Invisible one (11)
続きです。
「え?るーが見つかったんですか!?」
葉月さんのお母さんが瞳を潤ませて、身を乗り出す。
それに曖昧な返事で答える。
「あ、いやそれはまだ分からない......です......」
「でも、何かが起きたのは確実だ。どんな結果になるかは分からない。ただ、その......なんだ?まぁ......あたしらもまだ分からないってのが本音だな」
どらこちゃんも、状況が分からないだけに言葉を慎重に選んでるみたいだった。
変に期待をさせちゃいけないし、絶望の淵に叩き込むようなことを言ってもいけない。
ただ、これから訪れる結果を受け入れる準備が必要なのだ。
それが私たちがここに来た意味。
前もって話しておく必要がある。
葉月さんのお母さんが赤ん坊に駆け寄る。その足並みは軽かった。
人差し指で赤ちゃんのほっぺをつついて笑う。
「大丈夫。きっと大丈夫よ、あの子なら。私よりしっかりしてるもの」
「あぅ......でも、でもですよ!」
「大丈夫よ」
私の方を見て、柔和に微笑む。
その目に宿るのは、過度の期待とかそういうのじゃなくて、強い信頼感というか......ともかく、準備は整っているみたいだった。
「結構、ちゃんとお母さんなんですね」
家の窓が全開だったりと防犯意識が低いし、自覚はあるみたいだけどちょっぴり間抜け。
けれども、その佇まいはしっかり母親だった。
「ふふっ、ありがとう」
言ってしまってから失礼だったと気づく。
慌ててわたわたするが、恥ずかしくなって姿勢を正した。
「まっ、ともかくきららたちもここに来るはずだから、それまで待ってようぜ」
どらこちゃんが「肩の荷が降りた」といった感じでため息をつく。
「ところで二人とも......今日って小学校はお休みなの?」
「えっと、それは......ですね」
それとなく目を逸らす。
「サボりだな」
どらこちゃんがピースサインをして肩を揺すった。
「何これ?開かないんですけど!」
服に染み込んだ水分も熱で全て蒸発した。なんなら少し温いまである。
「今のゴローなら壊せるんじゃない?」
びくともしないドアに、八つ当たりで蹴りを入れる。
錆がパラパラ散っただけだった。
「流石に壊すのはちょっとあれニャ」
言いながらしゅるしゅる縮む。
空気の抜けた風船みたいに舞い上がって、いつものゴローに戻った。
「わきに階段あるわよ」
さくらが工場の裏側から周ってくる。
その後について行くと、確かに建物の側面に階段があった。
その先には窓があり、都合よく割れている。
もしかしたら誰かが入ろうとして割ったのかもしれなかった。
「なるほどね」
階段をゴローを先頭にして一列で上る。
一段、また一段と上る度に、風化した鉄が軋む嫌な音が鳴った。
自然と足を慎重に運ぶ。
「落ちたところで死ぬ高さじゃないわよ......。そんなビビんないでも......」
「び、びびっ?ビビッてないし?」
赤錆だらけの手すりを掴んで、何段か飛ばして上る。
やっと上りきると、その高さにすーっと血の気が引くのを感じた。
もしかしたら、私は高いところが苦手かもしれない。
苦手なもの多いなぁと一人ため息をついた。
「ちょっと早くしなさいよ」
「はいはい......」
さくらに急かされて、フレームだけになった窓を潜る。
中に入ると鉄の匂いがより強く感じられた。
外側と違って、内側の足場は錆びていない。
その足場を使って、反対側まで回ると梯子があるみたいだ。
「こっちに階段があるニャ......」
梯子に向かって歩き出しかけたところでゴローに引き止められる。
すぐ横に階段があった。
ゴローを追い越して、階段を駆け足で降りる。
が、その中途で思わず立ち止まる。
「ちょっと、いきなり立ち止まらない!」
さくらが言うが、全く頭に入らなかった。
私の視線の先、工場の床に人が倒れている。
その頭部からは血が流れ出していた。
「......そんな......」
「ちょっと......」
さくらが痺れを切らして身を乗り出すが、私と同じものを見て言葉の勢いを無くす。
思い出すのはゴローの言葉。
神隠しが隠していた「死体」。
「待つニャ!生きてるニャ!」
「え......?」
私たちの立てる物音に反応して、指先がピクリと動く。
「ほんとだ!」
急いで駆け寄る。
倒れているのは少しくせっ毛の女の子。その顔には確かにあの母親の面影があった。
目を覚ますと、そこは病室だった。
記憶が曖昧で、何があったのかよく思い出せない。
廃工場に居たのは覚えているが、そこからどうなったのかが判然としない。
無意識に伸ばした指先が、頭に巻かれた包帯に触れる。
「や。目を覚ましたみたいだね。君、病院内で結構話題になってるよ。どうも誰かに殴られたみたいだって、なんかあったの?」
突然、横のベッドから話しかけられる。
そっちを見ると、ニット帽の女の子がこちらを覗き込んでいた。
「わ、私が見えるの......?」
「何言ってるんだい......君」
隣の女の子は首を傾けるが、さほど気にしている様子でもなかった。
「あ、あなたは?」
ニット帽の女の子に名前を尋ねる。
「わ、私!?私は......あー、と......実はえりくって名前なんだよね。変でしょ」
「......変」
「あ、あはは......」
えりくさんが頬を引き攣らせて笑う。
そっか。私は今見えてるのか。
「ところで、君の話も......おっと」
えりくさんが言いかけたところで、病室の扉が開く。
入って来たのは......。
「母さん......!」
「るー......!......よかった。心配したのよ!」
「あだっ、ちょっと痛いって......」
母さんがベッドに飛び込んで抱きついてくる。
その体が擦り付けられる度に、激痛が走った。
「あ、その子肋骨やられてるからあんまり激しくしない方がいいっすよ」
多少引きながらも、えりくさんが制してくれた。
母さんの後に更に人が続く。
特に話したことがあるわけでもない同級生たちだった。
「おーっす。やってる?」
「それはどういうテンションなのよ......」
「意識戻ったんですね」
「なはは......。おまえらもうちょい静かにしたら?」
母さんが体を離して、後ろのベッドに座る。
そのベッドに寝てる知らないおじさんが驚いていた。
「母さん......椅子だしなよ......」
「あぁ......ごめんなさい......」
頭の脇で髪を結わえた子......確かどらこって名前だったと思う。その子がさりげなく椅子を用意する。
突然現れた椅子に、母さんはなんの疑問も抱かずに座った。
「あれ?どっかで会った?」
「ひ、人違い!君とは会ってない!」
ずっと不登校だったきららって子が、奥のベッドのえりくさんに話しかける。
あれ?ここ変な名前の人多くない?
おおよそ病院には似つかわしくない賑やかさの中で、それを気にも留めず母さんが笑う。
「るー......お帰り」
「......ただいま」
続きます。