病院組談議
続きです。
世の中は不平等だ。
誰もが誰も幸せにはなれないし、生まれ持った貧乏くじがある。
運が悪いだとか、体が弱いだとか、個人の注意でどうにかなるものじゃない。
その貧乏くじを抱えて私たちは生きていかねばならないのだ。
何度だって言うさ。
世間は夏休み。
貧乏くじを引いた私にとってはとてつもなく退屈な夏休みだ。
「......つまり、私は退屈なわけで、だから君たちにも暇つぶしに付き合ってもらう!」
「また始まったよ......」
「また......?」
窓の外からは虫捕りでもしてるのか、子どものはしゃぐ声が聞こえた。
病室のカーテンが揺れる。
私と葉月と、そしてココ。
臨時開催病院組談議の記念すべき第n回目がここに行われた。
葉月が不思議がるココに説明する。
「あの人はね......定期的に暇でどうしようもなくなる病気で入院してるの」
「なわけ」
「......そ、そう......なん、だ」
どうやらココは私にはまだ慣れないらしく、信じるのは葉月の言葉だった。
今この病室のベッドの物理的な距離は心の距離と言って差し支えないだろう。
「そんなことよりも......だ!また例の事件、被害者が出たらしい」
手元のノートを数ページめくる。
そこには葉月とココの名前が書かれている。ノートのページの一番上には『バールのようなもの傷害事件』と題を打っていた。
私は個人的に、この事件に興味を持っている。被害者が隣に転がり込んできたのだから、興味が湧かない方が不自然だろう。もっとも病室で寝ていて手に入る情報なんてたかが知れてるので、ほとんどおままごとみたいなものだが。
「例の事件って......?」
この事件を知るきっかけとなった葉月が頭を掻く。
被害者が目の前に居るのだから少しくらい何か分かってもいいだろうと思ったが、聞けば聞く程覚えていないということが身に染みるばかりだ。
「第一被害者......かも分からんが、君がそれを言っちゃおしまいさ。なぁ、ココ?」
「え、あ......うん」
相変わらずココはそっけない。
目を覚まさなかった頃は結構心配していたというのに、薄情なやつだ。いやまぁ、そんなこと彼女は知らないのだが。
ニット帽の上から頭を掻く。
改名戦争に負けてからはすこぶる体調が良いのだが、それでも頭は寂しいままだ。まぁそれはいいとして。
「ともかく、これで同一犯と思しき事件が三つ。葉月、ココと続いて次は女子中学生だそうだ」
「あ、今度は中学生なんだ」
とりあえず被害者の共通点と言うことで、小学生、キラキラネームとしていたが、それは今回の事件で覆った。
今回はこの病院に運び込まれたわけでもなければ、名前も分からない。
「......しかし、私は今回の被害者もキラキラネームだと踏んでいる!」
「「あっそう」」
「君ら、自分のことなのに何でそんな関心無いの!?」
「いやいや、だってそんなの分かんないじゃん」
「そーだそーだ」
やけに小物臭くココが葉月の援護をする。
多分葉月がココにさんざん私のことを変なやつだと説明したから、そのイメージが強いのだろう。
「確かに分からないけどね。これには改名戦争が関わってると思うんだ。まぁタチの悪い妄想だと思ってもらって構わないし、根拠なんてものもない。ただ、こう言うのはちょっと考えてみるだけで案外面白いもんさ」
結局は暇つぶしに過ぎない。
退屈な夏休みを少しでも楽しむための味付け。
「もしそうだとしたら何が目的なのかな......?」
ココが首を傾ける。
「それは......」
「それは......?」
葉月も、私の方を見て続きを促した。
「それは、分からない!」
半ばヤケクソで、枕に勢いをつけて沈む。ベッドの軋む音に内心ヒヤッとした。
「えりく......?」
「寝る!」
布団に頭までもぐる。
暑くて、息苦しくて、すぐに顔を出した。
葉月と目が合う。
すると葉月は眉を持ち上げて、両目を瞑った。
微笑んで、息を吐く。
「ま、私たちも退屈だから......また何か思いついたら話してよ」
その言葉に背を向けて目を閉じる。
瞼の裏側、その暗闇のスクリーンには早くも事件の真相のシュミレーションが上映され始めていた。
続きます。