表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きらきら・ウォーゲーム  作者: 空空 空
きらきら・ウォーゲーム
93/547

海といろいろ(3)

続きです。

 携帯電話のボタンをポチポチ。

もう何回だって押した番号を押す。

真っ白な照明に照らされて、眺めるのはその画面。

縦長の長方形のそれに先程打った番号が映し出され、すぐに呼び出しを始めた。

 電話はすぐに繋がる。

私も電話に出やすいであろう時間を選んだが、それにしても早かった。

 いつも電話をかけるときはこんな調子。まるでかかってくるのが分かってたみたいに一瞬で繋がる。色々なものを超えて。

「ママ。私、海に行くの......!」

 繋がるのと同時に、私も用意しておいた言葉を言う。

少し食い気味というか......前のめりにつんのめってしまったとちょっと反省。

 通話しながら、机の上の小さなカレンダーに目を落とす。

海に出向く日はそう遠くない。

それまでの日数を数えて、そして伝える。

『......なら』

 通話先で紙のめくれる音がする。

そのすぐ後に鉛筆の走る音が聞こえた。

 話を終えて、電話を切る。

「ふぅ」

 一息ついてベッドに座ると、力の抜けた手のひらから携帯電話が滑り落ちた。

ベッドの上に投げ出されたそれは極めて無機的に光っていた。

 手を被せるようにして、それを閉じる。

 壁に寄りかかって目を閉じると、どこかの田んぼからカエルの鳴き声が壁を通じて体に染み込んだ。



 いつもより少し早めに目を覚まして、そしていつも通りのんびり過ごす。

宿題をやったり、テレビを見たり。

 そうしているうちにやっと時計の針が九時ごろを指す。

「ほれ、行くぞ」

 時計の下で秒針を目で追う私に、パパが手のひらの中で車の鍵を鳴らして知らせる。

「うん、分かった」

 家を車で出る。

行き先は駅だ。

そこからは私一人で電車に乗り、ママのもとへ向かう。パパも本当は着いていってママに会いたいのだろうけど、今回は二人きりにしてもらった。

 今日の旅の目的は他でもない水着選びなので、パパには悪いが男子禁制ということになったのだ。

「じゃ言ってくる」

 駅に着いた車から降りる。

パパに見送られながら改札を通った。

 揺れる電車の中、いろいろなことが胸中を渦巻く。

あれから会うのは初めてだ。

本当に色々あったと思う。

だからきっと話すことも色々あって......いろいろ、色々だ。

 目的の駅に着くと、ママが出迎えてくれた。

人は他にもたくさん居たけれど、お互いにすぐ分かった。

「さくら......!」

 電話越しではなく、直接届く声。

その声と同時に、ママの腕が私を優しく抱き寄せた。

 ああ、こんな匂いだったな、とその温度に包まれて思う。

額を胸に押し付けるようにして、それをすぐに離した。

「......ちょっと、ここ駅なんだけど」

「あっ......あらあら、ごめんなさい。つい嬉しくて......」

 ママが頬を掻く。

「私も嬉しい」と言う言葉は呑み込んだ。なんとなく。

ああ、私って素直な子じゃないんだなとちょっと思った。

「最近どう......?」

「友達も嘘じゃなくて本当に居るし、勉強もちゃんとしてる。......あ、後海行く......ってそれは知ってるか」

 話しながら、駅の近くのショッピングモールに向かう。

往来には人が溢れていて、田んぼなんてあるはずもない。

あの田舎とはわけが違う。

景色は私の思う都会そのものだった。

「そっちこそ、最近どうなのよ......?」

「私......?私は......」

 こんなこと尋ねられるとは思っていなかったみたいで、ママの目が上を向く。別に何でもない会話なのに真剣に思い出しているみたいだ。

「ふふっ......」

 その姿を見て笑い声が漏れる。

もしかしたらママが真面目すぎるというよりは、私がいくらか雑になったのかもしれない。

あんなのと真面目一筋で付き合ってたら熱を出しかねない。

頭の中にはきららの顔。

能天気な笑顔で、その前では何でも馬鹿馬鹿しく見えた。その笑顔含めてみんな馬鹿だと思う。

「......さくら?」

「あっ......ごめん、ママ。ちょっと意識飛んでた」

「ん......そう」

 ママが私から進行方向に視線を戻す。そうして話を続けた。

「私の方はね......まぁぼちぼちってところ。あんまりうまくいかないことの方が多いかも知れない」

「ん......そう」

 同じ言葉で相槌を打つ。

ママの毎日がどんなものかは分からないが、まだ時間が必要みたいだった。

「ママも......辛かったら私に電話してもいいのよ。私だってもっとかけるし」

 言いながら顔を背けてしまう。

ちょっぴり......いや、かなり照れ臭かった。

「ふふ......ありがとう」

 ショッピングモールに着く。

買う水着は実はもう決まっていたのだけれど、ママと一緒にたくさんの商品を見て回った。

「......でも、本当にそれで大丈夫?」

「大丈夫。あいつの言う通りにするのは気に入らないもの」

 手に取ったのはスカート付きでワンピースタイプの水着だ。

たぶん足の傷跡は見えるだろう。

 これにしたのは二つの理由がある。

一つは、きららを驚かせたいってだけだ。

そして二つもは、ママに「これからも残るかも知れない傷跡だけど、私はそんなの気にしないで生きていける」という態度を示したかったからだ。言いはしないけど。

 お会計を済ませて、フードコートへ向かう。まだ少し早めの時間なので、人はまばらだ。

女子中学生がどこへ行くでもなく一人席に座っているくらいで、その他の人は通り過ぎるだけで座ることはない。

 フードコートに入ってすぐのテーブルについて、荷物を置く。

水着以外にも色々余分なものを買ったので、思いのほか重荷になってしまった。

 ここで食事をしたら、それで今日はおしまいだ。またしばらく会えないと思う。

色々と話はしたが、まだ話そうと決めていたことが話せていない。

性格上なかなか言い出せなかったのだ。

しかしもう後がない。

「ねぇ」

 水を取りに行こうとしたママを呼び止める。

「ん......?」

「こんなときに言うことじゃないと思うし、言ったらちょっと気まずいと思うけど......ママはちゃんと私のママだから。その......ちゃんとだ、大好きだから......だ、だからその......待ってる」

 顔に熱が走る。

真正面からママの顔を見ることが出来なかった。

唇を噛んで恥ずかしさに耐える。

 ママはしばらく何も言わないし、身動きすらとらない。

いや、身動きがとれてないのは私も一緒だった。

 ママの手のひらがそっと肩に乗せられる。

その手のひらは弱い力で私の肩を撫でた。

「ありがとう......」

 ママがゆっくりと一音一音丁寧に言う。どんな顔をしているのか気になったが、やっぱり顔を上げることは出来なかった。

続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