渦巻き絵本(14)
続きです。
「......やれやれ、その姿はだいぶイメージと違うけれどまさかそこの設定を戦闘に活かしてくるとはね」
「私自身もこの姿になるとは思ってなかった。たぶんゴローの内なる欲求的なアレがそうさせたんだと思う」
私を地面に下ろすゴローを見つめる。
その姿にするなら何故顔はそのままなのだろうと疑問に思わずにはいられなかった。
「ともかく!先手必勝!先手は頂いたよ!」
ゴローの腕と剣を交差させて、それっぽくポーズを決めて、むせながら立ち上がる魔女を待つ。
「ふふっ......やってくれたね。だけど不意打ちはもう出来ないよ」
「不意打ちなんて......もう必要ないよ!」
ゴローと一緒に魔女に駆け寄る。
握りしめた剣が輝き出し、その光が軌跡を描く。
この刃が届けば......。
「私たちの......勝ちだっ!」
魔女が首を回す。
もう負けを受け入れる準備が出来たのだろう。何かを仕掛けてくる様子はなかった。
「そう届けば私の負けだ。それは認めよう。......届けば、ね」
「何を言ってるニャ!避けるつもりもないじゃないか!そんなんで......」
言葉の途中でゴローが異変に気付く。
何歩進んでも、距離が縮まらないのだ。
「どういうこと......?」
何秒とかからない距離のはずなのに、まるでランニングマシンの上を走っているみたいに一向に先に進めない。
魔女が回していた首を止め、正面を見据える。
「私とあんたの間に空間を作り出した。あんたが私に辿り着くことはない」
「そんなことが......」
そんなことが出来るなんて聞いいない。
「あまり調子に乗るなよ?」
「っ!?」
声が聞こえるのは背後から。
慌てて振り向くと、余裕の表情で魔女が佇んでいた。
「なんで......って顔してるね。いいよ、教えてあげる。と言っても簡単な話。私がいた場所とあなたの背後の空間を繋げただけ。あんたは私が描写していない能力を知らない。それが敗因さっ!」
「危ないニャ!」
繰り出されたパンチをゴローが間に割り込んで受け止める。
「何だニャ!?」
その拳が衝突した部位で、炎が上がる。
遅れてやって来た爆発音と共に、ゴローが吹き飛ばされてしまった。
筋肉の塊が、床を転がりながら私の後ろに吹っ飛んでいく。
「私の知らない能力......ね」
視線を戻すと、魔女が「惜しい」と人差し指をくるくる回しながらニヤついていた。
ゴローの炎が引火したのか、館のあちこちから炎が上がり出す。
「時間をかけ過ぎたら問答無用で私たちの負けってわけね......」
炎は尋常じゃないスピードで広がり、館をオレンジ色に照らす。
しかし魔女も不思議そうに辺りを眺めていた。
「これは......?」
「あんたが着けた火じゃないの?」
「まさか......!」
思い当たることがあったのか魔女が館のあちこちを駆け回る。
炎の海になりつつある館に声が響く。
「こっちであります」
熱で溶けて変形し煤をまとった鎧がガチャリと音を立てる。
「みこちゃん!?」
魔女はみこちゃんの目の前まで瞬間移動して、その胸ぐらを掴む。
「貴様っ!外から竜で火を放ったな!」
みこちゃんの目は据わっている。
その瞳の奥には怒りの炎が燃えあがっていた。
「あなたは外に出て、竜に跨って逃げてくださいであります。私はこの魔女を逃すわけにはいかないであります」
私を見つめて水筒を投げ渡す。
そして燃え盛る出口を指差した。
「その水をかぶってさっさと出るであります。一人なら問題なく出られるであります」
「え......ボクの分は無いのかニャ?」
魔女が顔を手で覆って堪え切れないという様子で笑い声をあげる。
「ククク......フハハハハ!愚か!愚か!愚か!所詮は下等な人間だ!私はいくらでも空間を生み続けられる!炎が私を呑むことは起こり得ない!」
しかし、みこちゃんは冷淡に告げる。
「で?それがどうしたでありますか?あなたがいくら館を広げても、外に出ることは出来ないであります」
「おまえ、正気か?」
魔女の表情に苛立ちが滲む。
「さぁ。早く行くであります」
「いや、そんな......」
外側から竜の首が伸びる。
それは私を咥えて
「あ......ちょっと!」
館の外へ引き抜かれた。
その穴もすぐに焼け崩れて塞がれしまうのが見えた。
竜は止まらない。
燃える館を背に、最高速で飛んでいってしまう。
そこで世界は白紙に戻った。
「これにて渦巻き絵本、完結だね」
何も描かれていない真っ白な世界。
そこに私たちは立っていた。
姿やら服やらも元どおりだ。
「えっ?これで終わり?」
あまりのあっけなさに拍子抜けする。
「いやぁ......。勝つ手段が無くなっちゃったからね」
「でも私程度ならやっつけられたんじゃないんですか?」
とどめを刺した張本人が首を傾げる。
そう思ってたのに決行したのか......。
「出来ただろうけど、虚ろの魔女はそれを選ばないだろうね。私の物語だ。そういうところは私が一番大切にしないと」
そういう魔女......いや、彼女の目はどこか遠くを見つめているようだった。
「名前......なんて言うの?」
ここまで来て、初めて名前を尋ねる。
「上級生としてキミたちに要らん心配かけるわけにはいかないよ。だから秘密」
「は?」
どらこちゃんがニヤニヤ笑う。
「まぁなんかよく分かんねーけど、楽しかったぜ」
「そう言って貰えると、私も嬉しいよ」
「私は楽しくなかったわ。どうせならもっと出番寄越しなさいよ」
「あ、さくら居たんだ」
「居たわよ!」
白紙の世界も少しずつ霞み出す。
「まぁまた会うかもしれない。私の茶番に付き合ってくれてありがとう。そろそろ時間みたいだ」
彼女は少し演技がかった動作でお辞儀をしてみせた。
朝日が薄く差し込む病院の廊下に、いくつかの足音が鳴り響く。
ベッドから外を見ると、曇り空を飛ぶスズメか見えた。
「やっぱ色合いがなぁ......いまいち綺麗じゃないんだよなぁ」
独りごちる少女は髪の抜けた頭を隠すためにニット帽を被っている。
「まぁでも......あんな変なやつらも居るし、悪くはないかな」
点滴が刺さった腕はゆっくりと、手元のノートを閉じた。
また今日が無事訪れた。
続きます。