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捨丸と姫様  作者: 羅都鬼
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第1話 捨丸、姫に初めて会う。

恋愛ものにチャレンジ。 戦乱の九州は博多が舞台です。作者が九州、福岡なもので……

人ごみの中で、その男は目立っていた。

 周りの者より、頭ひとつ、いやふたつばかり高い。

 六尺五寸(約百九十センチ)はあるだろうか、周りの男子たちが、五尺(約百五十センチ)前後なので、目立つことこのうえなし。

 通り過ぎるとき、彼をじろじろ見る人が多かった。

 ここは、海外との貿易が盛んな博多の町とのことで、町の人も、たまに見る毛唐(白人)の背の高さは見慣れていた。

 しかし、赤い顔で、毛むくじゃらの、とても同じ人とは思えぬ異人とは違い、自分達と同じ和人で、この様に背が高い男は珍しいらしく、おもわず顔を見るのだ。

 そして、そこに体格とは似て似つかぬ顔をみて、又びっくりすることとなる。

 色こそ日に焼けて濃いものの、雅やかな公家顔である。

 細面で、優しげなその面持ちは女なら誰でもほれてしまいそうである。

 旅に汚れた武者の格好であるが、大男なのに、荒々しさを感じさせない。

 眼があったおなご共は恥らって目を伏せ、おとこ共は舌打ちして眼をそらす。なんとも男としてうらやましいヤツである。

 本人はその方面にとんと弱く、元服して三年、一八歳になってるのにまだ女に興味がなく、二、三人、衆道趣味の男が言い寄ってきたが、ガンとしてはね付けた。

 彼を怒らせると、どうなるかは体格を見ればわかるので、皆、大人しく引き下がった。

 女が言い寄ってきたことがあるが、ほのめかされたぐらいでは気づかず、何もなく終わった。

 つまり、真面目人間、悪く言えば朴念仁なのである。

 名を五条捨丸といい、豊臣家の直参で、黄母衣衆に抜擢されたばかりである。

 母衣とは背中の指物の一種で大きく膨らませた風船の様な形状をしており、それを派手な色で染めて目立たせ、選ばれたものであることを誇示した。

 士官候補生として、使番や、主君の警護を担当した。ちなみに豊臣秀吉の母衣衆は、黄母衣衆で、約三十人であった。

 それがなぜに九州の博多にいるのか、いまからどうするのか本人も困っていた。

 今をさること一週間前に、秀吉の異父兄弟である、木下秀長に呼び出された。

 今をときめく豊臣家の権力者から呼び出されとて、勇躍、秀長の屋敷に行った。

 そこで、散々待たせたあげく、やっと出てきた秀長は、上座に座ると、座敷にて平伏する捨丸にこう言ったた。

 「五条捨丸じゃな?」

 「ははッ」

 「喜べ、そちゃ今日から母衣衆じゃ」

 「あ、ありがたき幸せにございます」

 思いもかけぬ言葉に、捨丸は感激して言ったた。

 母衣衆になるということは大変な名誉なのだ。

 「ただし、初仕事がある」

 顔を少しゆがめていった。

 「何でござろう?」

 「おぬし、豊臣家の非公式な使者として、九州は博多へ行き、色々探ってまいれ」

 捨丸は驚いた。探って来いとは!

