My name is...(4)
続きです。
「落ち着いたかニャ?」
「......うん」
まだたくさん喋れそうな感じではなかった。喉は震えてるし、洟も啜ってばかりだ。
「改名戦争のルールを説明するニャ。キミにはボクを経由して、特別なエネルギーが送られる。それをもとに超能力が使えるんだニャ。他の子たちもみんな同じ条件。超能力によるダメージは、宝石に肩代わりされて、宝石が破壊されれば決着ニャ。分かったかニャ?」
「よく分かんない......」
「まぁ、キミにはあまり関係ないことニャね」
「宝石が壊れたら超能力は使えないの?」
ちょっとした疑問が口をついて出る。
「そりゃそうニャ。超能力の源はこの石だし、ボクの本体もこれだからぬいぐるみも元に戻るニャ」
自分の首元を指して言う。
「それ、どうやってくっついてるの?」
「聞きたいかニャ?」
ぬいぐるみが視線を外す。
何か後ろめたいことがあるのだろうか。
「......聞きたい」
まだ涙に濡れた声で促す。
ぬいぐるみはしばらく悩むそぶりを見せたが、渋々といった感じで話し出す。
「その......ニャ。寄生管っていう、返しのついた管があるんニャけど、それを伸ばして、こう......ブスリと」
「え......気持ち悪い」
「妥当な感想ニャ......」
困った様子で後頭部を掻く。たぶん届いてない。
「寄生虫なの......?」
図鑑で見たことのあるものには似ても似つかないけれど、恐らく仲間なのだろう。
「虫ってわけじゃニャ......ともかく!改名戦争のルールはこう言うものニャ!」
あまり好ましい話ではなかったのか、話を無理矢理巻き戻す。
「わかったかニャ?」
「あなたが寄生虫ってことは分かった」
「だーかーらぁ......」
頭を抱えて足をジタバタさせている。
それを見て、ちょっと仕返しが出来たような気分になった。
「ごめんって。それで私はどうすればいいの?」
ぬいぐるみが咳払いをして居住まいを正す。
「さっきも言ったけど、キミは負けるだけでいいニャ。改名権を得られるのは最後の一人だけ。特別何かを気にする必要はないニャ」
「誰かは名前を変える為に戦ってるってことなんだよね」
すっかりやりきった感を出しているぬいぐるみに質問する。
「......ん?それはそうだけど、どうかしたかニャ?」
「じゃあ......私も戦う」
ぬいぐるみが一瞬固まる。
「......?どうしてニャ!?」
「名前を......変えさせたくない。私は自分の名前を大切に思ってるけど、そうじゃない人がいることももちろん知ってる。けど、そういう人たちの名前にも、お母さんかお父さんの気持ちが詰まってる訳で......だから捨てさせたくない」
私の言い分を聞いて、少し真面目な声でぬいぐるみが言う。
「人の名前に対する思いには、誰かが介入するべきじゃないと思うニャ」
「それ、あなたが言う......」
「うっ......。でもだニャ。ボクのことは棚に上げてしまうけど、戦うと決めた人は心の底から名前を変えたいと願っているんニャ。その土俵に上がる動機としてはあまり良くないと思うニャ」
「でも......」
ぬいぐるみの言っていることはたぶん正しいのだろうけど、なんだか納得がいかないというか......なんだろう。
「キミが名前を大切にしたいという思いと同じで、名前を変えたくて戦っている人たちのその思いも、台無しにするべきじゃないはずニャ」
「うー......」
頭の中に言い表したいことが渦巻いているが、うまく言葉にして吐くことが出来ない。
「とにかく、その......名前を変えても......変われない、気がする、の」
うまく纏まらず、言葉が引っかかる。
「......つまりどういうことニャ?」
「それは......」
いつのまにか涙も引っ込んで、こんがらかった思考で頭がいっぱいになっていた。
ゆったりと立ち上がって、閉めかかった窓をもう一度開く。窓枠の向こうには町と青空が広がる。
そこで息を吸って、私について飛んできたぬいぐるみに言う。
「それは、よく分かんない。けど、もう一回だけ名前に向き合ってほしいの。名前に......あなたが言ったみたいにちゃんと“キラキラ”してほしいっていうか......ほんとはキラキラしてるんだぞって言いたい。......ダメかな?」
私の取り留めのない話を黙って聞いていたぬいぐるみが、窓の縁に腰掛ける。そしてゆっくりとこちらを向く。
「なんとなくわかったニャ。キミ自身もまだよく分かってないところもあるみたいだけど......。わかったよ。キミは折れそうにないしね」
「参加していいの?」
「もとよりそれは、キミが決めることだニャ。そしてキミの気持ちは決まってるんだろ」
何も分からないけど、足が一歩踏み出せたような、そんな気持ちになる。
「うん」
「じゃあ最後に一つお願いがあるニャ」
ジャンプして、体の向きもこちらに向けた。
「何?」
「ボクも、その......名前が欲しいニャ」
「......え?」
確か、マスコットと名乗っていなかっただろうか。あれは名前ではないのか。
「少しばかり、名前に憧れが生まれたニャ」
「名前って......マスコットじゃ......」
ぬいぐるみが少し慌てた様子を見せる。表情がないから体の動きで表現するしかないらしく、窓から落ちそうな程体を激しく動かす。
「あ、あれは役職名ニャ......。ボクについてる名前じゃないニャ」
「あ、そうなの」
マスコットっていう職業なのか。
「それで......良ければニャんだけれど、名前をつけてくれないかニャ?」
「え、やだ」
「なんでニャ!?」
ぬいぐるみに名前をつけるというのは、なんだか怖い。夜な夜なひとりでに動き出したりしそう......って、もう動いてるか。
「んー、じゃあ......ゴロー?」
「ゴロー......?それってどういう意味ニャ?」
それは......。
「分からぬ」
「ニャ!?」
「ゴローって感じがしたから......ゴロー」
見た目からパッと出てきた名前がこれだった。こういう名前だとあんまり怖い感じもしないし。
「酷い理由ニャ......」
「ごめん。流石にヤか......」
別の名前を考える為に頭を巡らせる。
「いや、いいニャ。なんでかはわからないけど、気に入ったニャ」
「え?あ......そう?」
既にいくつか代案が浮かんでいたので、少し残念だ。
「本当にそれでいい......?」
「改名権を放棄するニャ」
少し生意気な感じで言った。
笑っている......ような気がした。
続きます。