鏡の中の“私”(9)
続きです。
コツコツと靴が鳴る。
一歩ずつ確実に距離が詰められいく。
その勢いに思わず後ずさってしまう。
そこでやっと目の前の少女は足を止めた。
「待って!......待って、何、しに来たの......?」
現れた二人の少女が何をしに来たのか私は知らない。
ただ嫌な感じがするというだけである。
しかし、その感覚には確信に近いものがあった。
「いや......何も。ただ迷い込んでしまってね」
長髪の少女は平然と嘘を言ってのける。目的は明かさないつもりらしい。
が、ここにある......ここにしかないものと言えば、それは......私。
ツインテールの少女も遅れて長髪の少女の斜め後ろにつく。まるでボディガードみたいな立ち位置だ。
「ごめんね。ちょっとだけ時間割いてくれる?」
ツインテールの少女は依然、笑顔を崩さない。
彼女の笑顔は魅せるためのものではなかったのだ。その下を隠すための能面に過ぎない。
何が何だか分からないままだが、この二人は敵だ。それに間違いはない。
つまり改名戦争のプレイヤーということだ。負ければ私は......。
いや、それは出来ない。
私にはまだやらなくちゃならないことが残っている。
長髪の少女が何かを話し出そうとするが、口が開かれる前にその無防備な体に飛び込む。
手には細剣。よ......異次元ポケットから取り出したものだ。
距離は一瞬で縮まる。
刃を阻むものは何も無い。
視界に電光が火花のように散った......ような気がした。
「あっ......」
その一瞬でコンクリートの壁に背中が打ちつけられる。
状況が理解出来ずに、ただ情け無い声だけが漏れた。
「まったく......なんでいつもこうなるのか......」
そう言いながら長髪の少女が風に乱れた髪を整えた。
入り口の鏡がずっと遠くに見える。
私は反対側の壁まで吹き飛ばされたのだ。
状況を理解して、やっと自分が呼吸をしていなかったことに気付く。
また、ツインテールの少女が姿を消していることにも、気付いた。
どこへ行ったのか、その答えはすぐに分かる。
鼻先に静電気が弾ける。
目の前には、ツインテールの少女が紫電を帯びて立っていた。
「ちょっとだけ。ちょっとだけ、ね?」
少女は笑う。
目までちゃんと笑っているが、そこに友好的な感情はない。
壁を蹴って、迫る。
少女もそれに反応して駆けた。
「何者なの!?」
推進力を乗せて突く。
「何者でもいいでしょ。私たちはあなたの敵じゃないつもりなんだけど」
剣線がその指先で容易く逸らされる。
前のめりになった体に小さな拳がめり込んだ。
「んっ......」
衝撃が鈍く体内に響く。
どろりと熱の塊が溶けて広がる。
それと同時に私の体は膝から崩れ落ちた。
「あっ......は......」
立たなくちゃ。
立たなくちゃいけないのに、それが出来ない。
痛みが淀み、じわじわと広がる。
喉に空気が痞えて、目の端に涙が滲む。
「あなた......」
ツインテールの少女は何か違和感を抱いたようで、手のひらを開いたり閉じたりを繰り返している。
目の前で相手が隙を見せているのに、体は動くことが出来ない。
それが、もどかしい。
焦りが呼吸を加速させる。
その呼吸が嗚咽に変わるのは時間の問題だった。
何でこんな酷いことを、と胸の中で場違いな思いが渦巻く。
唇を噛んで、そんな思いも、痛みも踏みつけてよろよろ立ち上がる。
汗と涙が混じって顎を伝った。
「あなた......」
「ッ!!」
少女の声と、痛みを声で振り払う。
震える膝に手をついて、ツインテールの少女のその後ろを見つめる。出入り口となった汚れた鏡。あれは私にとっての通り道でもある。
私はこの少女に勝てない。
突破口はあの鏡だけだ。
切っ先で、ツインテールの少女の胸を指す。
「私は......」
生きる。
生き延びてみせる。
続きます。