 自慢じゃないが、気ばたらきとおなごあしらいは豊臣、羽柴家中一、二をあらそうだめさ加減であると自認している。

「拙者、隠密は無理でござる。なにとぞ、平にご容赦!」

 そう言うと、平蜘蛛のようにはいつくばった。

 「ふッ、何も、おぬしに影働きは求めておらん。」

 秀長はあざ笑う様に、片頬に笑みを浮かべた。

 「堂々と行って来て、豊臣の非公式な使者と名乗り、しっかりおぬしなりに調べればよい」

 「そ、それならなんとか成りましょうが、出来うれば、拙者、戦いの方が宜しゅうござる。」

 そう言いながら、捨丸は冷や汗をダラダラ流していた。

 なにしろ、豊臣家一の権力者に逆らっているのだ、恐ろしかった。

 噂があった、秀長の逆鱗に触れてひどい眼にあった人の噂が、豊臣家家中でたっぷり流れていた。

 秀長は、表向きは実直だが、裏では非常に厳しく、特に金にうるさい。

 良い意味では、豊臣家が裕福なのは彼のおかげだといわれていた。

 悪い意味では金儲けのため、酷い事もするということだった。

 あの、秀吉さまに、意見できる数少ない人物でもある。

 そして、捨丸はここで逆らうのは得策でないことぐらいはさすがに心得てはいたのだが、言わずにはいられなかったのだ。

 「ほほう、嫌か?ならば母衣衆の件、考え直してもよいのだぞ。」

 秀長はこの男、慌てるだろうと思い、皮肉たっぷりに言った。

 ところが:::。

 「はあ、それも良い考えですな」

 ホッとしたように、捨丸はキッパリ言った。

 あてが外れた秀長は、慌てて言った。

 「ま、待て! それで良いのか? 母衣武者は、名誉なのじゃぞ。誉じゃぞ」

 「はい、かまいません。戦で手柄を立てまする」

 きっぱり、男らしく、さわやかに言った。

 その背筋の伸びた雅やかな姿は、男の秀長が見てもすばらしかった。

 それ、その姿、形が欲しいのよ。そう秀長は思い、あわてて言った。

 「むう、もう決まったことじゃ。豊臣家の家臣として謹んで受けよ!」

 「は?しかし、さきほどは……」

 「だまれ、だまれ!豊臣家の大事なのじゃ!」

 「はッ。謹んでうけまする」

 覚悟を決めた捨丸は、キッパリと言うと、頭を下げた。

 その姿は、雅やかで、そのへんの荒くれ武者とはだいぶ違っていた。

 さすが、傍系の一族とはいえ、公家の流れをくむ男。秀長の思惑通りの男だった。

 しかも、調べたところによると、文武に優れ、特に槍、刀については、ここ、大坂城でも一、二を争うらしい。

 秀長にとって、この見かけが大事なのである。

 豊臣秀吉の使者として目だって、しかも、非公式の使者としてかき回してもらうつもりなのである。

 「それでは、これにて失礼仕ります」

 そう言うと、捨丸はサッサと退室しようとした。

 「あ、待て!まだ何を調べに行くか言っておらんぞ」

 慌てて秀長は制した。

 「あ!」

 「粗忽者め!」

 あらをほじくるのが大好きな秀長は、なぜか捨丸に好意をもってしまった。

 「ちゃんと聞いてゆけ、よいな!」

 「は!」

 秀長は話し始めた。

 「今、豊臣家がどういう立場なのかはわかるな? 秀吉様は信長公に代わって、いまや天下布武をされようとしておる。

 そして、仕上げは九州統一じゃ。

 九州遠征の為の大軍を集めようとなされておる。一応、九州の大友宗麟からの援助要請に応ずるという形をとっておるがな。 そこでじゃ、その前に気になることを調べておかねばならん。 ということで、そちじゃ。何を調べるか、わかるか?」

 「はい、とんとわかりません」

 素直に応じる捨丸に得意のイヤミも思いつかず、秀長は説明した。

 「キリシタン宣教師の裏を探ってまいれ!」 

 「はあ?」

 ますます困惑する捨丸。

 「きやつら、貿易の利で九州の大名をたぶらかし、信者を急速に増やしておるらしい。

 そのうえで商人、大名、宣教師、この三つが組んで不正な貿易をやって、それぞれ利益を得てるらしい。

 その輸出の品にはなんと数多の女子が含まれておるとのこと。 遠くはエウロッパまで運ばれて、春をひさがされ、劣悪な扱いで、多くは死んでおる。

 男は明で盗賊に売られ、倭寇として働かされておるという。

 それに何ということか! 

 長崎ではバテレンが領主となり、支配をしておる! 

 この様にして支配地を広げ、最後には日ノ本全てを手に入れようというのが宣教師たちの手じゃ。」

 捨丸、びっくりしておる。声も出ない。

 宣教師というものがどのようなものか余りわかっとらん上に、この様な事を言われも、というのが正直な心境だ。

 しかし、秀長はかまわず話つづける。

「このようなたくらみは、ルソンあたりではもう、成功して、きやつらバテレンどもに支配されているというぞ。あの宣教師たちは先遣隊じゃ! 

