鏡の中の“私”(8)
続きです。
何度目かの挑戦。
しかし、やはり元の鏡には繋がらない。自分で行き先を選べないなんて、なんて不便な能力なのだろう。
「およ?」
辿り着いたのは、温もりの感じられないコンクリートの廃墟。
足元には何故かガラス片が散乱していた。
灯りらしい灯りも無く、差し込む月の光が灰色の壁を照らしていた。
目の前にあるのは薄汚い姿見鏡。
この建物は間違いなく死んでいるが、一体何の施設だったのだろうか。
鏡には誰の姿も映らない。
出入り口となった鏡には自分自身の姿も映らないのだ。ただ鏡を挟んだ本物の世界が透けて見えるだけ。
誰もいないし、帰ろう......そう思った矢先に、二重の足音が響く。
ガラス片を踏む音がその足音を強調していた。
「ふむ」
誰か来るのであれば、待たねばならない。お洒落の伝道師としての役割だ。全部自分で勝手に決めたけど。
鏡の前に姿を現したのは、長い髪の女の子。可愛いは可愛いのだけれど、私から言わせればちょっと地味だった。保守的なお洒落だった。ただ髪を結んだりしないのは正解だと思う。
その一歩後ろには、ツインテールの少女。小洒落た靴に、白いワンピース。この子のセンスには私に通じるものがある。なんというか......アイドル的な、魅せることを意識した服装だ。この時期だと蚊に刺されが大変だろうけど、お洒落の為なら戦うのが人というものだ。
「こんにちは!」
鏡の向こうへ小さく手を振る。
「こんにちは」
ツインテールの子が、微笑んで手を振りかえしてくれた。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。やっぱりこの子は“出来る子”みたいだ。
それに比べて、長髪の子は無表情を貫き通している。お洒落に関心は薄そうだ。
しかし、こう言う子を沼に招くのがお洒落伝道師の使命。
二人に向けて、笑う。
「二人とも......名前はなんで言うの?」
「私は......」
言いかけたツインテールの子を長髪の子の手が制する。
「ん?」
なんで止めたんだろうとパチクリ眺めていると、その腕が鏡へと伸びる。
指先が触れると、その指先は私の前に実体として現れた。
「......おっと」
二人が入ってくるようなので一歩飛び退く。
実は密かに鏡に触れて驚くのを見て楽しんでいたが、今回はそれが見られなくて少し残念だった。
二人ともどう言うわけか慣れているのか、或いは最初から知っていたのか、躊躇なくこちらへやってくる。
鏡の中にやってくる二人をお決まりの言葉で出迎える。
「ようこそ!私の世界へ!」
その言葉に、初めて長髪の少女が笑った。
「待ち侘びていたよ」
その瞳が、月の光を湛えて輝く。
うっとりとした恍惚の表情。とても小学生のものとは思えない。
何故だか神々しくて、とても綺麗な表情だけれど、何故か背中にゾクゾク寒気が走る。
冷たいというかなんというか、何故だかとても嫌な感じがした。
続きます。