be forever (22)
続きです。
記憶の断片が再び姿を変える。
その姿は救世主のもの。
最初に現れた時点でこの姿だったし、もしかしたらこれが基本形なのかもしれない。
この場所を一番理解していて、こういうものと一番強く結びついてる。
そういう存在を考えると、確かに思い出すのは救世主の姿だった。
「それは・・・・・・本当にそうだろうか・・・・・・?」
「え?」
「君は、本当に失ってしまったのか、ということだ」
「そんなの・・・・・・」
ユノに奪われてしまった進化。
残ったのは欠けた不完全な私。
それは胸に物理的に空いた穴が物語っていた。
「そんなの、当たり前じゃん・・・・・・。私、もう何も出来ないよ・・・・・・。何も・・・・・・」
記憶の断片が目を細める。
そして細く息を吐いた。
「もし君が本当にそう思っているなら・・・・・・それは残念なことだ」
視線だけをこちらに向ける。
そんなことを言われたって実際もう取り戻すことは叶わないし、だから目を逸らした。
「きらら」
私が俯くと、今度はゴローの声で話しかけてくる。
「ボクに会った日のこと、初めて話した日のこと、覚えてるかニャ」
「え・・・・・・?」
ゴローとの初対面。
忘れるはずもない、衝撃的な出会いだ。
「キミは最初は随分ボクに驚いてたニャ。寄生虫だなんて揶揄われたこともあったニャ」
ゴローの語る言葉は、今となっては懐かしいものだ。
「そりゃ・・・・・・さ、驚くよ。普通ぬいぐるみは喋らないし、今まで喋ったこともなかったんだから」
そうやって驚いて、でもずっと一緒に居たぬいぐるみで、だから馴染むのも早かった。
何でも話せて、いつでもそばに居て・・・・・・。
思えばずっとその視線と共にあった。
「それから、ボクに名前をつけてくれたニャ。キミは思いつきで語ったかもしれないけど、ボクにとっては大切な名前ニャ。あの日からボクは物言わぬぬいぐるみからゴローになったニャ」
「・・・・・・ゴロー」
その名前を噛み締める。
そういえば自分でつけた名前だった。
それからの日は、その名前を呼ばない日は無かった。
「そしてボクの次は・・・・・・」
また姿を変える。
「あたしに会ったな」
自分の顔を指差しながらニッと明るく笑う、どらこちゃん。
「最初は・・・・・・私を助けてくれた・・・・・・」
「ま、結果的にはな」
今度は私から、その過去を語る。
初めての、アンキラサウルスとの戦い。
私が初めて会った他のゲーム参加者。
炎の龍。
どらこちゃんだ。
「そして次会う時は敵同士だった。あたしは名前を変えるため、お前はそれを止めるため・・・・・・ほんと、余計なお世話だよ」
「殴られた時、すごく痛かった」
「自業自得じゃねーか。まぁ・・・・・・あれは効いたわ、流石に。しかもいよいよ決着って時にお前・・・・・・まさかのみこだよ。今思えば卑怯じゃねぇか?」
公園での、どらこちゃんとの激戦。
結果的になんとか勝利をもぎ取ったが、なかなか厳しい戦いだった。
「いきなりでびっくりしたけど、私・・・・・・嬉しかったですよ」
「わ・・・・・・」
いきなり声が変わるから私もびっくりする。
その私の顔をひょっこり覗き込むのは、その声の通りみこちゃんだった。
「私は・・・・・・まぁ二人と違ってきららちゃんと戦ったりはありませんが、それでもどらこちゃんの件のときからずっと助けてもらいました」
「い、いや・・・・・・助けて貰ってたのは私だよ。それからも・・・・・・秘密基地のときも、力を貸してくれたのはみこちゃんだった」
最初はいつもどらこちゃんと一緒にいる女の子って、それくらいの認識だった。
でも、降りしきる雨の中一緒にアンキラサウルスと戦ったり、山の中で一緒に彷徨ったり・・・・・・振り返るとずっと一緒に居たし、いつも私たちを支えてくれた。
そういう思い出が、ここでのみこちゃんを鮮明に形作っている。
「んで、私よ」
「出た、いじめっ子」
私の不登校の原因、さくら。
けどその少女が抱える事情は私よりずっと複雑なものだった。
今まで世界にあんな問題があるなんて思いもしなかったけど、それでも子供なりに解決しようと奔走したのだ。
だいぶ空回りだったけど。
「そんな話はいいのよ。黒歴史よ黒歴史。私はあんたの命の恩人でしょうが! もっとそういう部分を讃えなさいよ」
「海水浴のときもそう言えば助けてくれたね」
「そうよそうよ、そういう・・・・・・あれ、そうだったかしら?」
さくらはとぼけるが、あの出来事も忘れるはずがない。
忘れ難いことばかりだ。
記憶の断片は、再び姿を救世主に戻す。
「それだけじゃない。君は辿ってきた道で多くの人に出会い、それらをここに刻んできた」
「私と、私と、私と、私・・・・・・」
記憶の断片が次々と姿を変える。
エリク、葉月、ココ、アリス、ノワール、ブラン、スバル、バルス、ミラクルやユノでさえ、その中に居る。
最後にはユノから、救世主に落ち着く。
「これが君の歩んで来た道・・・・・・いわば進化の軌跡だ。ほら、ちゃんとあるじゃないか・・・・・・」
「それは・・・・・・」
私は生きていく中で沢山の人に会ってきた。
そしてまだ生きられるなら、きっとこれからも出会いを重ねて行く。