 と、宣教師たちに敵対する国の、オラ、なんとかという国の毛唐が申しておったそうじゃ。

 それを聞いて、この秀長、これは大変と調べておる次第じゃ。 もちろん、秀吉様からの命でもあるぞ。」 

 とってつけた様な最後の説明ではある。

 本当に秀吉様直々の命かどうかは疑わしいが、遂行せねば捨丸に豊臣家の明日はない。

 「は、はーッ。直ちに!」

 捨丸、頭を下げ、下がろうとする。

 「まあ、まて、まだ続きがある。これ、散吉! 散吉!」

 「は、これに」

 正面の庭に、手に箒をもった小男が現れ、片足ついて頭を下げた。

 「小者の散吉じゃ。九州に詳しい。連れて行け。わからぬことがあったら聞くがよいぞ。

 かかりはわが家の者から貰っていけ。

 話はしとる。では頼むぞ。」

 そういうと、秀長は忙しげに去っていった。

 残された捨丸と散吉。

 なんとなくきまり悪く、お互い微笑みあいながら呆然としていた。

 * * *

 旅が始まった。探索の旅が。

 そして今、九州は博多の雑踏にたちすくす二人である。

 捨丸は手に槍を持った武士の旅姿である。

 お供の散吉は背中に大きな荷物を背負っている。

 博多の町に、到着したばっかりである。

 大きな町だ。堺と同じ商人の町であるが、海外貿易の盛んな町らしく、時々異人の姿が見える。

 異人といっても、和人にそっくりで、服装だけが大きく違う唐人や、毛むくじゃらで、赤ら顔の毛唐人がいる。

 彼らの集団が、捨丸の側をべちゃくちゃ喋りながら通りすぎる。

 なんと言っとるのか、さっぱりわからない。

 「のう、散吉殿よ。なんで、唐人、毛唐人と言うのかのう?」

 「唐という国から来た人という意味で唐人でござる。毛唐とは毛むくじゃらの唐人という意味でござろう。もちろん、唐人ではござらんが、めんどくさいので毛唐となったのでござろう。」

 「なるほどのう、毛むくじゃらのう、確かにそうじゃ。は、は、は。」

 「これ、これ。聞こえると怒られますぞ」

 散吉は天真爛漫の捨丸をたしなめる。

 なんせ、十八歳じゃものなぁ。そう思う、三十になったばかりの散吉である。

 「どいた、どいた!」

 牛に引かれた大八車がすぐ後ろに迫っておった。

 街のど真ん中にボーっと立っておった二人、あわてて道をゆずる。

 ガラガラと音を立てながら、荷物を満載した大八車が過ぎていく。

 よく見れば、あちこちに大八車は道を行き来し、人々も何だかあわただしい。

 町を行き来する人々の顔もさえない。

 どうやらいくさが近いようである、不穏な空気が流れている。

 「のう、散吉殿。これからどこへ行こう?何をしよう?」

 「は? わしに聞くんですか?わしはただの小者ですぜ。あなたが調べる人です」

 「堅いこと言うなよ。いくら拙者が朴念仁でも、秀長さま直々のお声がかりの小者が普通じゃないことぐらいわかる。お目付け役であろう?ざっくばらんに行こう。」

 散吉は大きくため息をついた。

 「確かに。あれはないです。誰でもおかしく思われますな。わしは伊賀もんです。捨丸様を裏から手助けすることと、目付けを命じられとられます」

 「裏からじゃなく、表から頼む」

 そう言うと、捨丸はきょろきょろしていたが、目ざとく一軒の店に目をつけた。

 「はらが減った! のう、散よ。あれは食い物屋であろう。入ろう、入ろう」

指差す先には店が何軒も続く中に、なにやら旗のなびく店がある。

そこには『満腹屋』とある。間違えようがない。

 散吉は引きずられるようにして店に入った。

 こうゆうことには行動が早い。さすが十八歳じゃ。

 わしもその年ぐらいの時は食い気と色気しか頭になかったのう、とじじくさいことを考えていた。

 もう目付けはだめだ、巻き込まれてしまったわ。

 今からは仲間というか、いや弟のような気がする。

 なにやらうれしい散吉であった。

 「いらっしゃい!」

 元気な声で店の若い衆が答える。

 広い土間には長い食卓と長椅子が並んでいる。

 けっこう混んでおる。

 二人は長いすの隅っこに座った。

 「なん?」

 ほっぺの赤い小娘が方言で、注文をとりに来る。

 捨丸、散吉をみて、お前が詳しいだろ、注文せいや?

