まだ、初日が終わらんのか。
ベアトリーチェ（理事長）が大好きなライリーは、非常に憤慨していた。
こうして学生の身分になった事で、改めて貴族の腐敗を現認してしまったからだ。
爵位を盾に関係を迫る等は日常茶飯事、権威を振りかざして横暴で理不尽な事を言いたい放題。
子供に限って言うならば、守る相手は農民だ、と痛感していた。
そして、子供の愚かさについても。
初日にして、しっかりと施錠していた彼の部屋が、荒らされていたからです。
《はぁ》
そもそも、寮長を隣の領主の息子に任せた事から失敗は始まっていたんですよね。
外聞も問題無い貴族、その子供だからと任せたばかりに、俺の部屋が荒らされる事になるとは。
「あら大変な事になってますね、すみませんね、鍵が掛かって無かった様で」
《何を呑気な事を言ってるんでしょうかね、アナタの監督責任ですし、コレは犯罪現場かも知れない。先ずは教師に報告させて頂きますよ》
「あ、いえ、コレは子供同士の事ですし」
《ならその証拠を提示して下さい、大人が絶対に関わっていない証拠か、子供だけで行われた証拠を出して頂けますか》
「それは、まぁ良いじゃ無いですか、片付けさえすれば」
《入るな！どうして盗難、物品の破損が無いと言い切れるんです、それに伯爵の子息のクセに現場保全の概念も知らないんですか？誰でも良いから大人を呼んで来て下さい、コレは犯罪現場の可能性があります》
「大げさな」
《権威を傘に物を言いたくは無かったんですが、私の親は騎士爵でですよ？国を守る者としての爵位を頂いている、この事もアナタの事も確実に父ライリーに報告させ、果ては王へ》
「そん」
《今なら、直ぐに適格者を呼びに行って下さった方を素晴らしい友人、として報告もするつもりですが……》
先ずは同期生の商人の息子が駆け出して行った、それに続いて農民の子も。
うん、実際に支援しても良い人材かも知れない、改めて見定めてみよう。
「まぁまぁ、ココは穏便に」
《なら、その為にはどうすれば良い、と君は思いますか？》
「その、誰がやったのかは、犯人が分かれば良いんですがね」
《そうですね、マスターキーの扱いから、でしょうね》
「チッ、下手に出てやったのに」
《ご両親は立派な方だと聞いていたんですが、凄く残念なご子息ですね。コレでは今期の伯爵への再選すらも難しいでしょう、同領地の爵位持ちの方々には謹んでご同情申し上げます。皆さん、自らを賢いと思うなら、コレとは関わるだけ無駄だとご両親に報告した方が身の為ですよ。昨今はどの爵位でも世襲制とは限らない、こんな未来の無いクズを報告しないなんて、果ては同格だと親に思われてしまうかも知れない。下手をすればより優秀な人材に家督を奪われる事も、現に、王都では既にそうなっていますしね》
コレは半ば嘘ですが、そうなるべくギャレットや公爵、侯爵達が各王都でも流布させている情報。
そしてこの情報に過敏に反応出来る人間こそ、これからの世界に必要な人材なのだと、あのギャレットが言っていた。
実際に親に報告するかは別としても、直ぐに立ち去った人間の顔も、しっかりと覚えておきましょうかね。
一方のベアトリーチェの部屋はと言うと。
同じく、いえ、更に悲惨な状況でした。
「物を大切にと、教わらなったのか」
『まぁ、それを凌駕する詭弁を弄せば何とかなる、とでも思っているんだろうね』
ベアトリーチェ（理事長）の部屋をかき乱すだけ、なら、まだ良かったのですが。
花瓶を割り、ベットカバーまで引き裂くのは、明らかにやり過ぎだと言わざるを得まえせん。
「寮長を呼びに行ってくれないか」
そうベアトリーチェ（理事長）が言うかどうかで、ガラテア（学園長）は鍵回りを確認し。
『いや、ココはいきなり教師を呼ぼう、鍵は壊されてはいないからね』
「そうか、出来るだけ死守する」
『うん、でも無理しないでね』
彼は更に険しい顔になり、皮手袋を嵌め、鞭を装備しました。
真っ白に鞣された手袋と、同じく白い長鞭。
手袋と長鞭、そのどちらもが王族から賜った品。
トリスタンが乗馬が上手いからこそ得られた物である、とだけ伝えられている物、彼には来歴も加護についても一切知らされてはいない。
トリスタンは王族に、学園とその身を守る為の武器を得られるなら、何が欲しいかを尋ねられた。
そしてトリスタンは考えた、出来るなら傷は付けたく無い、音が派手なだけで傷付けない武器が有ればと。
何故なら、万が一にも生徒が怪我を負った場合、教会への治療の報酬や医師への報酬は学園から出される事になるからだ。
要するに、費用対効果を考え、無難な武器をと。
