カラーカテゴライズ(10)
続きです。
浴室の曇りガラス越しに、シャワーが床を打つ音が聞こえる。
電源の入っていない洗濯機の上に、丁寧に畳まれた服が乗っかっていた。
今お風呂に入っているのはさくらだ。
ときどきこっそり覗いては怒られていた。
今となっては覗いても最早構ってくれないので、退屈になって脱衣室を出る。
リビングに隣接した台所から食器のカチャカチャする音が聞こえて、もう少しでお昼か......と、思った。
リビングルームに入ると、私を敵意に満ちた瞳が出迎えてくれる。
「出たな水色!」
あれから何だかんだでココは居座っているのだ。
「なんなのさぁ......もう」
やれやれ、とソファに沈む。
テレビには先程のゲームの続きが映っている。みこちゃんは料理を手伝っているみたいだった。
どらこちゃんがゲームで一位になる。どうやって一緒にゲームをやる流れになったのか分からないが、ココと勝負していたみたいだ。
「また......また、負けた」
対するココは四位。
負けたココは分かりやすく萎んでいた。
「今のところ七連敗ニャ......」
「え......?そんなにやってたの?」
「うっさい、うっさい!余計なこと言うな!」
喚くココの目が、私を捉える。
その表情がニンマリと何か企むような顔に変わる。
「水色......私と勝負、するか?」
「しない」
ぶった斬るように即答する。
対戦してもロクなことにならないだろうし、さっきの勝負にも私が勝ったかと言えば微妙なのでチャンスを与えたくなかった。
「なんで!?」
断られると思ってなかったのか、大袈裟にショックを受ける。
「......水色になら勝てると思ったのに」
「あ?なんだとこのやろう」
「だってゲーム下手そうだし......」
「っな......!こいつ......」
やったことは前に数回程度ある。
結果は覚えていないが、あまり常識外れに下手ってことはなかったはずだ。
「どらこちゃん......ちょっと貸して」
「おう......って別にあたしのじゃねーし、最初から」
どらこちゃんに退いてもらって、テレビの前にあぐらをかく。
「やってやろうじゃないの......!」
コントローラーを握る。
ココと視線をぶつけて、それを合図にレースは始まった。
このゲームにはスタートダッシュ云々というものがあって、なんか丁度良さげなタイミングでボタン入力するといい感じにスタート出来るのだ。
カウントダウンが始まる。
「ここっ......!」
ボタンを押し込む。
気合いを入れ過ぎて、ボタンが少し軋む音がした。
「えっ?まだじゃね......」
言いつつも、私につられてボタンを押していた。
カウントダウンの終了と共に、私たちの乗り物だけが、爆発みたいなエフェクトで出遅れる。
「ほら!だから言ったじゃん、まだだって」
「あんたも押しとるやないかい!」
どらこちゃんがソファで呆れる。
「なんか......お前ら、結構仲良くなれそうだけどな。似たもの同士的な......」
「「は?似てないが?こんなやつ」」
どらこちゃんの発言を裏付けるように声が重なる。
お互いに責任をなすり付けようと睨み合った。
「あれ......これ、どうやってアイテム使うんだっけ?」
適当にカチャカチャしてみるが、一向にバナナが置けない。
「さぁ、知らない」
言いつつも、私を狙って甲羅を投げてくる。
「ちょっと......!卑怯!」
「お前が言うか......」
口論の間にも、順位は離されていく。
「ていうか私、最下位では......?」
「よわ」
「きらら!そっちの道は遠回りニャ!......あっ、あー......」
特に逆転も望めないまま周回遅れになる。
ココは勝利を確信し、酔いしれていた。
「あーもう......ゴローが余計なこと言うからぁ」
「あの、私ゴールしましたけどぉ?」
「一位じゃないじゃん」
「まだゴールしてないじゃん」
さくらが頭を拭きながらリビングに現れる。
私たちの幼稚な争いを見て、一言ぼそっと溢した。
「何やってんの......あんたたち」
なんだかんだで、昼ごはんも食べてしまった。
まだ暑い日差しの中、帰り道につく。
いつもなら超能力で涼むところだけど、それはもう使えない。
手のひらを広げて、それに視線を落とす。
進化はものに出来なかったし、負けた。でも、それでもよかったと思う自分もいるわけで......なんと言うか気分はそんなに悪くなかった。
「なんであんな必死だったんだっけ」
記憶の中にあるのはツインテールの少女の黄金の瞳だった。
けれどその輝きは、みこという少女が伸ばした手に上書きされつつある。
「また会う日がくるかな......」
のどかな田舎の風景に似つかわしくない金属を引きずる音。
アスファルトの凹凸に合わせて、不規則なリズムを奏でている。
逆に迫る足音は軽く、リズミカルだった。
迫る音に振り向く。
視線の先にあるのは、あの時の長髪の少女だった。
その手には鉄パイプが握られている。
「なっ......」
咄嗟に身構えるが、そんなことはお構いなしにパイプが振り下ろされる。
突き出した腕に衝撃が走った。
それだけではない。正真正銘本物の痛みが走る。
「あっ......うっ、く......」
腕を抱えて、アスファルトにうずくまる。
痛みに頭が追いつかず、涙は出なかった。
呼吸で何度も肩が上下する。
見上げると、少女は無表情でパイプを振りかぶった。
「お疲れ様」
平坦に、ねぎらいの言葉が飛び出す。その言葉には何も詰まっていない。空っぽだった。
「誰か......助け......」
頭に殴打の衝撃と音が響く。
視界が一瞬ブレて、そして暗転した。
体が熱の塊みたいに感じる。
何度も、パイプが空気を切る音が聞こえた。
病室は退屈で、だからほとんどテレビは垂れ流しになっている。
世間は夏休みと言うのに、あいも変わらず私は病院生活だ。
まぁ葉月が来てからは退屈も紛れているのだが、そのうち退院してしまうだろう。いや、本来は喜ぶべきことか。
「しかし、これは一体どういうシナリオだろうね......」
テレビは小学生が鈍器で殴打されたという旨を報道している。
「どうしたの?えりく?」
「どうしたのじゃないよ......君のことじゃないか」
そして......もう一人。
葉月が来る前の話し相手だったおじさんが退院した。そしたら入れ替わるみたいに、担ぎ込まれてきた一人の少女が居た。
「鉈手 ココ」と、ネームプレートにはそう書かれている。
包帯だらけのその姿はここに来たときの葉月を彷彿とさせる。
その少女は未だその目を閉じたままだった。
「心配......?」
葉月がこちらの顔色を伺う。
あれからだいぶ打ち解けたものだ。
「心配だよ。君のときもそうだった」
病院ではいちいち他人の状態を気にかけるのは気苦労しかないが、だからと言って気にするなというのも無理な話だった。
私も長いから、何人も見送ってきている。その内の何人が退院だったか......。
「まぁ君が大丈夫だったから、きっとこの子も目覚めるさ」
カーテン越しの柔らかい光が、眠る少女の無表情な顔に降り注いでいた。
続きます。