下手に知るからこそ不安は募る
試食会も終えて、時刻は一九時を回ったところだ。
御影は雫から和牛の他にも、色々と説明を受けていたので、気が付けば、流石に太陽も沈んできていた。
「それじゃあ、今日はありがとう! すごい色々勉強になったよ」
「うん、また、来てね?」
雫は胸の前で小さく手を振りながら御影を見送っている。
雫が営業として御影を誘ったという経緯ではあったが、雫も御影に仕入れに対しての、決定権がないことを理解しているので、特に押し売りなどをすることもなく、解散となった。
御影は今日の出来事を噛みしめつつ、『丸喜精肉店』を後にする。
帰りの道中の電車に揺られながら、本日の出来事を思い返す。
非常に、急展開な一日であった。
御影の胸中は、青春が始まるという期待には裏切られたが、それ以上に実りのある時間を過ごせたと充足感に満たされていた。
そして、また、ほんの少しだけだが、精肉の業界を知ることにより、実の両親が如何に難しい事に手を出そうとしているのかも、理解することとなる。
御影としてはこの九月二日を通して、今一度、父の冬二と母の裕子に、どこまでお肉ということに関して、勉強をしているのか知る必要があるのではと感じている。
ぶっちゃけ、無謀なことに挑戦しているのでは? という不安も胸中に浮かんできた。
しかし、高々半日雫に教えを説いてもらっただけの分際で、意見できるほどの知識もないという事も重々自覚している。
不安はあるが、両親の夢でもあるのだ。
息子の御影が本気で水を差せば、二人は立ち止まってくれるだろう。
それは御影自身理解している。それだけ、御影自身が大事にされているということは、十分に自覚しているのだ。
ゆえに、御影も生半可な知識で、冬二と裕子に焼き肉屋を辞めよう、と止めることはしたくないと思っているのだ。
御影は悶々とした気分のまま、気が付けば、電車は檜森家の最寄の駅に到着しており、少しだけ思い足取りで帰路につく。