渦巻き絵本(5)
続きです。
衛兵たちが守る門をくぐり抜けると、賑やかな城下町が広がっていました。
あちこちで駆け回る子供たち、噴水の周りから聞こえる世間話、どこからともなく漂う美味しそうな料理の匂い。
魔女には一目で良い町だと分かりました。
「綺麗な町だね」
「美味しそうな匂いが漂ってくるニャ!」
食べ物のことばかりのクロに、魔女は少し苦笑いしました。
するとそこへ、綺麗な宝石をたくさん身につけた男がやって来ました。
「どらこちゃんが準備してたのってこの役だったんだ......」
「指輪だけで二十種類はあるニャ......」
男は偉そうに体をそらして魔女に話しかけます。
「やぁやぁ、ようこそ旅の人。やぁやぁ、やぁやぁ。ワシはこの町で一番の商人だ。ほれみろ、この宝石の数!すごいだろ!やぁやぁ、旅の人。この宝石たちが欲しいか?んん?あげてやってもいいぞ?」
魔女は宝石は欲しくありませんでした。確かに綺麗だけれども、魔女にとっては道の脇に生える名前も知らないような花のほうがずっと綺麗に思ったのでした。
「べつにいらないよ」
「宝石は食べられないニャ」
すると商人は顔を真っ赤にして怒ります。
「むむ!何?このワシが宝石をあげてもいいと言ってるのだぞ!このワシが!それなのにいらないというのか!?」
「わわっ......ごめんなさい!でも欲しくないものは欲しくないです!」
魔女は何で商人が怒っているのか、よく分かりませんでした。
さっきまで怒っていた商人はみるみる泣き顔に変わっていきます。
「わっ......どうしたの!?」
魔女は驚いて商人に尋ねました。
すると商人は涙ながらに、こう言うのでした。
「うっ......うっ......ワシは、お金持ちなのだ......。一生懸命働いたから偉いのに......それなのにもう誰もすごいと思ってくれない......誰もワシを褒めてくれないのだ......。昔はみんなに宝石を配って褒めてもらっていたけど、今では誰も受け取ってくれないのだ......。うっ......うっ......」
商人はとうとう大泣きし始めてしまいました。
魔女はそれを見て、悪い人ではないのかなと思いました。
その後、魔女は商人と一緒に近くのお店に入りました。
「どうせならこの商人に奢ってもらうニャ!」
「ダメだよ、クロ」
「いや......ワシに奢らせてくれ......」
そう言った商人はお店で一番高い大皿料理を頼んでしまいました。
やってきた料理を食べると、その美味しさに魔女はますます申し訳なく思ってしまいました。
「美味しいニャ!美味しいニャ!」
「わはは!そうか!美味いか!やぁやぁ、それは良かった!わはは!」
魔女のそんな気は知らないで、クロと商人は大喜びでした。
食事が終わると、クロと商人はすっかり仲良くなっていました。
「コイツなかなか良いやつだニャ!」
「わはは!なんでも施すぞ!宿だってとってやる!もっと、もーっとワシに頼ってくれ!」
魔女は商人のことを、やっぱり変な人だと思いました。
そこで魔女は提案するのでした。
「商人さん。きっともっといいお金の使い方があると思うよ。こんな私たちなんかにじゃなくて、きっともっとずっと困ってる人がいると思うの。災害だったり、飢餓だったり......それこそ魔女の被害者だったり。そう言う人たちの為にお金を使えば、もっといろんな人があなたのことを褒めてくれると思うよ!」
それを聞いた商人は目を丸くします。
「......何?困ってる人がいるのか......!?お金がいる人がいるのか!?」
「明日の朝食にも困ってる人がいるニャ」
すると、商人の目は輝き出します。
「なんだって!?それはいい!直ぐにでも行って助けてやろう!そしてもっとありがたがってもらおう!」
商人は魔女の手を握って強く振ります。
「ありがとう、ありがとう。そんなにお金が必要な人がいるなんて知らなかった。やぁやぁ、どうか宿代だけでも払わせてくれ。これはお礼だ」
そう言って、魔女の手にお金を握らせます。
「あ、ちょっと......!」
「ワシはこのお金で、世界中の人を助けるのだ!それ!おまえらもついでにありがたく受け取るのだ!」
魔女が呼び止める声も聞かずに、お金をばら撒きながら門の外を目指して一目散に走って行きます。
町の人たちも動揺している様子でしたが、商人を見守る表情はどこか暖かいのでした。
しかし......。
「ぐえっ......!」
そんな商人に矢が突き刺さります。
倒れた商人の周りに、どくどくととめどなく血が広がります。
魔女は慌てて駆け寄りました。
「商人さん!」
「わ......ワシは......ワシは......」
精一杯お金を持った手を突き出します。
「ワシは......世界中の人々に......」
魔女はその手を握ろうとしましたが、その前に商人の腕は力なく崩れてしまいました。
コツコツと石畳みを踏む靴の音が響きます。
そこには弓を担いだ女の人が居ました。
町の誰かが叫びます。
「魔女だ!」
弓を担いだ女の人はニヤリと不気味に笑うのでした。
続きます。