鏡の中の“私”(3)
続きです。
暗い部屋、ブラウン管テレビからの光だけが狭く散らかった部屋を照らしていた。その画面には砂嵐が走っている。
そのテレビの前に座るヘッドホンを付けた少女は扉を隔てた向こう側に居る誰かに向けて言い放った。
「入っといで。居るんでしょ?」
その言葉に応えるように、扉が開かれた。
「やぁ」
現れたのは二人の少女。
その片割れは手に鉄パイプを持っている。
「ボクに何の用?」
鉄パイプを持たされているツインテールの少女が一歩踏み出す。
すると部屋を埋め尽くすあらゆるモノ達が、その形を変え少女に照準レーザーを浴びせた。
「おっとそれ以上近づかないで。そいつら打つよ。ボクの自己防衛システム“百鬼夜行”。すごいだろ?」
ヘッドホンの少女が振り向く。
その視線はレーザーの集まる少女の視線とかち合った。
「......効かないか」
ツインテールの少女は肩を落として一歩下がる。
その瞬間小さな兵隊は、電気スタンドや鉛筆削り、空き缶など元の姿へ戻っていった。
「ボクは君たちの手駒になるつもりはないよ」
そう言って再び映らないテレビに視線を戻した。
背中を向けた状態で少女は話を続ける。
「しかし例の傷害事件の犯人が小学生とはね。ま、ボクが言えたことでもないけど」
ツインテールの少女の隣に立つ少女が話の流れを無視して切り出した。
「あなたには技術提供をしてもらいたいの」
「それで......?君たちはボクに何をくれるのかな?」
ヘッドホンの少女は特にそれを咎めることもなく続きを促す。
「そうね......」
長髪の少女が百鬼夜行の射程内に踏み込む。
しかし百鬼夜行の変形は見えない力に押さえ込まれ中途で止まった。
「分かったよ。協力する。ボクと言えど命は惜しいからね」
ヘッドホンの少女はさして慌てる風でもないが、長髪の少女の要求を呑む。
その瞬間、音もなく二人の少女は姿を消してしまった。
その後には、一筋の紫電が小さな雷のように弾けていた。
誰も居なくなった部屋で、ヘッドホンの少女は一人呟く。
「雷と......もう一人はなんだ......?行いから考えると......」
暗い部屋、砂嵐の耳障りな音が部屋を包んでいた。
アリスに言われて、自室を目指す。
元の世界に帰る為には必要らしい。
反転しているので何度か道を間違えながらも、自室に辿り着いた。
「ここだけど......」
アリスの目を覗きながら、扉を開く。その先にはいつ振りかのゴローのいない部屋が広がっていた。
「じゃあ座って、座って!」
アリスに背中をぐいぐい押されて前のめりながらも、木製の椅子に座る。座らせられる......?
ともかく、私はどういうわけか机に向かわされていた。宿題をやれとでも言うつもりなのだろうか。
そんなことはお構い無しにアリスがエプロンのポケットをまさぐる。
その中にある膨らみは明らかにアリスの手だけで、何かが入っているようには見えない。
「あったあった」
が、アリスはその空のポケットから物を取り出してみせた。
「てってれてーててーっ!てーかーがーみぃー!」
「何それ......」
宣言通り取り出したのは手鏡......ではなく、小型の一般的な鏡だった。
薄ピンクの乙女指数の高いやつだ。
人によってはあれを手鏡と呼んだりするのだろうか。
それを机の上、私の目の前に配置する。四角い鏡面に映る私。
鏡の中で鏡を覗くというのも不思議な感覚だった。
アリスの手が私の髪に伸びる。
髪の隙間に指が通ると、少し驚いて肩が跳ねた。
「え?え?......えっと、何?」
状況が飲み込めない。
「女の子はもっと可愛くないと!」
私を置き去りにして、慣れた手つきで髪型をあれやこれや弄り出す。
遠回しに可愛くないと言われた気がしたが、それ以上に状況が謎すぎるので再び尋ねる。
「何......してるの?」
「髪型を変えてるの!」
「いや、何故!?」
髪を引っ張られる度にその向きに頭が少し傾く。鏡には口が半開きの私と楽しそうなアリスが映っていた。
「このまま帰しちゃ勿体ないなって思って、それで可愛くなってから帰ってもらおうと思ったの!素材の上にいつまでも胡座をかいてちゃいかんのですよ!」
「は、はぁ......」
依然、状況は意味不明だが、とりあえず身を任せてみる。
アリスは楽しそうだし、単純に私もどんな頭になるのか興味があった。あと、頭に伝わる振動が地味に心地良い。
反転した自室に、アリスの鼻歌が流れる。
いつになく時間の流れをゆっくりに感じた。
続きます。