 と、目で合図する。

 散吉、ため息をついて……

 「博多は魚がうまい。煮付けをたのむ。それと、飯はあるか?」

 「煮付けはあるばってん、飯はなかとよ。団子があるとよ」

 「うむ、煮付けと、団子も頼む。酒は?」

 そう言って、捨丸をみると、コクコク頷いている。

 「酒もな、一本ずつ頼む」

 「へー」

 小娘は戻っていった。

 さて、捨丸は九州、博多に来るのは初めてとて、いや戦以外で、遠くに来るのは初めてなので、見るもの全て珍しく、キョロキョロしていた。

 「おいし〜、おいし〜」

 目の前で、妙齢の女性が魚の煮付けを食べて、さかんに言っている。

 今まで、なんで気づかなかったんだろう?

 おそらく、食い気にはやっていたからかなあ。

 それが一段落したので、色気? に気づいたんであろう。

 その娘は目立っていた。すごい美人で、目立っていたのではない。

 顔は、この時代のの美人の基準からは少しずれている。

 眼は切れ長で、ややつりあがり、鼻は小ぶりでやや上を向き、口は唇薄く、横に広い。顔の輪郭は面長で、少し受け口ぎみである。

 それらが合わさって、結構個性的な顔立ちだ。

 醜女とは言わんが、美人とも言いがたい。

 まあ、チョト可愛いといったところか。

 で、何で目立ってたかと言うと、その小袖にあった。

 鮮やかな赤の着物で、ところどころに花が咲いてる。

 廻りの人々が藍色や、黒っぽい模様の着物ばかりなので、まるでそこだけ花が咲いてるみたいだ! 

 服と、顔が合わさって、まあ、華やかに見えること!

 その娘が天真爛漫に食べながら、おいし、おいしと、鈴の音が鳴るがごとく騒ぐのも、捨丸は心地よかった。

 どうしたことだろう? こんなことは今まで無かったのに、と思いながらも、眼が離せなくなってしまっていた。

 周りの客は、この様子をまるで無視して、飲みかつ食らい、大声をあげて語らい、食事をたのしんでいる。

 食べ物を待つ間、目が離せなくなっていた捨丸に散吉が気づいた。

 これは、捨てどの、やられたのう……

 若き日の自分を思い出して、悪いとは思ったが、ニヤニヤ笑いが止まらなくなった。

 「へーお待ち」

 小娘が運んできた物を、ドンと二人の前に置いた。

そして、忙しく去っていった。

 「来た、来た。捨丸殿、来ましたぞ。あったかい内に食べますぞ」 

 「はあ」

 あれほど食い気にはやっていた捨丸、あまり食欲がない。

なぜじゃろうと思いながらも、箸を取った。

 生醤油でさっと煮ただけの、魚の煮付け。湯気をあげる米粉で作った団子。そして、濁り酒のはいった、無地の、太目の徳利とさかづき。さかづきには薄い青で魚が描いてある。

 横では散吉が盛んに食い、かつ飲んでる。

 「うむ、この魚は美味い、してこの酒が又美味い。団子もなかなかじゃ」

 うむ、うむ言いながら夢中で食いかつ飲んでおる。

 捨丸も取りあえず、箸で煮魚をむしり取り、口にいれる。

 これはなんとしたことか!こんな美味い魚を食ったのは初めてじゃ。

 そして、腹がへっているのに突然気づく。

 夢中で、魚を食らう捨丸。続いて団子も食う。

 うん、これも美味ァい! 

 濁り酒で、のどを潤すべく、杯にそそぐ。

 底に描かれた魚が、濁り酒を通して薄っすらと見える。

 普通、白く濁って、底なんか、何も見えんはずなのにのう。

 この濁り酒はひょっとして、水増しいてあって、薄いのか? ゴクリと飲む。

 美味ぁい!

