Invisible one (2)
続きです。
夏とは言え、夜は相応に冷える。
家に戻ることも考えたが、あそこはもう私の家だとは思えなかった。
どこにもいない私は、廃工場で一人冷たい体をさする。
時間が欲しかったので、いつもより早く学校に来る。
かなり慌てて家を出たので忘れ物の一つでもしてるかもしれない。
教室の戸をガラガラ開く。
蒸し暑くて朝特有の清涼感のある空気が感じられない。夏ってやつは風情のないやつだ。
「あっ」
まだ誰も来ていないと思っていたが、さくらの姿を見つける。
退屈そうに机に突っ伏していた。
「あんたこんな時間から学校来てるの?」
「あんたがいつも遅すぎんのよ」
早く登校してる割には、まだ眠そうだった。
「そんなことより空席ニャ!」
「あぁ、そうだった......」
自分自身も慣れない早起きで、どうも寝ぼけているらしかった。
ゴローの催促を受けて、黒板の前から教室を見渡す。
「......」
「どうかニャ?」
「うーん......」
「ほら......あそこの角の席ニャ」
「うむうむ」
「ちょっと......真面目に見てるかニャ?」
とうとう痺れを切らしたゴローがため息混じりに言う。
「ごめんごめん......けど、今空席だらけでよくわかんないや」
舌を出して少しおどけてみると、ゴローのため息がより深いものになった。
「おっ......きららじゃん。珍しい。何やってんの?」
教室の戸が再び開かれる。
扉に手をかけてあくびをかみ殺す。
やって来たのはどらこちゃんだった。
その背後からはみこちゃんが控えめにその存在を主張していた。
「二人ともいつもこんなに早いんだ」
「いや......きららちゃんは遅すぎますよ」
さくらが「それみろ」と鼻で笑った。
「むぅ......。そんなに遅いかなぁ」
少なくとも遅刻はしたことがないので、問題はないはずだ。
「で、そんなとこで何やってんだ?」
どらこちゃんたちがこちらに駆け寄る。
さくらも後ろから覗き込むようにちゃっかり合流していた。
「いや......ね?ゴローが教室の空席が気になるって言ってね......」
「そうニャ。後ろの角の席がずっとそうニャ」
「空席......?」
「空席ですか......?」
どらこちゃんたちも思い当たる節がないようで、訝しむような表情をしている。
「これと照らし合わせると......この子の席ってことになるわね」
さくらが教卓から引っ張り出した座席表を広げる。
「はづき......るーぺ?」
その指が指す名前は“葉月るーぺ”だった。
名前に伸ばし棒って、どうなのだろうか。
「キラキラネームニャ......」
「ていうことは......」
空席を知らなかった理由。
どうやっているのかはわからないが、何故誰も空席に気づかなかったのかその理由ははっきりする。
「この葉月って子......超能力者ニャ」
階段を上ってくる生徒たちの喧騒が近づく。
ゴローをしまって席に着くと、次々とクラスメイトたちが流れ込んできた。
私たちの視線はただ一点、教室の後ろの席を見つめている。
「あ......」
「空席......ね」
前の席のさくらが椅子に斜めに座って、私の机に肘を乗せる。
その席に誰かが座ることはなかった。
そして私たちは今初めてそのことに気づいたのである。
続きます。