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5皿目 滅亡を待つ人類へ

 こんなにも星降る夜にひとりぼっちで過ごすなんて、何とも寂しい人生だったのかもしれない。


 ため息が冬の寒さで白く凍りつく。

 僕はかじかむ手を擦りながら、薄暗い駅の改札を出た。


 平時なら若者で溢れている渋谷だが、今は廃業してしまったレジャーランドのように不気味な静けさを保っている。一部の街灯を残し、ビルの灯りは全て消えていた。スクランブル交差点の信号機は辛うじて生きているが、そこを走る車などもはや存在しない。


 あれだけ喧騒の絶えなかったこの街が、今はどこを見渡しても人の姿を確認することができないのだ。皆、生まれた故郷に帰っているか、この国から脱出してしまっているのだろう。


「よう。今日は特に冷えるな」


 誰もいないと思っていた矢先に、ふとそんな声が耳に届いてきた。薄暗い中視線を動かすと、ハチ公の銅像の前に座り込んでいるウバ五郎の姿があった。ウバ五郎とは、SNSでの彼のアカウント名だ。本名は知らない。ウバ五郎はフードデリバリー用の大きなリュックサックを背負ったまま、缶コーヒーをチビチビと飲んでいる。


「まだその仕事続けてるの?」


 呆れて声をかける僕に対し、ウバ五郎は感情の無い顔で「他にすることもないから」と呟き、横に置いてある未開封の缶コーヒーをこちらに投げて寄越した。メーカー不明の冷えた缶コーヒー。壊れた自動販売機を蹴飛ばしたら二本出てきたらしい。


 まあ、折角貰ったのだからと口をつけると、投光器でも着けたかのように突然夜空が明るく光った。


 南の空から北北東に向かって、尾を引きながら流れていくひと際大きい流星。あれは一週間後に地球に衝突するという巨大隕石の欠片の一部だ。


 アメリカ航空宇宙局の発表によると、その巨大隕石は一週間後に地球の軌道と重なり、東アジアのいずれかの地域に衝突するということだ。どこかの研究機関のデータでは、それにより地表の生命体の99.999%が死滅するという予測も出ている。日本では国民のおよそ半数が地球の裏側の国へ避難しているということだが、そのデータを信じるのならあまり意味のある行動とは思えない。


「しかし人類が滅亡しようとしているのに、フードデリバリーが営業しているとは驚きだよ」


 冷たい缶コーヒーをハチ公像の台座に置き、僕はスマートフォンを操作する。アプリを開いてみると店舗数はごく僅かだが、確かに営業自体はしているようだ。


「死刑囚だって最後の晩餐を食べるからな。隕石が衝突するまで、残り一週間。生きていれば誰だって腹は減るだろ」


「ラストミールってやつだね」


 僕たちはもう、死刑囚のように衝突の時を待つことしかできない。人類は知らず知らずのうちに神様のことを怒らせてしまったのだろうか? 戦争、環境破壊、遺伝子改造、富の独占、理念の無い政治……、思い当たる節なら幾らでもある。あるいはアダムとイブが禁断の果実を食べてしまった時から、人類は大きな罪を背負って生きてきたのかもしれない。


「ラストミールか……。そういえばネットニュースで見たけど、全ての受刑者に恩赦が与えられたって話だな」と、ウバ五郎は言う。


 ほとんどの人間が職務を放棄している現状で、刑務所も運営管理が不可能になったのだろう。治安の悪化も懸念されるが、秩序というなら隕石衝突を発表したふた月ほど前の時点でとっくに崩壊してしまっているのだ。


「猟奇殺人犯が渋谷に現れないことを祈るよ」


 流れる星に向かって、僕は祈りを捧げる。しかしその星が僕らの命を奪うというのだから、こんな皮肉なことはない。


 後一週間で、この世は終わる。遅かれ早かれどうせ死んでしまうのだろうが、折角なら世紀の天体ショーを目の当たりにしながら最後の時を迎えたいものだ。


 そんな思いで夜空を見上げていると、ウバ五郎のスマートフォンから突然チャイムが鳴り響いた。


 始めはそれが、定期的に流れてくる巨大隕石関連の情報メッセージかと思ったのだが、ウバ五郎はそれを確認すると立ち上がり、横にあるシティサイクルにまたがった。どうやらデリバリーのリクエストが着たようだ。 


「本当に頼む奴がいるんだな」


「四時間半ぶりの注文だ。一緒に行くか?」


 ウバ五郎は大きなリュックサックをこちらに差し出してくる。それを背負って後ろの荷台に乗れということらしい。


 あまり気乗りはしなかったが、気がついたら僕は渡されたリュックサックを背負い、後ろの荷台に座っていた。時にはこんな酔狂に付き合うのも悪くないかもしれない。


 地面を蹴って走り出した二人乗りの自転車が、もはや意味を成していない信号機を無視してスクランブル交差点へと侵入していく。


 それでは行こうじゃないか。

 滅亡を待つ人類へ、ラストミールを届けに。

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