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「天皇の恋人」(Emperor's Lover):灯×澄善

#記念日にショートショートをNo.58『桜のような恋をする:後編』(Fall in Love like a Cherry Blossom:Latter Part)

作者: しおね ゆこ

2021/3/14(日)ホワイトデー 公開

【URL】

▶︎(https://ncode.syosetu.com/n5449ie/)

▶︎(https://note.com/amioritumugi/n/n6e6f9228a11e)

【関連作品】

「天皇の恋人」シリーズ

 セピア色の掠れた音が耳の奥に聴こえ、灯は目を覚ました。窓の外では陽が傾き、目にやさしい光が部屋に差し込んでいる。部屋の隅に置かれているアンティークの立派な柱時計の針が午後5時を示し、繰り返しセピア色の音色を告げている。

 灯は布団から身体を起こし、周囲を見渡した。畳敷きの決して広くはない部屋に、灯は寝かされていた。かすかに漂う畳の懐かしい匂いが鼻を撫でる。

 と、障子が開き、湯呑みと急須をお盆に載せて、先程のあの男性が姿を現した。

「気が付かれましたか。」

男性が私を見て声を掛ける。記憶を辿るが、骨董品のお店に入って男性と少し話をしたことしか、思い出せない。

「…わたし……」

「高熱を出されていたので、勝手ながら店舗と隣接している僕の家に運ばせていただいたんですよ。」

男性が説明してくれた。その言葉を聞いて、燻っていた記憶がゆっくりと鮮やかに色を点けていく。

「その…ごめんなさい!色々とご迷惑をお掛けしてしまったみたいで……。」

手を煩わせてしまったことを詫びると、男性が静かに首を横に振った。

「いえ。…あの、体調は…いかがですか?」

「ええ、おかげさまで。…あの…ごめんなさい、お名前、伺っていなかったですよね。」

そう訊ねると、男性が胸の前に手を添えて軽くお辞儀をする。

「ああ、これは失敬。京屋(きょうや) 澄善(すみよし)と申します。」

桜宮(さくらみや) (あかり)です。助けていただき、ありがとうございました。お年を伺っても……?」

名前を交換し、深々と頭を下げる。

「22歳で、いまは大学4年です。

…その、この後はどうされますか?迎えの方は来られるんでしょうか?」

「いいえ、来ないわ。」

「では連絡を差し上げた方が……。」

「大丈夫。」

澄善さんが携帯に伸ばした手を掴む。

「しかし……」

躊躇うような澄善さんに、言葉を続ける。

「澄善さんとお呼びしても構わないかしら?日付が変わるまでに帰れば本当に大丈夫なの。もしよろしければ、もうちょっとお話していきたいのだけれど……」

「それは構いませんが……見ての通り大したもてなしは出来ませんよ?」

「いいえ、今日澄善さんと出会えたことが既にもてなしだわ。それに、こちらは骨董屋さんなのよね?商品を見てみたいのだけれど……」

「ではこちらに何点かお持ちしますので、そのままお待ちください。」

「待って!」

立ち上がり部屋を出ようとした彼を止めようと、慌てて布団から立ち上がる。と、視界が歪み、倒れそうになった私の身体を、振り返った澄善さんの力強い腕が支えた。

自分の無様な姿に羞恥を覚えながらも、謝らなければ、と澄善さんを見上げる。

「ごめんなさい……少し、ぼうっとしてしまい……」

ひんやりとした手が額に添えられる。顔中の火照りが戸惑い行き場を失いながらも、額に添えられた手のひらが程よく心地良かった。

「まだ熱が引いていないみたいですね。もう少し身体を休めた方がいいでしょう。まだ時間はありますし、店の物を見るのはその後でも……」

「お店の方で見てみたいのだけれど……他のお客様の邪魔になりますよね。」

分かりました、と頷いてから、どうしてもとわがままを伝えると、返ってきた答えは意外なものだった。

「いいえ、今日はもう閉めているので。」

「私が…皇族だから?」

澄善さんの言葉に驚き、思わずその故を探る。

「いいえ。あなたが…辛そうにしていたので。」

まるで、粉砂糖のように掛かる粉雪を手で払い、その下に仕舞い込んでいたものを見つけたような澄善さんの言葉に、怪訝に思いながらも、心の奥底に隠していた赤い実を言い当てられたような気がしてしまう。

「…僕にはどうも、具合が悪いからだけではないように見受けられました。」

「…きっと、…きっとそれは当たっているわ。皇族のくせに何を贅沢なことをと思われるかもしれないけれど、色々……」

「皇族だからとか、僕は気にしませんよ。誰しも、どの環境に生まれるかなんて、選べないんですから。それぞれに選べない一人の人間なんですから、それぞれ悩みがあって当然です。」