 芳醇な香りに包まれてのどを落ちる。ちっとも薄い酒ではないぞ。

 なぜじゃ?なぜこんなにうまい。そう思いながら、飲み、かつ食らう。そして、いつの間にか言っておった。

 「うまい、うまい!」

 隣では早々と食い終わった散吉が、爪楊枝を使いながら、講釈をたれている。

 「いやー、うまかった。博多は何時来ても食い物がうまいでござるのう。魚は新鮮じゃし。酒は濁り酒を濾してあるで、濃厚、かつ切れがよい。酒の色からして違うでござろう?日本一じゃ。ここのを食うと、京、大坂の飯屋のは食えませんぞ」

 食い気が治まった捨丸、そんな講釈など聞いてはいない。

 さっそく彼女に視線はくぎ付けである。

 そこではなにやらトラブルが起こっていた。

 彼女には初老の武士がひとり、お供に付いているみたいであった。

 月代の広くなったその武士は、身体のあちこちを必死で探っていた。

どうやら財布を捜しているらしい。

 「こりゃ、あの御仁、掏られたな、田舎もんは町ではカモじゃからのう」 

 散吉は面白そうに言った。

 だが、心配そうな顔になった娘を見て、捨丸は思わず声をかけていた。

 「そつじながら、拙者が立て替えよう!」 

 ほんとに、初対面なのに、何を言っているのやら。女に惚れた男は無鉄砲である。

 初老の侍、ムッとして断ろうとした。

 だが、その時、初めて捨丸を見た娘、嬉しそうに、パッと明るくなって返事してしまってた。 

 「まあ、有難うございます」

 どうも、捨丸が好みの男だったらしい。

 相思相愛でありますなぁ、ふ、ふ、ふ。

 「姫、知らない方から借金するわけにはいきませんぞ」

 「でも、蒲池かまち、ここは博多、わが故郷の八女やめから何十里と離れておる。今すぐは借りれまい?」

 「うーむ」

 「あ、いや拙者、豊臣秀吉様にお使えする、母衣武者、

 五条捨丸と申す。けっしてあやしいものではござらん」

 「え?五条?なんと偶然な。私も五条家のものでございます」

 「な、なんと!そういえば、五条の本流は九州にありと聞いたことがござる」

 「これは、これは。親戚の方でござったか、しからば有難くお借りいたす」

 捨丸は自分達の代金も含め、彼ら侍従の代金も支払った。

 店を出た一行は、なんとなく店の側で佇んでおった。

 姫(?)は捨丸に深々とお辞儀をすると言った。

 「捨丸様、有難うございました。私達、これから神屋宗湛かみやそうたん様のお屋敷におせわになります。捨丸さまはどちらへ?お代金をお返ししなければなりませんので、お教えください」

 「き、奇遇でござるな、我らも、豪商、神屋宗湛どののところへ行くところでござった」

 「まあ、そうですの?嬉しい!一緒に参りましょう」

 「そ、そうでござるな」

 それで、一行は神屋宗湛の屋敷へ、ブラブラと向かった。

 散吉が小声で聞いてくる。

 「捨てどの、捨てどの。何時から行き先が宗湛殿と決まったのでござるか?」

 「うん、今決まったのじゃ。拙者が主だからよかろう?」

 「は〜お好きにどうぞ〜」

 捨丸は委細かまわず、聞く。

 「ところで、姫様、お名前をお教えください」 

 姫は、一瞬慌てた様子であった。

 くちごもって、服の袖口を握り、なにやら考えていた模様であった。

 なんでじゃろう?ただ、名を聞いただけなのに。

 「あやめ!あやめにございます」

 「おう、可憐な!服の柄と同じではござらんか!拙者、感激でござる!」

 べたぼれ丸出しのコメントに、笑うしかない散吉であった。

 「え、えー。姫様の名はお虎ではござらんか!何時変ったのでござるか?」

 「えい、黙れ!その名は、父が勝手につけたもの。私のように可憐な乙女にふさわしくない!『あやめ』、これがふさわしい。ね?捨丸さま!」

 「は?は、はい」

 べつにお虎でも、あやめでもどちらでもよかったが、ほれた弱み、あなた様のいうとおりとばかり、コクコクうなずく捨丸、しらける散吉であった。

 だが、お供の侍は納得しないようである。

 「ひ、姫!その名は、殿様があなた様が生まれる夜、虎が現れ、赤ん坊に我が名をつけよとお告げがありつけられたもの。ありがたいお名前でござるぞ!」

 「ええもう、聞きたくない!女子おなごにお虎とはどういう神経じゃ。我が父をうらむ〜」

 「ま、まあ、まあ。どちらもお似合いでござるよ」 

 「いえ、『あやめ』とお呼びください、お願いします」

 「は、わかり申した」

 ぐわーっ、馬鹿くさいと思う散吉であった。

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