それは、進化なのだろうか・・・・・・。
「前に進む意思がある限り、それは進化だ。語り、反発し、並び、交じわり、忘れ、思い出し、それを繰り返す。そのたびに君に傷は増えていくかもしれない。失っていくかもしれない。けれど、大切なものたちは今、ちゃんとここにある。誰にも、奪えやしない」
忘れていたようでも、ちゃんと覚えている。
過去にあったことは、良くも悪くもなくならない。
多くのものを抱え、時には諦め、捨て、捨てられ・・・・・・。
傷も思い出も残っていく。
「君の未来を紡げるのは、君だけだ。君は、何を選ぶ?」
「私は・・・・・・」
空っぽの胸。
だけど、暖かなものが流れ込んでくる。
「ユノが奪ったのは結果に過ぎない。仮に過程の記憶が奪われたとして、しかしあったことは消えない。振り返れば、足跡は必ずある。君の歩いた道にあるのは君の足跡だけじゃない、当然君と共に歩んだ人の足跡がある。彼ら彼女らの歩んだ道にも、君の足跡がある。君から消えても、君と歩んだ全ての人の中に残っているんだ」
私の軌跡は、進化は私だけのものじゃない。
それは、みんなと歩んで来た道だから。
私は、失ってなんかいない。
失っても、取り戻せないものじゃない。
私が前に進もうと、より良い未来を掴もうとする限り。
「最後の一押し・・・・・・これは君の最も古いカケラだ」
救世主はそう言って、再度その姿を変える。
その姿は酷く不鮮明で、女の人であることしか分からない。
表情どころか顔もちゃんと見えなくて、でも誰だか分かる。
「お母・・・・・・さん・・・・・・?」
「きらら」
誰かが私の名前を呼ぶ。
優しく、穏やかな声で。
ずっと忘れてた、大切な記憶。
ゴロー以外に、私に残してくれたもの。
「お母さん・・・・・・!」
ここに居るのはその存在の残像。
越えられない壁の向こうの存在。
けれども今はその壁を無視して、飛びつく。
その温度を貪る。
知らないのに懐かしくて、ぼろぼろ涙が溢れてくる。
その両手が、優しく私の背中に回される。
ずっと抱きしめて欲しかった。
ずっとその声を聞きたかった。
一緒にご飯食べたかった、一緒に寝て、一緒に起きて、褒められたかった、叱られたかった、一緒に・・・・・・一緒に、生きたかった。
お母さんは何も言わずに私の背中を撫でる。
私の涙はその服に次々染み込んでいく。
私はこんなにもこの人に会いたくて、会えなくて・・・・・・。
おばあちゃんも優しいけど、お母さんではなくて。
みんなが羨ましくて。
「ずっと迷惑かけないようにって、お母さんの話はしないで・・・・・・でもほんとは知りたかったし、夢でもいいから会いたいって、こんな風に甘えたいって思ってた。ずっと、ずっとさ・・・・・・寂しかった」
「・・・・・・」
答える声は無い。
けど、確かにある、確かに居る。
私は十分受け取った。
だから今度は返す番だ。
「私、元気だよ。みんなからいっぱい愛情をもらって、学校の先生にも・・・・・・よく叱られるけど、でもみんな私のことでちゃんと悩んでくれて・・・・・・友達もいっぱい居て、だから・・・・・・!!」
お母さんの腕の中で、涙を拭う。
よく分からない顔が、涙で余計分かんなくなる。
でも、いつもみたいに明るく笑った。
「だから、心配いらないよ! 安心して、見守っててね」
記憶の断片が光の粒となって、徐々に薄れていく。
別れのときは近い。
けれどもこの瞬間は、私の中に刻まれる。
私の進んでいく、道筋に。
この道を途切れさせるわけにはいかない。
「私行ってくるわ。きららに会いに」
「もう行っちゃうの? まだ遊んでけばいいのに。もっと過激なことも今なら出来るよ?」
「それはきらら本人とするから」
「うわ・・・・・・」
「引かないでよ・・・・・・とにかく、行ってくるから」
「そっか、行ってらっしゃい」
「ありがとうな、みこ・・・・・・ではないのか・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・。まぁそんな顔するなって。あたしは大丈夫だからさ」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・ありがとうございます、どらこちゃん・・・・・・」
「ああ」
「私、気づいたんです」
「何・・・・・・に?」
「見ていてください。あなた・・・・・・私が気づかせてくれた、みんながくれた私の力です」
「力の本質・・・・・・。やっと追いついたの?」
「みんなが待ってます。他の誰でもない、私をです。だから、助けに行って来ます。私のためにも・・・・・・!」
記憶の断片は光になり、けれどそれらは消えることなく私の胸を満たしていく。
私の軌跡が、胸の穴を塞ぐ。
沢山のきらきらしたものを詰め込んで、決着をつけるためあの地に舞い戻る。
「「きらら」」
いくつもの聞いたことのある声が、大好きな私の名前を呼ぶ。
私の背中を押す。
私の行く先を優しく照らしてくれる。
無限の闇は晴れ、深海から明るい方へ浮上する。
ユノの生んだ永遠の瞬間、彼女の望んだ、彼女が望まなかったあの景色を打ち壊しにいくのだ。
続きます。




