鏡の中の“私”(10)
続きです。
「足が震えてるし、息も上がってる。そんなで何が出来るの?」
突きつけた細剣が呼吸と共に上下する。
ツインテールの少女はつかつかと、その距離を詰める。
しかし、私には“私”のために越えなければならない壁がある。
「私は......負けない!」
勝てなくていい。
負けなければいい。
また会えればいい。
「......!」
ツインテールの少女が何かに気づき、再び距離をとる。
「これは......?」
また、私自身も変化に戸惑う。
見下ろした手のひらがうっすらと光を帯び、体内の痛みが解けていった。
体の奥底から力がみなぎる。
私は生存への切符を今まさに手に入れたのかもしれない。
光が私の周囲で結晶を結ぶように集う。
それは一瞬強く輝き、トランプのカードを生み出した。
それが計四枚、私の周りを土星の輪の様に回る。
「よく分かんないけど!いける気がする!」
細剣を構え、地を蹴る。
相手も真っ向から向かってきた。
衝突の瞬間、その姿がまた消える。
しかし私も頭の後ろで弾ける電気の音を聞き逃さなかった。
細剣を振り払い、攻撃を受け止める。
目の前で雷球がチカチカ明滅していた。
少女の手のひらの中の雷球が弾ける。
私はその衝撃を飛び退くことで緩和する。少女も同じように距離をとっていた。
続く二撃目、電撃が回り込むようにして横から伸びる。
「くっ......!」
反応が間に合わず被弾するが、ダメージはない。ただカードが一枚砕けるだけに終わった。
「そういうことか......」
ならばあと三撃までは大丈夫。
依然相手は姿を現さない。
その身を電光そのものに変え、縦横無尽に駆け回っている。
「......右......左、えっとぉ?」
その動きを目で追いきることは出来そうにない。
ならば、と目を閉じる。
暗転した視界の中、電流の音に耳を澄ます。
不規則に動き回るそれの音が、近づく。より、大きくなる。
「そこ!」
その音を迎え撃つように、刃を突き出した。
しかしその切っ先が突き刺さることはない。
再び紫電と消えて、土壇場で突きを回避したのだ。
細剣の延長線上に少女が姿を現す。
「なるほどね。それがあなたの進化......。流石に私も驚かされたよ」
その笑顔の能面が初めて剥がれる。
額にうっすら汗を浮かべて、顎に伝わるそれを拭っていた。
そういえば、と長髪の少女の様子を窺うが、彼女は依然棒立ちのまま何をするでもない。
「どこを見てるの!」
注意が逸れてしまったその隙を突かれる。
顔のすぐ横で雷球が弾けた。
その力をもろに食らって、吹き飛ばされる。またカードが一枚散った。
服も少し焦げる。
手足を使って着地し、すぐにそれを攻撃に繋げる。
少女の姿はまだそこにある。
私の突進に相手も迎撃の姿勢をとる。
渾身の突きは再び軌道が逸らされ、命中に至らない。
でもそこで終わりでもない。
「とりゃ!」
身を翻し、斜め後ろの少女に細剣を振り下ろす。
それもまた容易く受け止められ、お返しとばかりに手刀が飛ぶ。
それは私の体を少し弾き飛ばした。
尻餅をついた体に電流が走る。
そこに再び手刀が突き刺さる。
一瞬の体の痺れが、それの防御を許さなかったのだ。
カードがほとんど同時に二枚砕ける。
私の視界にツインテールが垂れ下がった。
「これでもう後がないよ。あなたの進化には確かに驚かされた。けど、経験が浅い。攻撃がどれも直線的。あなたじゃ私に勝てない」
「ぐぬぬ......」
打ちつけた尻をさする。
ツインテールの少女は人差し指の上に雷球を浮かべて回転させていた。
鏡まではまだ遠い。
「だからと言って......」
「......?」
「だからと言って諦めるわけにはいかない!」
「なっ!?」
再び光が溢れ出す。
ポケットから飛び出したカードがツインテールの少女の体を大きく吹き飛ばした。
「くっ......まだ何かあるって言うの?」
飛び出した五枚のカードが一列に並ぶ。
これがおそらく私に残された最後のチャンスだろう。
少女が立ち上がり、その雷球をより大きなものに変える。
私も立ち上がり、少女とその後ろの鏡までの道を形作るトランプを睨む。
半透明のそれはまるで何かのゲートのように見えた。
そのカードを、くぐる。
一枚また一枚と通過する度に、加速していき、細剣は黄金の光を帯びる。
ツインテールの少女もまた地を蹴り、雷球を押し出す。
全てのカードをくぐり、私の速度は最高に達した。
「「はぁぁぁぁあ!!」」
少女と声が重なる。
力と力のぶつかり合いは真っ白な光となって弾けた。
私の黄金と少女の電撃がぶつかり合う。その衝突は複雑な轟音を奏で、飛び散る。
電撃が私の頬をかすめ、服を焦がす。
しかし私から溢れる光も少女を襲う。
鏡の中の世界のコンクリートが砕け、石片となって舞う。
その中心で私たちはぶつかり合う。
全身が痛かった。
熱かった。
傷もついていく。
血が強風に巻き込まれて散っていく。
それでも、会わなくちゃいけない人がいる。
私に私でいていいと伝えないと......!
私の力が雷を突き抜ける。
爆ぜたエネルギーの波が私を、ツインテールの少女を吹き飛ばす。
背中に爆風を受け、私は転がる少女を背に、目の前に広がる鏡に飛び込んだ。
ぱらぱらと、コンクリートの破片が散らばる。
先程の出来事が嘘のように廃墟は静かだった。
月明かりが差し込む中、立ち上がった少女が膝を払う。
「まさかあれ程の力が......」
それに答えるのは、腕を組んで壁に寄りかかるもう一人の少女だった。
「彼女はその背後にあるものが切実だったんだろう」
「埋め込めた......?」
「いや、本体じゃなきゃ無理だ」
その言葉にツインテールがその少女の気持ちを代弁するように萎れた。
「そ、それじゃあ......追う?」
「いや、どっちにしろダメージ過多だ。あの力......惜しいことをしたな」
「ご、ごめん......」
「気にすることはないさ」
そう言うが少女は依然申し訳なさそうに俯く。
その少女に、壁に寄りかかっていた少女が手を伸ばす。
その手は少女の背中を優しく叩いた。
「帰ろう」
その言葉にツインテールの少女が荒れた廃墟を振り返る。
その後、多少ぎこちない笑顔をつくった。
「これ、帰れるのかな」
続きます。




