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第十話 ユニコーン

 芋虫さんに指示された道へ足を踏み入れてから、一体どれくらいの時間が経っただろうか?


「ヘンテコ森……」


 いや、もはや『ヘンテコ』などという言葉では足りない。こればっかりは『摩訶(まか)不思議』の称号を与えるべきだ。

 なんせ、どれだけ歩き続けても周りの景色が一切変化を見せないのだから。


(どうなってるの……?)


 はじめこそ「森なんてどこも似たようなものよ」と自身を納得させられていたのだが、風景画をぺたりと貼り付けたように“変わらない”ため私はその場でずっと足踏みし続けているだけなのではないだろうかという不安に襲われるほどだ。


(……もしかして、私……)


 自称・芋虫を名乗る奇人に騙されて、二度と帰ることができない魔の領域へ来てしまったのかしら?

 そんな考えが頭をよぎった時、


「――!?」


 突然、刺すような光が視界に飛び込み咄嗟(とっさ)に目を閉じる。

 少ししてから恐る恐る(まぶた)を持ち上げてみると、


「……!! わあ……」


 眼前には、どこまでも澄み渡り陽光を弾いてきらきらと輝く大きな湖が広がっていた。

 (ほとり)には名も知らない桃色の小さな花が咲きほこり、四つ葉のクローバー畑で青い鳥が楽しげにじゃれあっているその場所は、おとぎ話の世界を隔離したみたいに幻想的。


「素敵……」


 水中を観察したくて一歩足を進めた瞬間、


「……誰じゃ? 貴様は……」

「!?」


 地を這うような低い声が鼓膜を揺らし、反射的に大きく跳ねてしまう肩。

 いつの間にか私の背後に居たらしい『それ』の影は全身に(おお)い被さり、頭上から降ってきたシルクのような長い銀髪がカーテンを真似て私の視界を(さえぎ)った。


(……甘い、匂いがする……)


 いや、そんなことを考えている場合ではない。

 今この瞬間『それ』に声をかけられるまで、気配を全く感じなかった。足音どころか、服の(こす)れる音も、呼吸音も、何一つ聞こえなかったのである。


「……おい、小娘。耳が聞こえぬのか? いったい誰の許可を得て、私の湖に立ち入った?」

「……っ、あの、私……」


 威圧的な声音が言葉を(つむ)ぎ落とすたび、膝がガクガクと笑い始めていることに気がついた。これも『恐怖』という感情によるものなのだろうか……?

 心を落ち着かせるために一度深呼吸をしてから、改めて口を開く。


「私……い、芋虫さんに言われて、ここへ来たの」

「なに……?」

「彼に指示された通りの道を進んでいたら、いつの間にかこの場所に辿(たど)り着いて……貴方のテリトリーに無断で侵入するつもりはなかったのよ、ごめんなさい」

「……なるほど。あの老いぼれめ……また(﹅﹅)か……」


 カサリと草を踏む音が耳に届き、同時に銀髪のカーテンから解放されたことで『それ』は一歩後ろへ下がったのだと理解した。

 声の主を確認するため恐る恐る振り返ると、


(……なんて、綺麗なの……)


 そこに立っていた“もの”は、この世の生き物とは思えないほど美しく思わず見惚(みと)れてしまう。

 腰まで伸びた(つや)やかな銀髪が太陽の光を浴びて真珠のようにきらめき、私を映す紫の双眸(そうぼう)はアメシストをかぱりと埋め込んでいるのではないかという錯覚に(おちい)らせた。

 そして、エルフのように(とが)った耳と頭の両側からそびえ立つツノの存在が、幻想的な雰囲気に拍車をかけている。


「……何じゃ? 無遠慮にじろじろと見おって……」

「……あっ……ごめんなさい。あまりにも……その、美しくて……つい……」

「……ほう? そう言われると、悪い気はせぬ」


 口角を持ち上げて腕を組み、少し首を傾けながら私を見下ろす彼。その一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくにすら目を奪われてしまうほど美しい男性だ。


「……あの、」

「おい……貴様の小さい脳みそで思いついた話をするのなら『発言しても(よろ)しいでしょうか?』と問うのが先じゃろうが……私を誰だと思っておる? 礼儀を(わきま)えんか、小汚い小娘め」


 しかし……容貌(ようぼう)からは想像もできないほど口が悪く、思い返せば初めに声をかけてきた時から言葉に棘があり、常にイライラしているかのようなオーラが漂っている。


「……発言しても宜しいでしょうか?」

「許す。何じゃ?」


 口頭では許可をくれたものの、苛立ちを隠そうともしない彼の指先はトントンと繰り返し二の腕を叩いていた。


「まずは自己紹介を、」

「必要ない」


 食い気味に私の言葉を遮った彼は、深い(しわ)を眉間に刻んでこちらを見下ろす。


「貴様もどうせ『アリス』じゃろう?」

「……!? え……ええ、そうよ。どうして知って、」

「あの老いぼれめ……私の元へ『アリス』と名の付いた人間の娘を寄越しておけば、己が森で息をしていても許されるなどと舐め腐った勘違いを起こしおって……」

「!?」


 美しいその男性が恨み言にも似た独り言をぶつぶつと呟き落とし始めた途端、今まで晴れ渡っていた青空は黒い雲に覆われ、湖全体が夕闇のように薄暗くなると同時に青い鳥は一斉に羽ばたいて姿を消してしまった。


(な、なに……?)

「貴様らのような『アリス』と名付けされただけの汚らわしい小娘を、この私が求めると思うのか……? 凡庸(ぼんよう)凡夫(ぼんぷ)風情が……真の『アリス』であると……? どいつもこいつも……ああ、苛立たしい……苛立たしい……っ!!」


 湖がボコボコと音を立て始め、何が起きているのだろうかと振り返って視認した時にはすでに『湖』は失われており、代わりに湧いた真っ赤な液体が湯気を立てる様はまるでいつか絵本で読んだ『血の池地獄』そのものである。


(もしかして、彼の怒りで“こう”なっているの……?!)


 確証は無いけれど、状況から判断するにそう考えるのが妥当(だとう)だろう。

 それなら、どうにかして彼の機嫌を直すことができればこの不気味な空間も元の幻想的な湖へ戻るのかもしれないと思い口を開いた。


「発言しても宜しいでしょうか?」

「何じゃ!?」

「貴方のお名前を教えてほしいの。ほら……私、まだ聞けていなかったでしょう?」

「……そうじゃな……」


 彼の表情が少しだけ(やわ)らぐと、暖かい風がふわりと通り過ぎていく。


「私の名は『ユニコーン』……誇り高きユニコーンじゃ」

「ユニコーン……?」


 ああ、いけない。私の悪い癖だわ。

 わかっていても、細かいところが気になってしまうのはどうしようもない。


「ユニコーンって、一角獣のことでしょう……?」

「……」

「貴方、ツノが二本あるじゃない。それなら、二角獣――バイコーンと呼」


 一瞬、ピリッとした熱を両頬に感じた……と、そう認識した時にはすでに、傷口から大量の血が溢れ出していた。


「〜〜っ!?」


 痛い……痛い、痛い、痛い……!!

 恐る恐る指先で触れてみると、両側の口角から頬の中心あたりまでナイフで切られたかのようにざっくりと裂けてしまっているため、喋ることもままならない。

 両手で口元を覆い隠したままパニックに陥っている私を、男性――ユニコーンは冷たい眼差しで見下ろし、自身の鋭い爪先についた血を振り払いつつ吐き捨てるようにこう言った。


「……脳みその腐った小娘が……」

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