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第二十話 蜘蛛の糸

(誰……?)


 いいえ、この際そんなことはどうでもいい。

 この“地獄”から私を救い出してくれるのであれば、何でもいい。


(助けて……)

「ふふ……いいよ。助けてあげる、可愛いお嬢さん」


 朦朧(もうろう)とする意識の中で、脳みそに直接声が響く。

 まるで頭を撫でるかのように穏やかな声音はひどく安心感を覚えさせ、こんな絶望的な状況だというのにその返事を聞いただけで「もう大丈夫」などと考える自分がいた。

 どうして私の思考がわかるのか、いったいどこから話しかけているのか。普段であればそこまで分析した上で、信じるに値する“もの”であるか判断しているというのに。


(……心が読める生き物……?)

「うーん、それは少し違うかなぁ。俺が聞こえるのは、救いを求めている人の声だけだよ」

「……」


 今の返答は私の脳内のみに届いていたわけではないらしく、(きびす)を返して立ち去ろうとしていた赤の王が足を止めて振り返る。

 そして『何か』をその視界にとらえるなり、綺麗に整った顔を不愉快そうにしかめて口を開いた。


「……どこから入った」

「安心して、ちゃんと正面の扉から入ったよ~!」


 今のやりとりで“声”の正体がようやく判明する。


(これ……?)


 先ほど糸を伝い天井から降りてきた小さな蜘蛛が、人の言葉を喋っているのだ。


「よくものうのうと私の前に現れたものだな。お前の面の皮の厚さには感動すら覚える」

「も~……王様。せっかく久々に会えたんだから、そんな顔しないで?」


 蜘蛛の返事を聞いた途端まさに「苦虫を噛み潰したよう」な表情を浮かべた彼を見て、私と顔を合わせているあいだ常にどこか余裕を持ち合わせていた『王』はいったいどこへ行ったのだろうかと問いたくなってしまう。


「……“せっかく会えた”……? 言葉は正しく使うものだ。私はお前に『会いたい』などと血迷った考えを抱いた時間は人生で一瞬も存在しない」

「またそんなこと言って~」


 素直じゃないなと蜘蛛が短くぼやいた途端その小さな体は大きくぐんぐん変化し始め、まばたき二つ分の時間で私のすぐそばに見知らぬ男性が現れた。


(誰……?)


 横たわった今のままでは後ろ姿しか確認できず、男性である事と髪がバター色をしている事しかわからない。

 夢の中で出会った赤の王が“そう”であったように、彼も蜘蛛になれるのか?それとも、蜘蛛そのものが彼なのか?

 脳にぷかりと浮かび上がったそんな疑問はあっという間に薄れ、血を流しすぎたせいか頭が上手く回らなくなってきた。


「……お嬢さん、“この教会を出るまで意識をしっかり(たも)て”」

「……っ!?」


 ああ、またよ。まただわ。彼の『言葉』を実際この身に受けてから、ずっと違和感があったの。


(冗談じゃないわ……)


 私の意識が朦朧としていたのは、決して眠気だとかそんな生ぬるい理由ではない。

 出血性ショックとは文字通り出血によるもので、傷口を縫合(ほうごう)し輸血でもしてもらわない限り失った血が体内に戻って来ることはない。自分や他人の『思い込み』なんてものでどうにかなる問題ではないのだ。

 それなのに、王を名乗るこの男は()()()()でいとも簡単に私の意識を引きずり戻してしまったではないか。


(そんなこと、)


 そんなものを『呪い』なんて三文字で片付けられてはたまったものじゃない。

 これはもっと――……化け物じみていて、常識や理解の範疇(はんちゅう)超越(ちょうえつ)した“力”だ。


「……」


 蜘蛛から変化した男性は静かに振り返ると、アクアマリン色の隻眼(せきがん)に私を映して口元に緩やかな弧を描き赤の王に向き直る。


「王様ったら、酷い事するな〜……彼女はお腹が痛いんだよ? 意識を失っておいた方が楽なのにさぁ……」

「お前の脳でも『酷い』という認識が出来た事に驚いたよ」

「あははっ、も〜! 素直に褒めてくれていいんだよ〜!」

「……お前を褒めるくらいならグリフォンの椅子になりユニコーンの靴を舐める方が何億倍もマシだ」


 理由や原因は定かでないが、どうやら赤の王は彼(蜘蛛)のことを相当嫌っているようだ。

 対して蜘蛛男は王の言葉をからからと笑い飛ばし、再びこちらを振り返って私の顔の上に人差し指を差し出す。


「可愛いお嬢さん。さっきも言ったけど……俺は、今この場で俺だけは、君のことを助けてあげる」


 優しく落とされたその言葉と共に、指先から糸のようなものがスーッと伸びて鼻をくすぐった。


「さあ、掴んで。俺だけが君の味方だ」

「……お嬢さん、今ならまだ間に合う。その男に頼るのだけはやめなさい」


 誘われるように自然と動いた片手で糸を掴もうとした瞬間、王の声が私を引き止める。


「お嬢さんにとって私の行う『躾』はさぞ辛いだろうが、“それ”は正しい選択ではない。(すが)る先が欲しいのなら私が代わりになろう」

「……」

「もう一度だけ言う。お嬢さん……我が身が可愛いのなら、その男だけは頼るな。良い子だから、その手を下ろしなさい」


 ああ、まったく。どれだけすごい力を持っていようと、やっぱりこの男はイカレているわ。

 彼に頼るな?正しい選択じゃない?私が代わりになる?馬鹿も休み休み言えとはまさにこのことよ。


「……貴方みたいにイカレた人間のアドバイスを聞くくらいなら、ユニコーンの髪で首を吊って死んだ方がマシよ!!」

「あははっ、そう言うって()()()()よ〜!」

「……愚かな()だ」


 糸を掴むと同時に、なぜか蜘蛛男の頬や手に細かい切り傷が浮かび上がる。


「それじゃあ、王様。せっかく会えたけど、今日はこの辺でお(いとま)するよ」

「……っ!?」

「しっかり掴まって。ガラスの破片で君まで怪我をしたらいけないから、顔は伏せていてね」


 彼が私を抱き上げた途端その体は羊に変化し、驚きながらも言われた通りふわふわの毛にしがみつくと元・蜘蛛男はステンドグラス目掛けて走り出してしまった。


(突き破る気!?)


 慌てて羊の背中に顔を埋めれば、直後にガシャンと大きな音がして少しの浮遊感が体を襲う。


「王様〜! 今度は一緒にお茶しようね〜!」


 機械の電源を切るかのようにそこで意識が途切れてしまい、羊男がどこへ向かっているのか問うことは叶わなかった。

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