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第二十一話 対象と対照

「やあ、おはよう~。体調はどう?」


 目が覚めてまず最初に認識したのは見知らぬ天井。

 そして、まだぼんやりとした頭で「小説で何度も読んだありきたりな展開ね」などと考えながら目線を移動した先に、へらへらと笑いつつ片手を振る男の姿があった。


「……っ!! うわぁあああっ!!」

「わぁ、びっくりした~!」


 次の瞬間――ワンテンポ遅れて覚醒した脳みそが今までの出来事をありありと思い出し、勢いよく上半身を起こしてからやっと自分が今ベッドの上にいるのだということを理解する。


「はっ、はぁっ……!」


 ああ、“また”よ。『また』だわ!

 出血性ショックで死ぬ未来しか許されていなかったはずの私は生きていて、王を名乗る男に切り落とされた両手が生え揃い、裂かれた腹の傷口まで綺麗に閉じて内臓を収納しているではないか。


(どうして? なんで? 毎回毎回、どういうことなの!? 気が狂いそう……!! 何が起きて、)


 嗚呼……この国に来てから、いったい何度そういう風に考えただろう?


「……理解が及ばない事象に混乱してしまうのは、当たり前で仕方のないことだよ。でも、まずは落ち着いて? 可愛いお嬢さん」

「はぁっ、はぁっ……」

「はい、どうぞ」


 穏やかな声音で言葉を紡ぎティーカップをこちらに差し出すその男は、よく見れば教会で私を助けてくれたあの蜘蛛男(羊男?)だった。

 向かって左側の目は前髪で隠されており、少し厚い唇で常に弧を描くその口元がやけに印象に残る。良く言えば「穏やかそう」、悪く言えば「胡散臭(うさんくさ)い」。


「……」


 それでも、あの“地獄”から私を助けだしてくれた恩人である事に変わりはない。

 ティーカップを受け取り「助けてくれてありがとう」と伝えれば、彼はただ「お礼を言われるほどの事はしてないよ」と朗らかに笑い、(かたわ)らのナイトテーブルからティーポットを持ち上げ私のカップに紅茶を注ぐ。


「……あの、私、」

「お嬢さんの身に何が起きたか、どうなってるのか……それを話すのは、もう少し心を落ち着けてからでも間に合うよ」

「そっ……ええ、そうね……」

「シュガーはどれくらいが好み? ミルクは使う? それとも、レモンティー派? ストレート派? ちなみに、俺はミルクティー派〜!」

「……シュガー二杯と、ミルクを頂くわ。私もミルクティー派なの」

「あははっ、お揃いだね〜? はい、スプーンもどうぞ」


 透き通る液体へ混ざっていくミルクを眺め、溶けきっていないシュガーのザリザリとした感覚をスプーン越しに感じている間に、脳みそが冷静さを取り戻し心に『余裕』が帰省した。


「……」

「毒も睡眠薬も入ってないから安心して飲んでね」

「……お気遣いありがとう」

「ふふっ、どういたしまして」


 蜘蛛男(それとも羊男?)は私の皮肉に対してもただ小さく笑い、ベッドサイドに椅子を運んで腰掛ける。

 その一連の動作を見送ってから紅茶を口に含めば、ほのかな渋味がふわりと舌の上に広がった。


(……紅茶に、睡眠薬……お母様……?)


 何か思い出しそうなのに、曖昧すぎてはっきりと形にならず崩れる記憶。

 これも“また”よ。夢の中で赤の王と対面した時、思い出してしまった大切な事が海馬から抜け落ちている。


「さて。それじゃあ、質問ごっこを始めようか」

「……単刀直入に聞いてもいいかしら?」

「うん、どうぞ~。俺は質問に回数制限を(もう)けてないから、遠慮しないでね。質問攻めには慣れてるんだ~」


 あるかどうかわからない『裏』についてはさて置き、『表』はえらく広い心の持ち主らしい。


「貴方はいったい何者なの? 蜘蛛? それとも羊?」

「え~? ご覧の通り、俺は普通の人間だよ。性別はオス!」

「……」


 ああ、久しぶりだわ。喉の奥が焦げるようなこの感情。お母様に嘲笑(あざわら)われたとき以来かしら。


「ふざけないで。私が気づいていないとでも思っているの?」

「ふふっ……何に?」


 きらり。男の小指で、どこか既視感のある指輪が光を弾く。


「貴方が()()()()()なら、赤の王に『呪い』を受けているはずよ」

「……さすが。見た目どおり、聡明(そうめい)なお嬢さんだね」


 そう――……あの教会で出会った時、王は彼に一度も『呪い』の言葉をかけなかった。いや、かけることができなかったと言うべきなのだろうか。

 口頭では「会いたくなかった」と言いながらもその場に居ることを(ゆる)し、いつまでも喋ることを容認して、逃走までも了簡(りょうけん)した。本当にその全てを阻止したかったのであれば、「出ていけ」「黙れ」「逃げるな」と『呪い』を使ってしまえばいいだけだというのに。

 王にとっては簡単な話だろう。それなのに、だ。


「どうして王は“そう”しなかったの? あの場で聞いていた限り、貴方達は仲良しと呼べる関係でもないでしょう? 貴方は王を毛嫌いしていないようだけど、少なくとも『彼』は貴方に酌量(しゃくりょう)の余地を与えるほど好意的には思っていない」

「はっきり言われると傷つくな~……俺は王様と仲良しなつもりなんだけど……」

「一方的な解釈はどうでもいいの。王が貴方に対して『呪い』を使えなかった理由は、貴方が人間ではないから。違う?」


 私の問いを聞いて、男はくすりと笑い紅茶を一口飲み込んでから緩くかぶりを振る。


「王様が俺に対して能力を使えなかったって認識は大正解。けど、俺が人間じゃないからって理由じゃないよ。ちなみに、俺は厳密に種類分けするなら蜘蛛で~す」

「えっ……?」


 蛇になれる王が人型をして自称・芋虫に蝶の羽が生える世界だ、自分は蜘蛛だと言う男の手足が合計四本でも今さら不思議に思わない。


(でも、それなら……)

「彼の『呪い』は生物だろうが静物だろうが、有機物でも無機物でもその真価を発揮する。彼が本気で“全て消えてしまえ”とこの世界を呪えば、息を吸った次の瞬間には人類皆滅亡。宇宙まで丸ごと綺麗さっぱり無くなってるだろうね〜」

「!?」


 王の力がそれほどまで強いものだなんて予想外もいいところで、思わず生唾を飲み込んだ。


「そう……彼が能力を発動させるために、対象が何かなんて関係ないんだよ。そんなことは、砂よりちっぽけな問題なんだ。だからこそ、みんなは彼を恐れてる……ああ、そうだ。お嬢さんの身に何が起きたのか知りたがってたよね? 教えてあげるよ」


 蜘蛛男は口元に弧を描いたまま、隻眼(せきがん)を細めて穏やかな声で言葉を落とす。


「お嬢さん。君は、王様に呪われてる」


 それは、ひどく絶望の色を滲ませていた。

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