ランチタイム(23)
続きです。
「さ、二人も食べな」
みこ母は二つ目のクッキーの包装を開けながらあたしたちにも勧める。
お菓子箱に敷き詰められているのは、どこか高級そうな雰囲気のあるクッキー。
こういうものは何種類か入っているのが勝手なイメージだったが、どうやら一種類だけのようだ。
包装には英語表記で何か書かれているが意味は分からない。
というかおそらく筆記体というやつで、英語であろうということすら確かではない。
「あっ・・・・・・と」
勧められるままにそのクッキーに手を伸ばすが、こう・・・・・・勝手に取ってしまっていいのだろうかと途中で躊躇う。
「ん? いんだよ」
察したみこ母が念押しし、少し恐る恐るといった手つきで一枚つまみ上げた。
みこ母はあたしが包装を剥くのを見届けると、今度はその顔をみこに向ける。
「ささ、みこも食べなさいな。お父さんが貰ってきたいいやつだから」
「あ、いや・・・・・・わたしは・・・・・・遠慮しておきます」
それにみこは半分顔を隠すようにして手のひらを見せ、微妙な表情で笑った。
「・・・・・・?」
途端に顔色が変わった・・・・・・というような劇的なものじゃないが、しかしたかがクッキー一枚を食べる食べないというところでする表情にしては深刻すぎる気がする。
嫌悪というか、多少の怯えのようなものも滲んでいるようにも見えた。
「いーからいーから。食べなって。別に嫌いなわけでもないじゃん」
「あ、いや・・・・・・それは、そう・・・・・・なんですけど・・・・・・」
「ふーん・・・・・・」
みこの反応に、みこ母は浅く頷く。
そして急にこちらを向いた。
「ま、こういうわけよ」
「・・・・・・?」
「休ませたワケ。みこ・・・・・・なんでか分かんないけど食べないの」
「食べない、っていうのは・・・・・・?」
「昨日から、なーんも。流石にさ、大丈夫では流せないよねぇ」
食べない。
食事をしない。
普通、なことではないと思う。
「食事、か・・・・・・」
みこの様子がおかしかったのも給食のとき、あの時に何かが始まったというより食事という場面と何かが結びついているということだろうか。
たぶんあたしが来てみこの話題になった時点で隠し通すことは叶わなかったであろうに、それでも事実を露呈されたみこは気まずそうに俯く。
そしてそのままきゅっと口を結んでしまった。
みこ母はその姿に肩を落とす。
「・・・・・・ま、ね・・・・・・あんまり問い詰めるのもさ、あれなんだけど。その・・・・・・やっぱり心配だからさ」
「すみま、せん・・・・・・」
みこ母の言葉にみこは本当に申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にする。
けれどもそれ以上何かを言う様子もなかった。
直感、とは違うのだろうが悟る。
これはおそらくあたしの領域の問題だ。
やはりみこの身には現在進行形で何かが起きている。
しかしだとしたら、その元凶は・・・・・・どこにいる?
「・・・・・・とりあえずさ、わたしも分かんないから・・・・・・明日も同じ様子なら病院に行こうと思います。いいですね?」
「・・・・・・」
みこ母は母親の表情をみこに向ける。
みこはその視線を不安そうに受け止めて、小さな動作で頷いた。
「・・・・・・はい」
やや重たい空気感に居心地が少し悪くなるが、まぁ大切なことだ。
「まぁ、なんだ? みこのその、気持ちの整理がついてからでいいから、あたしも頼ってほしい。たぶん・・・・・・だけど、あたしの力が要るようなことだろ?」
今はまだ答えを求めない。
けどきっと、高い確率で怪物が・・・・・・アンキラサウルスが関わっている。
そのときに力になれるのは、学校の先生でも医者でもないはずだ。
あんまり思い詰めてしまってもよくないので、出来るだけ優しくみこの肩に触れる。
「ま、必要なときは呼んでくれよ。あたしはすぐに飛んでけるからさ」
少なくとも、多少は見えて来た。
何かが潜んでいるのは確実。
とすれば探り方もみこ本人に迫る以外の方法もあるはずだ。
何かが“居る”なら、それは必ずいつか尻尾を出す。
そこを狙い撃つまでだ。
その後、簡単な挨拶を交えて家を出る。
そのころにはみこも多少元気を取り戻しているようだった。
外に踏み出して見上げた空は、オレンジから紫色へのグラデーションを描いている。
夕方と夜の境目だ。
まだ暖まりきらない風に吹かれて、あたしの家につま先を向ける。
結局、食べた上であのクッキーが何味なのかは分からなかった。
続きます。




