海といろいろ(5)
続きです。
青い空、白い雲。
喧騒の合間に挟まるのは波の音。
「ほへぇ......」
「何間抜けな顔してんのよ」
これが海。
これが海なのか。
日差しで焦げた空気を思い切り吸い込む。胸一杯にそれは広がり、じんわりと体に溶けていった。
少し砂に侵食された駐車場に車を駐めて、私たちは砂浜までやってきていた。
足の裏には砂に蓄えられた熱がじんじん伝わる。温かいの範疇はとうに超えていて、熱かった。
「じゃ、みなさんここにシート敷きますよ!」
みこちゃんが言う後ろで、みこちゃんのお母さんがビニールシートを広げていた。
その脇に、私が放り捨てるように脱いだ靴も綺麗に並べられている。
「はい、じゃーみんな服脱いで。ここは私が見とくから」
ここねここ、とシートを叩きながらみこちゃんのお母さんがシートに座る。シートの上には他にもクーラーボックスや、コンビニで買ったものが入ったビニール袋が置かれていた。
その上に早速さくらと、どらこちゃんが服を脱ぎ始める。
それを見て私も服の裾に手を伸ばした。みんな既に服の下に水着を着ているのだ。
パンツを忘れましたなんてベタなことも対策済みで、車内にも防水シートを敷いている。はなから水着で帰る計画なのだ。
「みこちゃんのお母さんは海入らないんですか?」
服を脱ぎながら尋ねる。
お母さんはちょっと焦ったような笑みを浮かべてそれに答えた。
「私は......ほら、大人だし......もう水着って歳じゃないから」
「あれ?お母さん水着家で着てきませんでしたっけ......?」
みこちゃんの言葉にお母さんの笑顔のひきつり具合が増した。
それでもみこちゃんは容赦なくお母さんの上着のファスナーを下ろす。
するとすぐに隙間から肌色が露わになった。
お母さんの引き攣った笑顔に赤みが差す。
「こ、この歳でこの露出度はキツイかなぁって......」
じゃあ何故ビキニタイプの水着を着てきたのか。
「大丈夫ニャ!まだ全然いけるニャ!」
「そうですよ!お母さんは似合ってます!」
「え、え......そう?」
ゴローとみこちゃんの声援に後押しされて、照れながらも服を完全に脱ぐ。
まぁみこちゃんのお母さんは若いみたいだしキツさはない。むしろ大人っぽさを多少欠いているまである。
「大丈夫!似合ってるニャ!ボクが人間だったらナンパしてるニャ!」
「その褒め方はアウトでは......?」
ゴローに釘を刺しつつも、私も服を脱ぐ。まぁ普通にスクール水着だけど。
どらこちゃんも私と同じスクール水着で面白みに欠ける。
みこちゃんはチョコミント色のタンクトップみたいな形をした水着でちゃんとお洒落。
そして、さくらは......。
「えっ......普通の水着じゃん!」
「別に私が何着たっていいでしょーが」
「私は何のために......」
「ざまみろ」
頑張って調べたというのに。いや、それは嘘。でも意外だった。
薄いレモン色の見た目は殆どそのままワンピースだが、足は丸出しなので傷跡はしっかり見えてしまっている。
「でも......よかったの?」
「いいのよ。あんたのおかげ」
さくらが微笑む。
その表情には清々しいものがあって、嘘ではないと裏付けるには十分だった。
「そーゆー優しい顔、さくらには似合わない」
「うっさいわね。約束破ったくせに」
「約束......?」
「あんたは普通の水着着てきなって言ったわよね」
電話の会話を思い出す。
確かに言われたし、頷いたと思う。
「うん。だから着てきたよ。普通の水着」
「スク水は普通判定じゃないでしょうが......あんたねぇ」
さくらが額に手を当てる。
そこは認識の問題だからとやかく言われても困るのだが。
「どらこちゃんだってスクール水着だし」
私の言葉にさくらが肩を落とす。
いつも通りの呆れた表情だ。
「ま、いいわ......」
さくらが「やれやれ」としている背後をどらこちゃんが駆け抜ける。
「おっしゃあぁ!行くぞ!行くぞぉ!」
その進路は海に一直線だった。
「どらこちゃんが先走るのか......」
海に一番最初に飛び込むのは、私だと思ってた。今夜は......じゃなくて!
「じゃ、私たちも行こっか」
さくらの腕を捕まえる。
「え、ちょ......」
慌ててるさくらの手を引いて、私も海に向かって駆け出した。
「あ、みんな待ってくださいよぉ!」
みこちゃんが遅れて後を追う。
どらこちゃんは既に白い波に飲み込まれていた。
「気をつけてよ」
みこちゃんのお母さんが見守るなか、私も海面を目指して跳ねる。
丸い太陽がギラリと肌を焼いて、同時に水面を光らせる。
その光る波に体は飲み込まれていった。
続きます。