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2皿目 メシの運び屋

「なぁ、その仕事は楽しいかい?」


 日も差さない細い路地裏で、魚顔の男がそう聞いてくる。


 佐藤はその時、この顔は何の魚だったかと考えを巡らせつつ男の顔を横目で覗き込んだ。離れた目に、二つに割れた口髭、そしてその厚ぼったい唇。そうだ、この顔は魚の中でもなまずにそっくりなのだ。


 喉のつっかえが取れたので一息つきたいところではあるが、佐藤は両手を上げたまま雨乞いでもするように悲し気に天を仰いでいた。首元にアーミーナイフの刃を突きつけられていたからだ。


「……そうだね。来日中のアメリカ大統領にこのチーズバーガーを届けたとして、それで世界に何か変化が起こるかもしれないと考えたら、少しは楽しいかもしれないよ」


 佐藤がそううそぶくと、首元にあった刃があごの先に触れ、冷えた感触が伝わってきた。


「ハンバーガーで世界は変わらねぇよ」


「可能性の話をしているのさ。一見すると僕は飯を運ぶただの配達員だ。けどその裏家業は、もしかすると殺し屋なのかもしれないだろ」


 佐藤がそう口にした途端、鯰のナイフを持つ手が勢いよく伸びてきた。上体を反らし素早くかわすも、切っ先が喉ぼとけの皮膚を僅かに裂く。熱い痛みが走るが、大した傷ではない。


 後ろに退いた佐藤は、大きな黒鞄を背負ったままの状態で大きく後転し、鯰の利き手を蹴り上げた。くるくると回転する刃物が放物線を描き、湿ったアスファルトの上に落下する。


 自分の商売道具を失った鯰は、痙攣でも起こしたのかのように、口元をぱくぱくと動かしている。まるで本物の鯰のようだ。


「ところであんた、昼飯にチキンケバブを食わなかったか?」


「……ああ? 食ったら何だってんだ」


「折角だから教えてあげているのさ。殺し屋には、毒殺専門もいるってことを」


 その言葉を聞くと鯰は突然崩れるようにひざまずき、そしてそのまま前のめりに卒倒した。口からは細かい泡が噴き出ているが、まだ息はあるようだ。


「や、やっぱりお前だったか、飯屋とかいう殺人鬼は……」

「殺人鬼とは随分な言い草だ。通り名をつけるなら、救世主とでも呼んでくれ。飯屋とメシア、洒落が効いてるだろ?」


 しゃがみ込んだ佐藤は、懐から小さな革袋を取り出し、その中に入った一本の細い針を、鯰の頸動脈に突き刺した。最早死を覚悟したのか怯えもしない鯰は、一度だけびくりと体を跳ねさせ、その後は身動きもとらず静かに瞼を閉じた。


「僕は世界を変えることが出来るかもしれないが、問題がないわけでもない。それは来日中の大統領が、ここ仙台の街に来る予定がないということさ」


 その場から立ち上がった佐藤は、スマートフォンで今の時間を確認する。まずい、8分遅れだ。チーズが固まってしまう前に、このハンバーガーを注文者の元に届けなくては。


 仕事は常に迅速で丁寧でなければいけない。これは誰の言った言葉だったろうか?

 うちの組織のリーダーだったか、かつてホスト界の帝王と呼ばれた実業家の男だったか、もしかするとリャン・ジックピクスの言葉だったかもしれない。


 毒針を革袋にしまった佐藤は、首から流れる血を消毒液の染みこませたティッシュで拭き取り、路肩に停めていた三輪スクーターに静かに乗り込んだ。

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