カラーカテゴライズ(5)
続きです。
風呂上がりの火照った体を、布団の上で冷やす。
私がお風呂に入っている間に、部屋はすっかり涼しくなっていた。
「クーラーすげー」
「キミの部屋には無いからニャ......」
ゴローが枕の近くに座り込む。
ゴローの言う通り私の部屋にはクーラーがない。夏になるといつもおばあちゃんが押し入れから扇風機を引っ張り出してくれるのだ。
今まで夏はそれで凌いでいたが、あれつけっぱで寝ると頭痛くなるし、やっぱりクーラーには敵わない。
「きららも食うか?」
「もらう」
どらこちゃんが、みこちゃんと一緒につまんでいたチョコレート菓子をくれる。
クッキーの枝にチョコレートの傘。それはキノコの形をしていた。
「タケノコ派なんだけどなぁ......」
「え?マジで......?」
私の言葉にどらこちゃんが驚く。
「キノコだろ......普通。な......みこ?」
「あ......私もタケノコの方が好きです」
みこちゃんは既にベッドに潜っている。いつも寝るのが早いのだろうか。
タオルケットの下で足がもぞもぞ動いていた。
「ふぅ......いいお湯だった」
さくらが風呂から戻ってくる。
小声で「涼しっ」と言いながら部屋に入ってきた。
「さくらも食うか?」
「私もう歯磨いてきたから......」
そう言って私の脇腹を蹴る。
「退きなさいよ。あんただけの布団じゃないんだから......」
「あー......」
爪先でつつかれて、布団の端まで転がされてしまう。
ちゃっかり独占していた枕も体から離れてしまった。
どらこちゃんは持って来たお菓子を片し始める。全員揃ったということで寝る支度を始めるみたいだ。
「えーもう寝るの......?」
「......いや別に。あたしはまだ起きてるつもりだけど、みこはもう既にちょっと眠そうだし......」
「わ、私はまだ大丈夫ですよ!」
みこちゃんがどらこちゃんの扱いに異議を唱える。
「でもいつもは寝てるだろ......?」
「まぁ......それは、そうですけど......」
どらこちゃんがみこちゃんの頭に手を置く。みこちゃんがその手を目だけで見上げていた。
「それに、あたし自身はまだ起きてるし、いくらでも話し相手になるよ。もちろんきららもな」
その言葉にみこちゃんはすっかり丸め込まれてしまった。
「まぁ実際私も今日はあんまり寝られなさそうだわ。主にあんたの所為で」
ぎろりとさくらの目が私に向く。
その視線だけ置き去りにして布団に潜っていった。
ゴローが私の荷物から歯ブラシを投げ渡す。私も寝る準備をしろということらしい。
天井を眺めて寝転がるさくらの脇にあぐらをかいて歯ブラシを咥える。
「みこちゃんの歯磨き粉使っていい?」
「いいですけど......脱衣室のところですよ?」
お風呂から上がったときそう言えばあったなぁと思い出す。
「ほいっ」
下に取りに行くのはいささか面倒だと渋っていると後ろから歯磨き粉が飛んできた。携帯用のちっちゃいやつだ。
「あたしの。使っていいぞ」
「んあ、ありがとう」
お言葉に甘えてブラシの上にぶにゅっと絞り出す。
歯磨き粉を投げ返して、再び歯ブラシを咥える。
そこで思い出したかのようにさくらが切り出した。
「そう言えば水色って、あんたの服の色よね?」
「へ?」
一瞬何のことか分からずに聞き返す。
「いや、今日水色の服着てたじゃない。なんならパジャマも水色だし。だから水色ってあんたの服とか、パンツとかの色なんじゃないの?」
「あぁ......その話ね。確かに私の服の色だと思うよ」
そこまでは私も分かっている。問題はその先なのだ。色にまつわる能力ではあるのだろうけど、よく分からない。
「てかパンツは水色じゃないし!」
「確か今日は薄い黄色ニャ」
「「え?」」
ゴローの発言に空気が淀み、話が脱線する。
「ゴロー......見たの?」
「あんた......それはないわよ」
「身の危険を感じます」
自らの過ちに気づいたゴローが分かりやすく慌て始める。
「ち、違うニャ!見たというより、見えたというのが正解ニャ!違っ......てか無防備なきららが悪いニャ!」
挙げ句の果てに私の所為にし始める。
長ズボンだから見えるはずもないが、思わずシャツを引っ張って隠すような動作をした。
ゴローに注がれる視線は、どらこちゃんのものを除いて皆冷たい。
どらこちゃんの歯を磨く音が、シャコシャコ乾いた空気を間抜けに揺らした。
「ほんじゃ、消すぞ」
どらこちゃんが電気のリモコンを押す。私の家なんかじゃ電気は紐を引っ張って消すものだが、みこちゃんの家では紐がぶら下がってる電気など一つとしてなかった。ハイテクだ。
ピッという電子音と共に、タオル簀巻きの刑で元々視界が暗かったゴロー以外の視界も暗転する。
天井ではまだ蛍光灯がうっすら光を帯びていた。
枕を求めてさくらの方へにじり寄る。
「暑苦しい!寄るな!」
暗闇に早くもなじみ始めた目が、すぐ近くのさくらの顔を捉える。
いつも真ん中で分けられている前髪が今は閉じられていた。
「てか近っ」
「あんたが近づいて来たんでしょうが......」
いつもと同じような会話だが、やっぱり状況が違うのでなんだか楽しかった。
「ねぇねぇ......好きな人居る?」
「なんだなんだ......?」
右手で頭を支えて、左手でみこちゃんの髪をいじるどらこちゃんがニヤケ面で私に視線を注ぐ。
どらこちゃんに前髪をいじらせていたみこちゃんも体の向きを変えてこちらを向いた。
「修学旅行ですか......?」
「あんたねぇ......」
「いーじゃん、いいじゃん。ダメなら怖い話する?」
「それあんた自身苦手じゃないの......」
さっきから釣れないさくらのお尻に手を回す。存外柔らかくて触り心地が良かった。
「ちょっと......!」
「うぐ」
さくらの膝がお腹に食い込む。
割と本気の威力だった。
「私も怖い話はちょっと......」
みこちゃんが萎む。
抱き寄せるどらこちゃんがまるで保護者みたいだった。
蹴られた勢いのまま天井を向く。
瞬き二回。
「やべー、絶対寝られない」
気分が浮ついているというか、高揚感がすごい。
「あだっ......」
さくらが私の尻を引っ叩く。
「修学旅行までとっておきなさい。色々と」
「うーい」
適当に返事する。
まだ夜は始まったばかりだ。
続きます。