかったなぁ……。
もう何度も後悔してきた。
でもまたこうやって後悔を重ねる。
懲りないなぁ、と、自分でも自分を愚かに思う。
ちなみに彼はというと、幼馴染みの彼女との初旅行中に不審者に襲われ、彼女もろとろ殺められてしまったそう。
また、その不審者はもともと人を殺めたい欲望を持っていた危険な人間だったらしく、怨みとか因縁とかによる殺人事件ではなかったようだ。




