1日目④ 起きてしまった殺人
飯田さんは、自分が疑いの対象から外れたかのように、突然古田くんに質問をぶつけた。
「古田くん、貴方は自室で何をしていたの」
「……何をって?」
突然話を振られた古田くんは、頭の中で質問の意味を理解していないのか、不思議そうな表情で首を傾げた。
「貴方は男子の階で私と新くんの事があったのに、部屋から出てこなかった」
古田くんは、少し間をあけて答える。
「……出てくる必要ありました?」
その回答を聞いた飯田さんは、呆れたように聞き返した。
「普通、騒ぎを聞いたら見にきませんか?」
「まぁ……部屋のすぐ真ん前でバチバチやられてちゃ、出たくても出れませんよね」
「……ちょっと待ってよ」
口を開いたのは潤だ。
潤の声は震え、全員を見るその目からは光が失われていた。
◆◆
潤の一言に、全員は黙って視線を向ける。
「もう、良いじゃないか」
潤は立ち上がって、会議室から出て行こうとする。それを「待ちなさい!」と飯田さんが止めた。潤は振り返って全員の方を見る。
「これじゃあ、このバイト主催者側の思う壺」
潤は体の向きを、もう一度会議室の方へ……全員の方へ向けた。
「もう犯人は人を殺せないし、残った俺たち8人が誰も殺さなければ……ナイフを持たなければ良い話。疑心暗鬼になったって、あと4日は出れない」
そう言うと、潤は首輪を人差し指で優しく撫でる。まるで「出ることは不可能」と言うように。
「それはもう言ったわ」
そう反論し始めたのは新だ。
新は立ち上がって、扉の前に立つ潤に向かって攻撃的な視線を向ける。
「食堂で言ってたろ?中身を取り出さなきゃ良い……だけど言ったその日の夜にこれだよ、言った事を守れてないからこうなってるんだろ?!」
友人を殺されたのが相当頭にきているのか、新はずっとイライラしたままで、よく大きな声を出していた。
「俺はまた殺人が起きると思うぜ」
「それは、自分の殺人予告かしら」
そう聞いたのは葉月さんだ。
新は歯を食いしばる。
「そうだよ」
「……」
「俺は犯人が分かった時、これで犯人を殺る」
「それだと」
「仕方ねぇだろ!犯人だけ人を殺して20万円持って出る?なんでそいつだけ得しねーといけねぇんだよ!あいつは苦しんで死んだんだぞ?!」
新の大きな声は、夜の会議室に響き渡る。
「……それだと、状況は変わらない」
「あ?」
「その思考でいたら、殺人の連鎖は終わりません」
新はズカズカと葉月さんの方へと近づいていく。その様子を見た坂本は、慌てて新の前へ立ってその足を止めさせた。
「あいつがどんな思いでこの募集に乗ったか!」
「……そんなの、ここにいる全員がそれぞれの理由を持っています。貴方や和田さんが特別なわけじゃないです」
その言葉を聞いて、潤の話を思い出す。
彼は両親の為にここへ来た……それと同じように、ここにいる人たちには何かしら理由があるのだ。
「……俺は許せない」
新は方向を変え、会議室の出口の方へと向かって行った。潤は横に避け、その前をズカズカと進んでいく。
「夜12時には部屋に入らないといけません。皆さん気をつけて」
潤に言われ、時計を見ると11時を回っていた。
あと1時間で徘徊禁止時間だ。
潤はそれだけ言い残すと、会議室から出て行った。
◆◆◆
古田くんは小さなため息をつく。
「仕方ないです。こうなっても」
葉月さんは無言で立ち上がり、その場から去って行った。追うようにして、真帆ちゃんもスタスタと会議室から出て行く。
「耐えられない……」
坂本くんは立ち上がり、会議室から出て行く。だが会議室から出て行って向かった方向は左……出口の方向だった。
――確か、出たら……!