心は有るが効率厨であるトリスタン。
ギャレットが好む性質の１つでもあります。
「あらあら、大変ね」
「汚いわねぇ」
「全く、お育ちが知れますわね」
「あらご機嫌ようお姉様方、ココは犯罪現場の保全中なだけですので、どうかお気になさらず」
勢い良く振るわれ甲高く鳴った鞭に、主犯格だと思しき令嬢が体を竦ませた。
未だに辺境では体罰が常態化しています、彼は酷ではあると思いながらも、どうか鞭を振るわせないでくれと願うしかありませんでした。
そして一方、ギャレットことガラテア嬢は、一部の教師すらも既に腐敗している事へ落胆していました。
何とか駆け付けてくれる事になったのは、ライリーが率いて来た王都の女騎士クリスチーナ・コンラッド、略してクッコロさん。
だけ。
それからと言うもの、トリスタンの甥のリチャードに現状の報告と方針を伝える為にも、ガラテア嬢は理事長室へと走ったのです。
『はぁ、はぁ、緊急招集』
「え、もうですか？」
『トリスの部屋が荒らされた』
「あらー、凄いな叔父さん、もう標的になるなんて。流石浮き蛙伯爵、froatinger」
『それ、本人は無関心だけど私は怒るよ』
「ピッタリ過ぎるんだもの、それで？」
『クッコロさんには来て貰えるけど、君にも来て貰おうかと思って。その後に作戦会議もしたいんだ』
「イエッサー！」
ガラテアにとっても、リチャードは古馴染み、自他共に第２の甥っ子と称している。
そしてリチャードにとってギャレットは第２の叔父上、実はトリスタン以上に怖い人だ、と思っている存在なのです。
そのガラテアの緊急招集、とは非常事態を示し、実はとても緊急性があると理解はしているのですが。
どうしても、叔父上達が幼女になってしまっている事に未だに慣れず、内心は見る度に腹を抱えて笑いたいのを堪えている状態で。
それを切り替える言葉が、イエッサー、子供の頃から教え込まれた返事。
コレで気が引き締まる筈が、目の前にはヒラヒラしたスカートを履く叔父上２号。
どうしても緊張感が無いと言うか、ぶっちゃけ笑えると思ってしまうリチャードの気配に。
『リチャード』
「はぃっ！」
ガラテア（叔父２号）には、やはり後ろにも目が有るのだ、と。
リチャードは子供の頃からの疑念と恐怖を払拭出来ぬまま、ベアトリーチェ（叔父１号）の部屋へと駆け足で向かった。
『はぁ、はぁ』
ただでさえ、私は動かない方だったのに。
子供になれば体力が戻るかもと、浅はかだった、運動不足が過ぎる。
「コレはどう言う事だろうかベアトリーチェ嬢（理事長）、寮長はどうしたんだい？」
「はい、リチャード理事長代理、クッコロさんが尋問中かと。男子寮でも同じ事が起きたそうですから」
成程、だからコチラに来れるだろう者が居なかったのか。
「そうか、では関係者だと名乗り出るなら今のウチだけれど、コレは凄く大事だ。ココで言うには勇気がいるだろうから、私は叔父上と同様にお茶会を開く、それが終わるまでが自首の期限。それまでなら名前をしっかり書いた投書も受け付けるから、良く考える様に。では、現場検証を始めるよ」
『では、私はお邪魔にならない様に。そうですね、先ずは、両親へ手紙をしたためますね。王都では子供にも忠言を推奨してらっしゃいますから、先ずは寮長の管理不足を訴えねばいけません。なんせ、無能な子供は爵位や家名を名乗る事すら禁じられる法が成立するそうで、少なくとも無能では無いと示さなければいけませんから。宜しいですかね、リチャード理事長代理』
「仕方無い、王都に親御さんが居る君が言うんだ、是非そうしてくれ」
『はい、では、失礼致します』
爵位を継ぐのは実子でなくても承諾される様になる、その噂はココへも流布させてはいたけれど。
私の、王都からの令嬢の言葉だと理解し、やっと青くなってくれた。
無能な子供は家との縁を切られる、実子だからと言って継げるとは限らない。
当たり前なのだけれど、親が子に媚びを売った結果、子は根拠も無しに親を信じてしまう。
そうして成人後に爵位を継げないと知った子は、裏切られたと感じ、そのまま親を殺す事も少なく無かった。
あの時代、あの世界で起きた問題。
だからこその学園でもあるのに、親の方が未だにバカでは。
このままでは、進歩は望めない。
なら、その親も切るしか無い。
トリスタンは過激だと反対していたけれど、今のトリスタンなら賛成へと転じる筈。
男子寮ではライリーすらも、被害に遭っているのだから。
「私は、私も、トリスタン伯爵と話し合うべきなのかも知れませんね」
すまない、君は優しい人だからこそ、悲しいのだろう。
