きらら観察日記
続きです。
ボクには使命がある。
それはきららの観察だ。実はボクが黒幕でデータを収集してるとかそんなことは全く無くて、きらら本人に頼まれたものだ。
突然絵を描かされたと思ったら、渡されたのがこれ、絵日記だ。
ボクの画力を見込んで、夏休みの宿題の一つである絵日記を丸投げされてしまった。
突っ返そうにも、きららの意識がどこか他の方面に向いているようで、反応が薄い。
多分夏休みが始まって浮かれているのだろうけど。
そのきららはというと、初日からしっかりと怠惰に過ごしている。
ベッドの上で布団も被らずに寝ている。長袖の寝間着だが、寝ているときに暑かったのか捲られている。
「シワがつくニャ......」
服を軽く引っ張ると、寝返りをうって枕に顔を埋めてしまった。
もしかしたら絵日記に一日中寝ていましたと書く羽目になるかもしれない。
起きそうもないきららに背を向けて、部屋を出る。
台所ではパタパタと忙しないスリッパの音が響いていた。
「きらら、まだ寝てるニャ......」
「まぁ......しょうがないわね」
おばあちゃんは手を止めることなく苦笑いする。
「あ、ゴローちゃん。ちょっとお塩とってくれる?」
「これかニャ......?」
「そうそう、ありがと」
やはり手慣れているのか、もの凄く手際がいい。
あっと言う間に食材が料理に変わっていく様は見ていてとても面白いものだった。
「きららは......多分お昼まで起きてこないわね」
「ごめんニャ」
「ふふっ、別にいいのよ。あの子はそういう子だから」
そう言ってテレビをつけて、一人で朝食を摂り始めた。
「ゴローちゃんが来てから、あの子も楽しそうだし......本当にゴローちゃんには感謝してるよ」
「いえ、そんな......」
その表情があまりにも眩しくて、ひどく照れ臭かった。
とりあえず朝寝坊っと。
絵日記の最初はこれで決まったのだった。
「ゴローちゃん何か食べたいものある?」
「基本的にボクはものを食べられないニャ......」
お昼の準備にあたってボクの好みを参考にしたかったようだけど、ぬいぐるみにものを食べる機能はない。パワードゴロー状態だと実は食事が出来たりするのだけど、流石にあの姿で食卓に並ぶのは気が引ける。
しかし、食べられないとは言え味はわかる。と言ってもきららを通しての味だから、バイアスがかかっていてそれはそのままきららの味覚なのだが。
「味で言えば結構ジャンクなものが好きニャ。基本的に好き嫌いはあまりないけど......味が繊細なものとかは舌が雑だから良さが分からないニャ」
「あら、そうなの。ずいぶん詳細に分かるのね。食べないのに」
「食べないのにニャ」
きららは好き嫌いは少ないが、おそらく典型的な子供舌だ。今までを通して大体分かっている。
他にも色の好みだとか、服装の好みも知っている。
そんなことより、先程から背後に視線を感じる。
ゆっくり振り返ると、障子の影から水色がちらついた。
きららが柱にしがみつくようにしてこちらを覗いていたのだ。
色の好みは水色。
スカートは小さい頃からあまり履いてこなかったので抵抗があると以前自分で語っていた。それで履くのは半ズボンばかりだ。締め付けるような服が好きじゃないのもあって、中学生になったら万年ジャージになりそうだと密かに思っている。
「何してるニャ?......柱に隠れて?」
声をかけるとビクッとなって、そのまま平行移動で障子に隠れた。
「きららー?」
もう一度呼ぶが反応はない。
一体なんなのだろうか。
「ゴローちゃん......きらら起きた?」
「あ、起きたニャ。さっきまで居たんだけど......多分部屋に戻ったニャ」
何をしていたのか一瞬考えて、無駄だと諦める。
そろそろ昼食の用意も完了するようなので、きららの部屋に向かった。
部屋に近づくと、「道にバナナ......」と籠った声が聞こえてきた。
こればかりは本当に訳がわからない。
何言ってんだこいつと思いつつも部屋に入る。
「お昼ニャ」
声をかけると、今度は驚く様子もなくゆっくりと振り向いた。
そして、じーっとこちらを見つめる。
目が合う。
じー。
「ご飯......なんだ、けど......。あの、何してるニャ?」
「ん、ああごめん」
きららがハッとしたように我に帰る。道にバナナと何か関係があるのだろうか。
そして答え合わせはすぐにやってくる。
これか......これが道にバナナなのか......。
天井からぶら下がるのは金だらい。
その奥には埃っぽい布を被ったきらら。
これならまだバナナの方がいいのではというようなクオリティに困惑が隠せない。
「こ、これは......?」
「いいよ。かもん」
きららも若干開き直っているようで、堂々と手招きをする。
こちらも開き直って、前進。
当然たらいは頭の上に落ちてくる。
「えぇ......」
きららがサムズアップをして、両眼を瞑る。目にゴミでも入ったのだろうか。
そのままやけに冷静な状態でたらいを回収していく。
何が何だかさっぱりだった。
今日は流石に何だかおかしい。
きららに頼まれて飲み物を持ってきたが、今その部屋の入り口はサランラップに阻まれている。
何か流行っているのだろうか。
「あの......指紋が浮いてるのが見えるニャ」
「うん。おいで」
きららの瞳が無駄にまっすぐにこちらを見据える。
またこのパターンか......と思いながらも、ラップにめり込む。ミシミシラップが伸びる音がした。
「なんか......あんまつまんない?」
ボクが体を張ったにも関わらず、きららの評価は正直なものだった。
「こういうのはプロがやるから面白いニャ」
ペットボトルを投げ渡す。
すると、それで物理的に頭を冷やし始めた。
なんなのだろう、この変な生き物は。
自分のことを棚に上げて、そんなことを思った。
ただ蝉の声だけが、蒸し暑い空気を揺らした。
続きます。