彩乃は急いで会議室出て左折をした。坂本くんは出口に向かって、何かに操られるようにふらふらと歩いていた。
「待って!」
「触らないで!!」
強い力で手を振り払われた。
「近づかないで……僕に近づかないで!」
「坂本……くん?」
坂本くんは涙を流しながら、首を小さく横に振る。
「こんなの……聞いてない……無理だ、無理だ……殺される、全員殺される!殺し合いがぁぁ」
坂本くんは両手で頭を押さえる。
「坂本くんっ」
「もう誰も……誰も信用できないぃぃ」
彼は天井に付いている監視カメラに向かって、子供のように訴え、泣き叫んだ。
「ここから出してくださいぃぃ!お願いします!」
彼は突然、土下座を始める。
「出してくださいぃぃぃ」
声は裏返り、その体は震えていた。
「そっとしておきましょう」
「っ!」
気づかぬうちに隣に立っていた古田くんに驚く。古田くんは「驚かせてすみません」と言うと、来た道を戻って行った。
――出ちゃ、ダメだよ
そう言おうと思ったが、古田くんの「そっとしておこう」という声が彩乃の言葉を封じた。
「……おやすみ」
彩乃はそう言うと、自室へ戻って行った。
◆◆◆
自室に戻った彩乃は、ノートを開いてメモをする。全員の名前を書き、和田の所にはバツを書いた。
――一人だったのは5人
古田くんのメモの内容を思い浮かべる。
真帆ちゃんと葉月さんは、真帆ちゃんの部屋に2人でいた。潤と彩乃も共にいた。その4人以外はアリバイが無い。
「誰も信用できないぃぃぃぃ」
坂本くんの泣いて怯える様子は、高い確率で人を殺していないと言える。
「これで犯人を殺る」
次に浮かんだのは新の「これで犯人を殺る」という言葉だった。彼はこのナイフで一人しか殺せないのを十分に理解している。ふと出た怖い言葉だが、それは自分がまだ人を殺せる……そう言っているのと同じだ。
つまり、彼も人を殺していない可能性が高い。
彩乃は、残り3人の様子を必死に思い出す。
推理をするように他人を攻撃し始めた飯田。
何処か余裕そうにメモをとり、淡々と飯田に返事をしていた古田。
そして、目線を合わせず一言も話さなかった琴美。
彩乃は時計を見ると、11時24分だった。
まだ話せる時間はある。
◆◆◆
彩乃はドアをノックする。
ドアはゆっくりと開き、ツインテールを解いた琴美ちゃんが顔を出す。
「……何ですか」
「少しだけお話、良いかな」
気分は刑事さんだ。
彩乃は椅子に座り、琴美ちゃんはベッドに腰掛ける。
「琴美ちゃん、どう思ってる?」
「何が」
「和田くんが殺された事」
やはり、彼女は目を合わせない。
和田が殺される前……女子たちでお風呂に入った時はしっかりと目を合わせて話をしていた。
「私には関係ありません」
「……え?」
「私はあの人を知らない。殺してないし、話したわけじゃない。だから私とあの人は関係ない」
琴美ちゃんは立ち上がり、金庫の前でしゃがんだ。ダイヤルを回して、金庫を開ける。中から青グリップのサバイバルナイフを取り出して、彩乃に見せた。
「血なんて付いてない」
それは証拠にならない。
部屋には洗面所がある……人を殺した後、ナイフを洗う事など可能なのだ。
「血は洗える」
「なに、疑ってるんですか?」
「正直、琴美ちゃんと古田くんと飯田さんの3人の中にいると思ってる」
琴美ちゃんはサバイバルナイフを持ったまま、ベッドに再び腰掛けた。右手で持ったナイフをペチペチと左手に優しく当てている。
「新って人が、殺してない証拠は?」
「え?」
「後もう一人、あのメガネの男の人が殺してないって言う証拠」
琴美ちゃんはようやく、冷たい視線を合わせてくれた。
「人の事を疑って、血は洗えるとか証拠の事を言ってくるんだったら、候補から外れた2人の証拠を提示してからにしていただけますか?」
「……ごめん」
琴美ちゃんはため息をつき、サバイバルナイフを金庫にしまった。
「時間、過ぎますよ」
時計を見ると、50分をさしていた。
あと10分で徘徊禁止時間。
「ありがと」
小さくお礼を言うと、彩乃は部屋から出て行った。
◆◆◆
「はぁ……」
廊下でため息をつく。
後ろを振り返り、外を眺める。
「……?」
背後から足音が聞こえた。