けれど、憂うべきは将来、この国の未来。
「あぁ、でも叔父上は王都なんだ、後で宿泊先を教えるよ、ベス」
「ありがとうございます、リチャード次期伯爵」
リチャードは吹き出しそうになりながらも、スカートの端を持ったお辞儀をするベアトリーチェへと何とか礼を返した。
もう、今にも死んでしまいそうな形相で、唇を嚙みしめながら。
後で、この子も叱らないとな。
『もう、またそんな文章を書いて』
私は、絶望しながらも、自室の目の前のガラテアの部屋で。
ガラテアの隣で、自分への手紙をしたためていた。
[貴殿が作った学園はクソなので、誰か他の人に任せるべきです。]
「はぁ」
『ほらほら、そんなに落ち込まないでよ、まだ入学したばかりなんだよ？』
「もう充分だ、馬に乗って帰りたい」
『王都まで？近くだとニューキャッスルだよね、大体３時間としてもだ、流石に君でも日暮れは危ないんじゃない？』
「何で、こんな土地で、こんな事に」
『だからだよ、王都マンチェスターとグラスゴーを繋ぐカーライルの領主だからこそだよ』
「好きでなったワケでは無いんだが」
『でも君に才能があったからで。分かった、ハーブティーを淹れてあげるから少し落ち着いて。この甘い物も、胃に優しいヤツだから』
「すまん」
ずっと、領主は不向きだと思っていた。
だからこそ足りないモノは無いかと常に領民の意見に耳を傾け、親戚筋や兄弟姉妹にも聞いて、何とか領地を統治出来ていただけ。
未だに自分は支えられているに過ぎない、領主としての器には足らないと今でも思っている。
不備が有るだろう前提で常に考えているからこそ、節制と節約、倹約をしてこそ今の爵位を維持出来ているに過ぎないとも自覚しているからこそ。
しかも、この人相だ。
悪評を広めない為にもと、社交界には一切出なかったんだが。
今は後悔している。
もっとギャレットやリチャードの言う通り、少しは社交をしていたなら、子供達の裏に勘付けていたのかも知れない。
『もー、何を考えてるのか言ってくれないと、針治療するよ？』
「いや、もっと社交的にすべきだったな、と。トリスタン伯爵が、だ」
『いや、こうなると、それは却って邪魔になってたかも知れない。私も疎かったとは言えど、安易に出た方が良かったと言った事は撤回する、却って呑まれてたと思う』
「だろうな」
『違うって、トリスに有能な奥様が居て、全力で頑張ってやっと呑まれなかったかどうか。それ位に難しい事だよ、社交も裏を知るのも、学園も』
「あぁ、コレを見ると、確かにそうだな」
『あーぁ、他にもっと色々としたかんたんだけど、コレじゃもうカースト制度の廃止で人生が終わりそうだよ』
「だな」
『はぁ、子供を作っておくべきだったかも』
「そうか？」
『リチャードみたいに自分の意思を継いでくれる人を、だよ』
「あぁ、育てなかったのか」
『なんならココでと思ったんだけど、無理そうじゃない』
「お前まで落ち込んでくれるな」
『元同じ性別としてはさ、何か、凄く不甲斐ないなと思って』
「いや、今は、今はまぁ女子だが。そうだな、後はライリーからの情報か」
『コレも絶望的だったら、流石に計画を練り直さないとだよ』
「連絡はディナータイムに、だったか？」
『そうなんだけど、事態が事態だし』
「あぁ、最悪は向こうも、か」
ドアを開け放ったまま危険な会話をしている様に見えるが、ココは予め甥のリチャードが秘匿の魔法を掛けた部屋。
私の部屋も同様に、机を境界線に部屋の奥で話す事を他者が聞き取る事が出来ない仕様になっているのだが。
そのリチャードがドアをノックし、声を掛けて来た。
「失礼するよ、良いかな」
『ええどうぞ、何かお話が？』
「どうやら本当に男子寮でも騒ぎがあったようでね、人手が足りなくてね。ベスの部屋の最終確認の立ち合いを、王都を良く知るガラテア嬢にお願いしたい」
『はい、私は構いませんが』
「お願い致します、ガラテア嬢」
『ふふ、はい、喜んで』
また、リチャードは唇を噛み締めながら、礼を。
貴族なら、顔に出すなと教えたんだが、後で改めて話し合う必要が有るな。
「で、どうだろうか」
「盗まれたモノは、ハンカチ１枚だけです」
「そうか、なら、これらのリネン類は証拠品として預かるよ。替えのリネンを一緒に取りに行こう、中央管理棟にあるからね」
『では私もお手伝いしますわ』
「ありがとうございますガラテア嬢、リチャード理事長代理」
リチャード、笑いを嚙み締め過ぎだ。
コレは叱るしか無いな。
かなり視点がグチャグチャで読み辛かったですね、修正しました。
2024年4月3日。