澄善さんが微笑む。あまりにも優しすぎる彼の言葉に、甘えたくなってしまう己に気付くまいと目を伏せる。

「…皇女さまは、何か悩み事でも……?」

〝僕で良ければ、話し相手になりますよ。〟

ガチガチに固められた茨の鎖に沁み込んでくる彼のカモミールフレーバーのような声が、偶には雁字搦めの縛りをほどいて甘えるよう、私を誘う。

「いえ……ううん、そうなんです。」

「…澄善さんは、…彼女さんや…片想いをされている方とか、いらっしゃったりするのかしら……?」

人様のプライベートに図々しく踏み込んではいけないことなんて、解っているはずなのに。

「いえ、いませんね…いなかったんですけど、つい最近好きな人が出来ました。」

少し困ったような表情で澄善さんが応える。その応えに、ズキンと胸が痛んだ。

「そう…なんですね。どんな方なんですか?」

もう止めなければいけないのに、感情とは裏腹に、言葉が私を禁じられた方へと引っ張る。

「…そうですね。とても美しくて、頑張り屋さんで、自らの身分に捉われず人に配慮が出来る人です。」

「その方と、上手くいくといいわね。」

嬉しそうに語る彼の言葉に、自分の口調が次第に固くなっていくのを感じる。

彼が寂しげに微笑んだ。

「…ええ。でもきっと、上手くはいかないんです。」

「そう…なの?」

「はい。これが、僕のいまの…未来へと続く悩みです。」

「……?」

澄善さんの言葉の真意を汲み取れず、首を傾げる。

「僕の悩みは」

「一生叶うことのない恋をしてしまったことです。」

「遠く離れた場所にいらっしゃる…のですか?」

違うとは思いながらも、灯は尋ねた。

「そう…とも言えるかもしれません。でも、ひょんな巡り合わせがあって、いまはとても近い場所にいます。」

彼と視線がぶつかる。その瞳に、何故か頬が急速に熱くなった。

「最近出来た」「きっと上手くはいかない」「一生叶うことのない」「いまはとても近い場所にいる」

ああ、そんなこと、あるわけないのに。

「…その相手の方は、具合が優れないのですか。」

「はい。でも、僕に迷惑をかけまいと無理をしてしまうんです。」

「…その相手の方は、澄善さんよりお若いのですか。」

「はい。6歳ほど。」

「澄善さんは、失礼かもしれませんが➖少しSだったりされますか。」

「かなり。」

「…その相手の方は、」

言葉にせず、彼の瞳を見る。瞳が交差したその先で、澄善さんが頷いた。

どうしようもなく、涙が溢れる。

ああ、きっと、この恋は叶うことがない。

たとえ赤い糸で、繋がっていたとしても。

このまま皇居に戻ってしまうべきなのか、このままでは戻らないべきなのか。

揺らぐ。揺れる。見えない。分からない。

真意が悟られないように、歯を食いしばって、目を両手で覆い隠して、

「ごめんなさい。」

➖彼を深く傷つける前に。

「…それは、何に対しての〝ごめんなさい〟ですか。」

「…………」

「もし、皇女さまの気持ちが僕のと同じなら、僕は諦めたくないです。手放したくない。」

「だって、ここで出会えたことがもてなしなら、その女性を好きになって、その女性に好きになってもらえたことは、最高のプレゼントじゃないですか。」

「皇女さまは、諦めたいんですか?」

精一杯、首を横に振る。ああ、このまま、ずっとここにいたいのに。

「灯。」

「?」

「灯と…呼んでいただけませんか。皇女さまだなんて、そんなの遠いです。」

踏み込んではいけない、仕舞い込まなければいけないのに、自分の気持ちに嘘を付かず、甘えてしまう私は愚かだ。

私の言葉に、澄善さんが安心したように微笑んだ。その笑顔が、その声が、愚かな私を汚してくれたなら、どんなに良いのだろう。

「灯さん」

「…はい。」

「日付が変わるまで、まだ時間はあります。いま僕たちがやるべきことを、精一杯やりましょう。」

「〝叶わない〟を〝叶うかもしれない〟にするために。」

ああ、彼は、清々しいくらい、真っ青に美しい。

【登場人物】

○桜宮 灯(さくらみや あかり/Akari Sakuramiya):16歳

●京家 澄善(きょうや すみよし/Sumiyoshi Kyouya):22歳

【バックグラウンドイメージ】

◎設定・ストーリーについて

○ウィリアム・ワイラー 監督作品/『ローマの休日』(Roman Holiday)から

【補足】

◎年齢・時間経過について

○灯16歳・澄善22歳:出会い(本作)

○灯18歳・澄善24歳:交際承認

○灯22歳・澄善28歳:交際を断つように要請されている

【原案誕生時期】

公開時

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